1/20 2003掲載

<ドレスデンの復活_7:カフェ・ワインベルク>        ...v. K.
 
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 客が少なかったのでデザートが出る頃になると、料理をテーブルに運んでくれた中年の婦人が
話しに加わった。聞けばこの人とご主人がカフェ・ワインベルクを経営しているということだ。いや、
実際の店の持ち主は西に住んでいる人で、自分たちは雇われている身だという。東ドイツ時代か
らカフェ・ワインベルクは細々と営業を続けており、彼らは多分公務員としてここの営業を任されて
いたのだろう。統一後夫婦は店を買い取ろうとしたが、そこに所有権を主張する人が西から現れ
て、結局カフェ・ワインベルクはその人のものとなった。
「金を持っている人が強い。結局私たちはいつも人から使われる立場です。」
そう言って彼女は寂しく笑った。ここにも西から昔の所有権回復を名乗り出た一例があった。
 
 彼女は店案内のパンフレットをくれた。やや厚めの古風な黄色い紙に、長い歴史を誇る意味か
らか、ノスタルジックなレイアウトだ。文章もザクセン方言なのか、見慣れない単語が目に着く。そ
の要約を紹介しよう。
 
手作りケーキと美味しい食事があなたをカフェへ誘います。晴れた日にはチェコ共和国
の山並みと上エルベ渓谷まで見渡せる抜群の眺望。カイツバッハ渓谷を散策するも良
く、一杯のコーヒーはあなたを日々の緊張から解放することでしょう。当カフェは外観内
装とも1912年開店当時の姿が良く保たれています。椅子のクロスは何度張り替えらた
ことでしょう。テーブルや食器棚も当時のオリジナルがまだ大切に使われています。
(中略)・・・社会主義による受難の時代を生き延びた当カフェは大々的に補修され、
1998年リニューアル・オープンしました。

 
 所有者が西の人間だからこういう風に結んだのかもしれないが、こんな何でもないパンフレット
でも旧東ドイツ政府は糾弾されている。あの政府はやはり早く崩壊すべきものだったのだ。

 
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「昔はベトナム人をよく見かけたが、最近はすっかり見なくなりました。日本人を見るのは初めてだ
わ。しかも私の店まで来てくれるなんて、想像したこともない。今日は嬉しい日でした。」
「いや、私達だってR先生と知り合いでなかったら、地元の人しか知らないこの店に来ることはなか
ったでしょう。今日は本当に嬉しいです。」
そう答えてまたこの店に来たいなと念じつつ、店主夫妻に別れを告げた。ドレスデン観光に日本
人がどれほど押し寄せようとも、カフェ・ワインベルクを訪れる日本人はそう滅多にいるものではあ
るまい。私はそっと優越感にひたった。

 
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 思い切りゆっくり話し込んだのに、レストランを出ると暮れかかった空にはまだ青い色が残り、草
地の中を二人連れが小川の方に下って行くのが見えた。夕食後の散歩をしているのだろう。シュト
ルムの「林檎の熟する頃」を思い出した。あの短編では夕食を終えた腕白盛りの子供がまた外に
遊びに行き、大きな林檎の木に登って遊んでいると下に若い男女がやって来て、子供は二人の
睦み合いを息をひそめて聞いてしまう。初めて読んだ時私は場面が暗いのか明るいのか理解で
きなかった。今はそれが解る。あれはこのような夕暮れの、澄んだ空気の中の一シーンだったの
だ。
 R氏はトラム乗り場まで送ってくれた。
「R先生、お体大切になさいませ。奥様によろしく。幸ありますように、アーレス・グーテ」
「ヘア・フナツ、あなたこそ健康に気を付けて。お仕事が順調に進むことを祈ります。」
彼は娘と私を交互にそっと抱きしめた。トラムが動き出し、彼も私達も手を振った。彼と別れても私
の心ははしゃぎ、満足感に溢れていた。多分それはR氏の今に変わらぬ誠実な人柄を確認でき
たからであった。

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 すぐにホテルに帰る気になれず娘もその様子なので、ドレスデンの空気を少しでも多く吸いたく
なって旧マルクト広場でトラムを降りた。あたりは既に暗くなっていた。既に人影はまばらでショウ・
ウインドウだけが明るく輝いていた。中にその時ちょうど日本で開催中のワールドカップ・サッカー
のドイツチーム応援広告があって、オリバー・カーンが日本語で吠えていた。この夜の私には、こ
の電照広告は特別の意味を持って語りかけているように感じられた。次はR氏が日本に来てくれ
ればよいがと。
 
・・・・・・・
 ランデス-ハウプトシュタット(州都)・ドレスデンのインターネット・オフィシャルサイトは道路地図
と同縮尺の航空写真を提供している。市内全ての通りと広場がabc別プルダウンリストから選択で
きる。R氏宅の通りを選択し、番地を選択してクリックすると、R氏の家が赤丸印に囲まれて出現し
た。南が丘のトラム終点から軽く右にカーヴしながらR氏と並んで下って行った道に、R氏宅の屋
根が見え、見覚えのある緑の庭が見えた。
「あそこにR氏がいるんだ!」
私は感激を抑えることが出来なかった。
 
 
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oo  von Koenigswert
oo  TEL 0942-43-5452
oo  apfel = apple
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