5/1 2008掲載

おたんこなす 2008−2

 

 

 

1300円飲み放題であの(天〇陛下もご愛飲の)黒龍が飲めるという店がある。

飲んでみると、なんとなく薄味だが確かに黒龍の香りはする・・・が、「ありえない」とい

うと、店のお兄ちゃんが一升瓶抱えてやってきてラベルを見せる。
「それは、看板用じゃないの?」というと、お兄ちゃんは「ポン」と開けて、トクトクト

クとコップに注いでくれた。

う〜ん、本物っぽいが・・なぜ栓を抜くとき「ポン」と音がしたのかわからん!

 

  黒龍と 言われて飲めば ポン・ポポン

  銘酒だが 飲めば悪酔い 飲み放題

 

 

 

 

亀戸の「浜よし」には全国の銘酒が揃っている。十四代も森伊蔵もある。

目をつぶって飲み比べて味を競ったり、値段を当てたりしていたら・・・、「この中から一

合2600円の森伊蔵を当ててみよ」と言われた。この品のよい口当たりこそ、と思って

「これだ」と言うと外れていた。「これからは、コダマさんには一番安い焼酎・鉄幹を飲

ませておこう」と言うことになってしまった。

次に「米、麦、黒糖、芋の中から芋を当てよ」と言われてこれも外した。「焼酎・酒・マ

ッコルリ・ワイン」の中から焼酎を当てるのも失敗して・・、「コダマさんには何を飲ませ

ても同じだ」と言われたが、もう頭がボーとしてどうでも良くなっていた。

 

  飲み比べ べろんべろんで ごめんなさい  

  幻の 酒で頭が まぼろしに

 

 

 

 

オリンピックの金銀銅は、今や道具次第だという。

早く走る靴、遠くに飛ぶスキー、水に浮く水着など等、道具の進歩が著しい。

 

ウマさん  「金がかかって、一部の人間が儲かるオリンピックやめたらいい」

わたし   「ふんどしで泳げばいいんじゃない」

ウタさん  「裸で泳げばいい」

アリメロ  「私なんか、不利ですな・・・あそこがブラブラしたら泳げません」

 

    男なら  道具の自慢は おやめなさい

 

 

 

 

北九州支店の年満慰労会の後、カラオケスナックに行った。

 「昨今のナンパの必需品、携帯の赤外線送信知らない皆さんは、時代に遅れてる」と、平均60

歳の皆様に説教しながら、隣の女の子の携帯にメールアドレスを送信実演して見せた。彼女のピ

ンクの携帯のお尻に私の黒い携帯の頭をピタッとくっつけて、ブチッと押すとピピッと行くのだが・・

なんとなく卑猥だ。

「ああっ、別にくっつけなくてもいいのよ。離していてもできるの!来たよ、来たよ。もういいの」と、こちらの意図を見透かしたようなことを女の子は言う。

「後でメールおくるよ」と言っていたが、その後、メールは何時まで待っても来ない。この新しいナ

ンパ戦術はみごと失敗したようだ。

 

   赤外線 ビビッと送るが 受信拒否

必需品 あってもナンパは 不成功

 

 

 

 

 

3月末に大腸がんの摘出手術をして、2週間後に自宅に帰ったA〇さんから電話がか

かってきた。

私  「もう全快ですか?」

A氏 「歩けないしまだ流動食なのに、患者が次々に来るからと言う理由で、病院を

追い出された」

私  「で、いつ頃、出社できますか?」

A氏 「連休明けには・・、家でごろごろするのは連休までにしろって・・女房が・・」

 

  全快を 祈念し女房が 尻に鞭

 

 

 

 

