インドへの旅立ち・No.4  もりぞのとしこ(文・イラスト

1月14日
 街を車で走っていると珍しい光景に出逢う。
    * 牛が街を悠然とのし歩いている。誰もが追うでもなく、ゆ
ったり通り過ぎるのを待っている。インドの牛は背中にコブを
持っている。まるでヒトコブラクダのようだ。またゴミ溜で餌
をあさっている牛の背中に、カラスが止まって餌を啄んだりし
ていてユーモラスだ。この国では人間を中心に、すべての生き
物が連帯性をもって生きているようだ。インドの人々が生き物
にやさしいのは、その連帯の輪の中で生を共有している仲間同
士であるからか。
 * 道端の散髪屋。街路樹の下に椅子と鏡を置いて散髪をする
人、される人。誰が見ていようと車が通っていようと一向に構
わずやる、というところがインド人のインド人たる所以。
 *街角のアイロン屋。道端にテーブルを置きアイロンをかけ
ている。中に炭火を入れて使う、鉄製の前時代的なアイロンを
器用に使っている。
 * ニューデリーの街には信号機は少ない。ロータリーが多く、
道路は放射線状に延びている。どの車もロータリーを廻って目
的の道路に入っていくため、混雑の無い道路はスムーズに走
れる。反面、交通量の多い場所では、より渋滞を招くことにな
る。このロータリー方式は大英帝国時代の遺産ともいえる道
路造りだが、街の至る所にあるそれぞれのロータリーに彫像を
置いたり、庭園を造ったり、木や花を植えたりしてあるのが、
デリーの人々にとっての格好のオアシスとして今日愛されてい
るようだ。
 * 街路の両側には、ニームやグルモールの樹が大きな枝を張
って並び、その光と陰が織り成すまだら模様が、街路樹にイン
ドの更紗文様でも描いたように映っている。その樹々の1本1
本に、「樹の精」でも宿っていそうな錯覚さえ覚えるほど強烈
な存在感がある。


 * イギリス人が、その植民地の名残としてインドに残し
たものは、整然としたデリーの街とインド人の大好きなチャイ
(少しの湯で紅茶をぐつぐつと煮出し、たっぷりのミルクと砂
糖を加えたミルクティー)だけだといわれている。インド
人の頑固さを物語るエピソードである。
 事実、インドの人はチャイが大好きだ。道端のそこかしこに
座り込んで、チャイを飲みながら世間話に花を咲かせている光
景をよく見かける。わたしたちもこのインド式チャイが大好き
になった。身体の芯まで冷え込む夕方、この1杯のチャイでど
んなに暖かい気持ちになれるだろう。

1月16日
 ディフェンスマーケットへ行く。マーケットとは街のあちこ
ちに点在しているバザールのこと。(いわゆるスーパーマーケ
ットといえる、レジを使っている店は1、2軒あるだけ)
 八百屋で固い豆腐を買う。隣の花屋でグラディオラスを1ダ
ース買う。インドではしっかり値切るものだと聞かされていた
ので、八百屋でも花屋でも値切ってみるのだが、相手は老獪な
シーク商人のこと、インド経験の浅いわたしではたちうちで
きようはずがない。仮りに3ルピー負けてくれたとしてもピー
マンを1個減らすとか、萎れた花を1本混ぜるとかして自分が
損をしないように帳尻を合わせるのが巧みなのだ。
 家に帰ると大急ぎで(腐りやすいため)豆腐を薄切りにして
油揚げを作る。何枚も作って冷凍しておくのだ。
 日本では考えられないことだが、台所仕事をするのにも大変
な忍耐と苦労を伴う。鶏は一羽ずつさばく。しかも鳩のように
小さいので、家族5人分の唐揚げは4羽は必要だ。
 毎日配達される牛乳は、沸騰させ殺菌しなければ危険だ。な
にしろゴミ溜に一日中寝そべって、ムシャムシャと餌を反すう
している水牛からとる牛乳だときいてショックは大きかった。
 水は約10分から15分沸騰させ、冷ました後フィルターを
通して使う。インド式の、素焼きの棒を使った濾過器である。
スパゲッティーなどをゆでる時には、水が大量に要るので結構
時間がかかる。

(続く)