1/10 2003掲載

<ドレスデンの復活_6:眺めの良いレストラン>  v. K.
 
 そうこうするうちに住宅地を通り過ぎ、目指すレストランに着いた。カフェ・ワインベルクと看板が
掲げてある。南斜面の丘の上にぽつんと立っている。後で解ったことだが約百年の歴史を持つ古
い建物らしく、建った当時は今以上にぽつんと立っていたことだろう。それだけに遙か彼方から望
め、人々が遠くからここを目指してやってきたことが想像される。平日だからか客はあまりいず、私
たちは予約してあった窓際の席に腰を落ち着けた。見晴らしが良く、ザクセンのスイスが遙か彼方
に望見された。
 


 カフェと謳っているがれっきとしたレストランである。娘はギーロスを注文した。これは薄く切った
羊肉を1メートル弱の長い串に何枚も突き刺し、回転させながらローストする。焼けた外側の肉を
電動鋸で切り落とし、客に供する。もともとギリシア料理らしいが今はドイツ中どこにでもある。日本
に定着した韓国風焼き肉同様、現代ドイツの食生活に欠かせない一ジャンルと思えばいい。ほと
んど同じような料理でトルコ由来ケバブというのもある。私は賽の目に切ったハムや牛タン、キノコ
をゼラチンで固めたものを注文した。ドイツ人の合理性なのだろうか、彼らは夕食もハムやソーセ
ージだけで済ますことが多い。火も使わない、洗い物も少ないので簡単、経済的である。レストラ
ンのメニューを見てもこれらは日本ならオードブルの中に含まれる程度であろうが、ドイツでは冷
料理という項目にきちんと挙げられている。R氏は魚を注文した。
 


 レストランの前の下り斜面には草地が広がっていてその先に森が見える。多分あの森の中を小
川が流れているのだろうなと、地形から想像した。ただの草地というのは日本ではそう滅多にない
が、ドイツではよく見かける。明らかに牧草地と解ることもあるが、そうでないこともある。目の前の
草地は後者に属した。
「あの草地は何のためにあるのですか?」と私はR氏に尋ねた。
「さあ何でしょう。あのような草地が誰の土地で何に使っているのか、そう気にする人はいません。
だが草は地面を緑で覆い、風景を美しくします。美しい風景を見て人の心は和み、草地や森を散
策することも出来ます。草地は少なくとも、そのような形で我々の生活に役立っていると云うことは
言えます。」
ああなんと豊かなことかと、私は思った。人口50万人の大都市の都心から20分あまりの住宅地に
隣接して草地や森が広がり、人々はそこを自由に散策するとは、羨ましくなかろうはずがない。
 
 R氏はドレスデン医学アカデミーに籍を置き、呼吸器と労働医学の教授であったが、定年を待
たずに2002年初め退職した。その理由は彼の脊椎炎にあるという。彼は障害者手帳のようなもの
を持っているらしく、障害者と認定されておれば定年の5年前から定年退職と同等に退職できると
いう。
「だから私はその権利を行使したのです。」
年金生活に入れば趣味や学問に生き甲斐を見出すドイツ人らしく、そう言って彼はニヤリと笑っ
た。ただ別の話題の時、彼は東西の給与格差に触れて言った。
「私達は同じ仕事をしても、西の人より20%も給料が少ないのです。」
この時はさすがに憤懣の色を隠さなかった。統一後東の大学ではあらゆる分野に於いて教育研
究水準の検討がなされ、多くの研究者が西の大学で再教育を受け、それでもなお大学を去らざる
を得なかった研究者も少なくないと聞く。R氏も短期間西の大学に研修に行ったそうだ。米国ヴァ
ージニアにも研修に行ったそうだから、彼の業績は認められていたのだろう。それでも結局彼は早
期退職の道を選んだ。年金が西と較べどれくらい格差があるのか、尋ねるのを忘れてしまった。


(ドイツではいつも澄んだ空に、飛行機雲が見える)