君津○○所の方々との会食の席で大議論になった。

S氏 「女房をコントロールしようとするが上手くいかない。いくら正しいことを言
      っても喧嘩になる」

I氏 「コントロールなんて不可能だ!私は公正なアドバイスをしている。それでも
      全く受け入れない。いつも喧嘩になる」

W氏 「コントロールもアドバイスも無理無用だ。聞いてあげて、うんうん、そうす
      るといいよ、と言うべきだ」

H・I両氏「聞いてそれでいい、なんて言えるはずがない!ありえない」

W氏 「聞いてる振りだけで、中身は聞かないのが秘訣」

H・I両氏「それは、詐欺師でペテン師のすることだ!あなたは外で浮気をするタイプだ、

欺瞞だ!(ウマさんに)先輩、夫婦がうまく行くコツを教えてください」

ウマさん「・・ない・・・」

 

  好かれたも 好いたも結果 みな同じ

 

 

 

 

 

今年の採用面接で、学業の専門は?と聞いたら、
「アルバイトが専門で、人材育成・就職活動のナビ・インストラクターのリーダーをやっ

ていました」

と答え、聞かれないことぺらぺらしゃべりだす。
尊敬する人は?と聞くと、

「やはり来ましたか、その質問は定番ですよね。答え方には二通りありまして、企業側が

喜ぶ答えと本人の本音で・・私はビルゲーツとお答えしておきましょう。彼は・・・」

とグチャグチャ一人でしゃべりだす。

最後に言ってあげた、

「ところで、君は当社に採用されると確信してるのですか?」(もちろん、不合格にした)

 

  おしゃべりは 採用せず、が 定番だ

 

 

 

 

採用面接で、「愛読書は、司馬遼太郎の坂の上の雲です」と答えたのが今年は二人もいた。

私も感銘した本なので、「じゃ、君は合格だよ」って言ってあげたが・・・、どうも同じ

入社試験指南本を読んできているようなので、来年はこの質問やめよう!

 

  面接に おじん好みの 受け答え

 

 

 

 

 

GTH(ゴルフとっても下手な会)・・悲話二題

 

西〇氏は、普通は飛ばないはずのほぼ真横にいる人にボールを当てたことがある。

一度は、伊〇さんのお尻だ。「イテイテ」と倒れ込んで痛がる伊〇さんのズボンとパンを

脱がそうとすると「なにすんだ、ばか!見たって仕方ないだろう」と叱られたが、体の

鈍い部分でよかったと幸運に感謝した。

二度目は、浅〇さんだ。

コメカミに当たって、その場にバタリと倒れた浅〇さんは、ムックと起き上がり歩いてい

った・・・。コメカミは明らかに陥没していたが、さすが○○大柔道部のキャプテンだ。「こんのようなことはショッチュウあった」と平然としていたので、感覚の鈍い人に当たってよかったと幸運に感謝した。

 西○氏は、二度あることは三度あると真横に立つ人に必ず注意を促すそうだ。

 

   へぼゴルフ 真横に飛んで 大当たり

 

 

 

 

最近、ウマさんはゴルフに凝っている。

いつものチョロとスライスが混ざったような玉筋で楽しんでいると、スロープレーに業を

煮やしたのか、高齢のキャディが(ルール違反であるが)、

「ボールをよく見ろ」

「もっと、ゆっくり振れ」

と、口を出し始めた。

前方のグリーンにまだ人が乗っているのに、アイアン持ってきて「打て」と言う。

「届いたらどうする」と言っても、(絶対、届かないから大丈夫)というように返事もしな

い。

「コンチクショウ」と思って打ったらチョロで、「このやろう」と二度目もチョロで、高齢

キャディは(ほら、大丈夫だったろ)と言わんばかりの顔!

更に、「顎を引いて顔をあげろ」と言われて、まだゆうか!と思いつつ打つとボールが絵

に書いたように真っ直ぐ飛んでグリーンにオンした。それからは、なぜかボールが真っ直

ぐそこそこの距離を飛び、連続ボギーの高スコアーが続いた。

次はパーかと思いっきり振ると・・・、日ごろ使わぬ両腿が軽い肉離れになり、結局途

中でリタイヤすることになった。

肉離れが治ったら、も一度、あのクソ婆(キャディ)の教えを請いたいと思っている、

とか。

 

  ゴルフせぬ キャディに ゴルフ教えられ

 

 

 

 

 

