6/6 2005掲載

からだとこころを癒された110日 (私の闘病記) 
                                                            川島 道子
 
昨年の12月19日、佐賀県の多久聖廟(たくせいびょう)で写真撮影中に
転倒し、左上腕骨折で翌日西区のM整形外科病院に入院しました。
骨折の状況は手術をするか微妙な段階でしたので、患部をギプス
(正確にはシーネ)で固定して様子を見ることになりました。骨折の痛みと緊張で
不安いっぱいの私にとって、全冶2−3ケ月の診断も上の空で聞いていました。
 
次男夫婦
骨折をした箇所がずれないようにギプスをした左腕を三角巾でつり、その上を
幅広のバンドで覆うというがんじがらめの状態になりました。生まれて初めての
入院生活は、看護師さんをはじめリハビリセンターの先生方、看護助士さん
(食事の世話をや入浴の介助)薬剤師さん、病室の掃除をする人など、
回りの職員の方たちの優しさに救われて、気を取り直すことができました。
 
食事についたカード
入院10日後からコッドマン(腰を曲げ腕を振る運動)で肩の関節を回し
指先の機能保持のリハビリが始まりましたが、理学療法士のK先生、
作業療法士のO先生の治療は、リハビリは痛いものと言う先入観を
覆すものでした。午前、午後毎日続けられた治療は「痛いリハビリはしない」
という方針のもと、まず筋肉の緊張をほぐす治療が午前理学療法士のK先生、
午後は作業療法士のO先生で始まりました。
 
 
カード
広いリハビリセンターの奥にある2畳ほどの畳の間に私が横臥し、先生が
私の左側に座して治療されるのですが、私の顔色や表情を見ながら
話題を考えて居られたことを、かなり後でお聞きしました。
亜脱臼(肩から腕が少し落ちる)があったため左腕の固定が長く続き
三角巾も中々取れず、それが筋肉の衰えを招き、関節の柔軟さにも
影響が出ました。
 
 
日向子ちゃん
1月16日に理学療法士のK先生に初めてのお子さんが誕生。
日向子(ひなこ)ちゃんはいつもK先生と私の共通の話題になり、
日向子ちゃんの存在は先生と私の心の架け橋になりました。
新婚ほやほやのO先生はスポーツ万能、患者の気持ちを掬い取るのが
お上手でこれはK先生にも共通で、私はお二人の先生のお陰で長い
入院生活をどれだけ励まされたか計りしれません。
 
 
同室の患者さんのご主人ー88歳ーの手作り
自分が怪我をするまではリハビリとは、理学療法とは、作業療法とはに
ついて無知だった私はリハビリの体験を通して学んで行きました。
お二人の先生が私の疑問について実際に即して説明してくださったのですが
それを作業療法士のO先生が退院後メールで送ってくださいましたので
紹介したいと思います。
 
 
カード
ほんの一瞬のうちに怪我や病気で障害をもたれたことでまずは
心が障害されます。つまり落ち込みますそして、遅れて現実的に
身体的な不自由さを感じ始めます。リハビリとは障害を持つ前の生活に
なるべく近い状態で復帰してもらうために医師をはじめとし看護師・
PT・(理学療法士)OT(作業療法士)などが患者さんに対してあらゆる
サポートを行うことです」
 
「まずははじっくりと現状について患者さんに理解をしてもらい、その後、
関節を動かす運動や筋力をつけるための運動を行いますが
最も重要な事項は「リハビリとは患者さん自身が行うもの」という意識です。
PT・OTはその意欲に対しサポート役として支えていく”木の根”のようなものです」
 
そしてPT(理学療法士)とOT(作業療法士)の違いについて
「定義上も役割も異なりますが、行き着く目的は患者さんの障害を
負う前の生活です。一般的にはPT(理学療法士)が身体運動機能の
改善を目的として、OT(作業療法士)はその獲得された運動機能を
最大限に利用し日常生活において行われる動作の獲得を目的としています。
例えば川島さんのように肩の骨折の方はまずPTにより肩が自由に動くように
関節を動かす練習と筋力をつける練習を行います。そしてOTにより
更衣・整容・食事・洗濯などの動作に結びつけるといった流れです。」
 
「しかし、現実的にはこのように役割を完全に区別して患者さんに
関わっているわけではありません。当院では身体運動機能の獲得のため
PT・OT同様に行っていきます。その中で違うところといえばOTではよく
作業(道具)を利用し訓練を行います。
作業療法室には様々な日常生活に関する道具が揃えられており、
患者さんの状態に合わせそれらを使い訓練を行っていくわけです。
そのように病院においても日常生活を想定して訓練を行うことで、
患者さんの自信にも繋がり在宅復帰のイメージができると思います」
 
