7/13 2001 掲載
早朝、編集長より電話で霧島の写真がよく撮れているからもっと画像密度の
濃い写真を送るようにと言われ、嬉しくなってしまった私はホイホイと余分
な写真も送らせてもらいました。
森脇 久雄
これらの写真は昭和58年11月3日から6日まで霧島山中を徘徊したときに写した
もので別の日に撮ったものをえびの高原から高千穂峰までの縦走という形で順を追っ
て並べました。
霧島における4日間は私にとって生涯最大の思い出となる印象深い滞在でして、18
年経った今も霧島のことを思うとき、胸がうずきます。
私の前世は多分、霧島の山中を駆けずりまわっていた猪ではないか、と思うくらいで
す。
福岡に住まわれる皆さん、今は高速道路も完備して短時間で霧島まで行くことができ
るそうですから、是非、一度いらっしてください。
写真@
霧島最高峰、韓国岳です。
爆裂火口の右側のへりを伝って頂上に向かいます。
写真A
韓国岳頂上からの眺め。
手前から獅子戸岳、新燃岳、高千穂峰です。
写真B
眼下には大浪池の火口湖が横たわっております。
遠くには桜島も見えます。
写真C
大浪池から見る韓国岳は爆裂火口が見えないのでいかにもゆったりとした山容です。
大浪池最低地点は車道から30分ほどで登れます。
写真D
最高地点から覗き込むようにして眺める火口湖は何か引きずり込まれるような誘惑を
感じるほどの神秘的な雰囲気を漂わせていました。
写真E
人っ子一人としていない夕方4時ころにこの最高点から高千穂峰を眺めたときの私の
心の高揚はちょっと言葉では言い表しがたいものがありました。
今のこの心の高ぶりがある中だったら私はここでこのまま死んでもよい、と思ったく
らいでして、強い風が吹く中、私は暗くなりだす寸前までこの地にたたずんでいたの
です。霧島行でもっとも強烈な印象を残した眺めでした。
写真F
新燃岳は昭和に入ってからも噴火をしており、私が登った後に一時登山禁止になって
いたころもありました。
硫黄が溶けてこのような色になるのでしょうか、エメラルドグリーンの池の色が印象
的でした。
写真G
新燃岳から山腹を下降していきながら眺める高千穂峰は実に堂々とした姿でした。
あたりの光景も雄大であり、霧島のスケールの大きさを感じさせるところです。
写真H
間近で見る高千穂峰は噴火口のポッカリと口を開けている眺めが凄い迫力でした。
登山路は火口の左縁をたどって登っていきます。
幕末に坂本龍馬がお竜を伴って登ったとか。
写真I
高千穂峰は火山灰に覆われているため、一歩登るとズルッと滑って半歩後退と言う具
合に大変登りにくく、山頂に着いた頃にはかなりへばってしまいました。
山頂には逆鉾が天を向いて突き刺さっておりました。