中学時代の親友、敬ちゃんは「北京一人ぼっち」とかいう本など沢山だしているし、大分

の行政書士事務所長としても特定の地域でそこそこ有名である。しかしながら、青山中学

同窓会では全く無名である。

彼は、中学三年間男子体操部で、三年の時はキャプテンをやっていたにも関わらず、そ

のことを覚えている人はいなかった。女子体操部員に聞いても知らないと言うし、体操部

の顧問(旧姓津野先生)に聞いても「35年前のことは多分忘れた」と冷たい答えが返っ

てきた。

「え〜、女子体操部の練習・・レオタード姿の初恋の人を覗きに行ったら、近くに彼が確

かにいましたよ」と言うが、「彼も覗きに来ていたのではないか?」と全員がいう。

そのことを同窓会の酒で真っ赤な顔をしていた敬ちゃんに告げてみると、彼は同窓会か

らプイと居なくなってしまった。みんなひどすぎるよね、敬ちゃん!

 

敬ちゃんは 同窓会で 一人ぼっち

 

 

 

 

(みいちゃんコーナー)

 

   エコ    幸せも 両手に余る 分は捨て

 

   先生    実習生 ひよこが卵を 教えてる

 

   春     新学期  席替えときめき 春爛漫

 

 

 

 

 

    胆石と 結石やって 二度死んだ(と言う人がいた)

 

    (永年)勤続の 休暇を取れば すぐ発病

 

    この風景 俺がいなけりゃ もっといい

 

    浅草を 風景にして 三社祭(さま)

 

下着泥 私のパンティ 捨ててった

 

 

(大連・瀋陽)

 

    大連は 発展途上の 大都会(ホテルの窓から高層ビル建設Crが10本以上見えた) 

 

    ホステスが 30人来て 目移りし(内野氏は、疾しいこと考えてう〜ん、う〜んと悩んでた)

 

    CMと 笑顔が氾濫 箱の中(テレビの中は自由主義国)

 

    もちもちの とうもろこしに あご疲れ(毒物入りかもと恐れつつ・・・)

 

    中国の しゃぶしゃぶ 火鍋と申します(なんでもかんでもタレで喰う)

 

    ラーメンは 博多の味が 思い出に(とんこつは中華料理か?)

 

    ブランド札 たくさん着いてて  PRADAなり(露天で・・1500円)

 

    旧跡は 自腹じゃ来ないと 通訳嬢(仕事とは言え迷惑そうだった)

 

    水師営 ただの小屋だと 通訳嬢(日本人、気持ちわからな〜いよ)

 

    203高地  ただの岡だと 通訳嬢(       〃         )

 

    ただの石  やはり拾って 持ち帰る(「坂の上の雲」の・・石)

 

    日本語を しゃべれぬ振りして (9・18)博物館(日本人が3000万人虐殺したんだって)

 

    張学良 本妻6人で ご苦労さん(子供は・・・24人)

 

    チリリンと ゴミ集めてる ゴミの街(新旧ごちゃごちゃの瀋陽)

 

    父母も 来たると思う 故宮かな(世界遺産の瀋陽故宮、ヌルハチの城)

 

    父母も 居たると思う  奉天駅(東京駅と同じ赤レンガ造り) 

    

 

旧南満州鉄道に乗って大連から奉天(現在の藩陽)に行き、私の生まれた場所を探した。
通訳嬢がいろいろな人に訊ねるがなかなか見つからなかった。最後に、日本領事館に行き昔の

地図を見せてもらったら、日本開拓街の「白菊町」は「集賢街」と名を変えていたことが判明した。

生後二ヶ月で帰国したので何も覚えてないが、長いのか短いのか判らぬ・・60年を経て、生誕

の街に立って、ここで私が生まれたのは確かなことのような・・・気がした。

近くの牛丼屋に入ると陳楚生という歌手の「原来我一直都不孤単」と言う曲が流れていた。

歌詞はよく判らないが、私の気持ちを表しているようなセンチメンタルな曲であった。(もともと私は、ずっと一人ぼっちではない、と通訳嬢は訳した)

 

 

                    おたんこなす ここに生まれて また消える

 

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