カード
私の場合は骨折した箇所の状況をレントゲンで確認しながら、三角巾を
つけたりはずしたりして、腕の運動を徐々にレベルアップしていきました。
肩をホットパットで20分ほど温め、動かせる範囲の関節を動かしたり筋肉を
もみほぐす治療を、午前は理学療法士のK先生、午後は作業療法士の
O先生で行われていきました。やがて骨折箇所の改善とともに横臥したまま
腕を上げるリハビリがゆっくりと進んで行きましたが、長期間固定していたため
筋肉の衰えや関節のこわばりが響いて時間がかかりました。
 
作業療法士のO先生の指導のもと通称ぞうきんがけ 
道具を利用したリハビリでは一定の高さに設定された机を、タオルや布で
両手で拭く動作は通称雑巾がけと言われ、私も一生懸命頑張りました。
ある時点まではリハビリが進み腕も上がるようになりましたが限界が出て
きましたので、肩の骨と骨との間のクッションの役割を果たしている箇所に
注射をすることになりました。周りの方の口ぶりからかなり痛そうな印象を
受けていましたが、その痛みは涙が出るほどでした。
 
私には注射は効果があったようで退院するまで4回しました。そのお陰で
薄紙を剥がすようにして腕が動くようになり、入院の初めは体に密着していた
左手が、少しづつ上がるようになりました。骨折がつながるのに8週間かかる
と言われますが2月下旬には亜脱臼の方も改良されて、やっと三角巾がとれ
自由の身になりました。長期間三角巾で固定していたため関節の柔軟さや
筋肉の衰えが出て後に影響がでました。
 
同時期ぐらいに衣服の着替えを作業療法士のO先生から習い、パジャマ
から日常の服に着替えるようにしたことでて、生活にメリハリをつけられるように
なりました。これは私にとって精神的に効果があり大事なことでした。
横臥してリハビリを受けている間、お二人の先生との会話はいろんな
分野に及び私はリラックスして治療を受けることができました。
治療は身体的なものだけでなく患者の気持ちをリラックスさせることにも
注意が向けられ、叱咤激励するのではなく共感と励ましが患者の気持ちを
前向きなものにして効果があがるように、先生方の努力がなされました。
 
チューブを使った運動 
リハビリの内容も腕の機能が回復するにつれ、幅1cm、長さ1mぐらいの
ゴムチューブやおもりなどを使った負荷をかけたトレーニングになり、横臥
した状態でしたら、右腕と同じぐらい左腕もあがるようになりました。
このことは座ったままでは自力では肩までしか上がらない状態でしたが、
回復する可能性が見え私には大きな希望となりました。
 
滑車の上げ下げ
リハビリも1階のリハビリセンターで午前1時間から1時間半、夕方1時間、
お風呂のない日は間に自主リハビリ、病室にいる時も時間さえあればリハビリ、
それに後半に入りますと外での運動と、病室に居る時間がないほど忙しくなりました。
入浴も洗髪も一人でできるようになった3月の中旬、4月に京都で行われる
父の13回忌に出席のため退院の希望を出しました。
理学療法士のK先生は家事もリハビリになるというのが持論でいらっしゃい
ましたので、作業療法士のK先生ともども私の希望を了解してくださり
主治医のM先生の許可が出て私の110日の入院生活は終わりました。
 
明日は退院 
一瞬の不注意がもとで4ケ月近い入院となり家族をはじめ、妹夫婦にも迷惑を
かけてしまいました。その長い入院生活を支えてくれたのは肉親や友人の方たちでした。
一方で怪我の治療に当たられた、リハビリセンターのお二人の先生方の辛抱強い
手当てのお陰で日常生活が送れるまで回復でき心から感謝しております。
又入院生活で出会った患者同士の交流から、さまざまな人生に触れてその多様な
生き方は今も続くリハビリの支えになっています。人は出会いの中で成長すると
言われますが、私は幸運なことにそういう出会いの機会に恵まれた入院生活を
おくることができ、毎日元気にリハビリに通っています。
 
92歳の男性から頂いた花
この年になって生まれて初めての長期の入院生活、さまざまな体験を
記録しておきたいとレポートにまとめました。ここまで読んでくださって
有難うございました。

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