8/29 2002掲載

コートドールの風便り

by S.ノブコ

先ず、リワキーノより彼女の紹介

S.ノブコさんはアルバトロスクラブにおける腹心の友であり、アルバトロスクラブ全体的には
巫女的存在でもあった女性です。


知り合った当初は修之助殿と同じ某大手総合商社グループの会社に勤務しておりましたが、
ワインの貿易会社に引き抜かれ、抜群の有能な仕事振りとフランス語に堪能なことが評価さ
れ、フランス支社における唯一の日本人スタッフとして昨年の正月からフランス、ブルゴーニュ
ー地方の都市ボーヌに赴任しております。
そのノブコさんが日常のささやかなことを中心に伝える(彼女に言わせればかなり不定期な)
通信『コートドールの風便り』を送ってきましたので彼女の了解を得て掲載させてもらいます。
 
(9) 『バカンス』 2002.08.09

暑中お見舞い申し上げます。

ムシムシと暑い日本の夏をお過ごしの皆様には気の毒なほど、こちらの夏は快適です。
ブルゴーニュではここ数日天気が悪く、夏というのに肌寒い日があるくらいでした。
天気の良いは日差しが強いので暑いですが、木陰に入れば風があるおかげで涼しいで
すし、何よりも湿気に悩まされることがありません。

3月の終わりに夏時間に変わり、気温が少しづつ上がってくると人々は庭の手入れにせ
いを出しはじめます。
これから始まる太陽の季節に向けてパンジー、バラ、ゼラニウムなどが月ごとにきれいな
花を咲かせます。
窓辺にはゼラニウムがきれいに飾られ、道を通る人々の目を楽しませ、心をなごませてく
れます。
長い冬を終えてまた次の冬までの短い夏を存分に楽しむ楽しい季節がやってきました。

 6月末のソルド(バーゲン)とほぼ時期を同じにして学校の夏休みがはじまり、それと同
時にあちらこちらで夏のバカンスの話題も増え始め、7月末から8月にかけて、本格的な
バカンスシーズンが始まりました。
 フランスでは1936年から有給休暇制度が設けられ、年間5週間の有給休暇があること
はよく知られていますが、そのしくみは、といえば、1ヶ月に2.08日の有休があり、それが
1年間、12ヶ月、つまり2.08X12=24.96日、25日、5営業日x5週間の有給休暇となる
わけです。
年次休暇のカウントは6月1日から翌年の5月31日までを1年とします。
フランスの学校制度は6月が年度末、つまり卒業シーズンですから、新入社員は有給休暇
がありません。

 さて、人々はこの5週間のバカンスをどのように過ごしているのでしょう。
まず休暇の取り方としては、私が見たところ、子供がいる家庭の場合、夏に3週間、クリスマ
スシーズンに1週間、2月の学校の休みの時期に合わせて1週間、もしくは5月〜6月にかけ
て1週間というパターンが多いようです。
こちらは共稼ぎの家庭がほとんどで、2〜3週間の学校の冬休み、春休み時期は子供たちだ
けを家に残しておくことになるので、学校の休みに両親が時期をずらして休暇をとるようにして
いるようです。

また、6月から9月の間に一度に2週間以上の休暇をとらなければいけないという規則があります。
さて、夏のバカンス。年間20日の有給休暇を完全に消化する人がほとんどいない日本から考
えれば、3週間も一体何をしているのだろう?毎年旅行に行くとしても出費がかさむはず...。
などなどいろいろな思惑があります。
まず、3週間全てを旅行で費やす人は少ないようです。3週間のうちたいてい1週間、長くて2週
間を旅行に費やしますが、日本のように海外へ行くことは多くありません。
だってここはフランス。国土は日本の2倍。国内だけでも東西南北、地域色がかなり違う。そして
またここは大陸。少し足を伸ばせばイタリア、スペイン、ドイツ、スイスへ出かけることも可能。
両替の必要もなし。しかもイタリア、スペインなどはフランスよりも物価が安い。
わざわざ高いお金を出して海外へ行く必要がどこにあるのでしょう、とばかりにキャンピングカー
を借りてキャンプ場で過ごす人々が多くいます。また、実家や親戚の家で過ごす人たちも多くいます。
そう、やはりフランス人は倹約家なのでした。

こちらではレンタルキャンピングカーやキャンプ場がたくさんあります。また、1週間単位で借りる
ことができる貸し別荘的なものもたくさんありますので、家族で長期の旅行をするのでもホテルに
ずっと滞在するというのはあまりないようです。
余暇を楽しむことが上手なこちらではそのための施設などがとても充実しているように思いますし、
時間をのんびりと楽しむことができる人たちでもあると思います。
それにしても呆れるのはオランダ人。キャンピングカーを伴っている車のナンバーを見てみると、90
%以上がオランダナンバー。彼らは家財道具一式を積んでキャンピングカーでフランスをまわって
いるようです。そう、うわさ通りオランダ人は倹約家というよりケチといった方がいいのかもしれません。
また、もうひとつ驚くことに、この時期の早朝の高速道路のパーキングエリアの光景があります。
早朝にもかかわらず、多くの車が止まっています。特に、キャンピングカーを伴ったオランダナンバー。
どうして?そう、彼らはここで夜を明かしたのです。車の中で家族が眠っているよ!
オランダ人はフランスに来てもお金を落としていかないと、これはフランス人も眉をひそめているひとこま。

 さて、5月から8月にかけて、私は北はブルターニュ、海の中に浮かぶ島のようにして聳え立ち、中世
には巡礼地として栄え、現在は世界遺産に登録されているモン・サン・ミッシェルからシャンパーニュ、ア
ルザスをはさんで南はプロバンス、コート・ダジュールまでフランスの東側を縦断しました。
フランスの交通網は東京と同じで全てがパリに向かっており、南北に走る方が便利なようにできているため、
フランス東部に住んでいる私にとっては東部が行きやすいのです。
こうしてフランスを縦断してみてつくづく感じることは国土の広さ。どこに行くのもたいてい最低車で3〜4
時間はかかりますが、時速は平均120キロですから移動距離の違いがわかっていただけるかと思います。
それから各地域の地域色、風土の違い。そして改めて感じる「農業国フランス」。プロバンスでは本当に
大地の力強さを感じました。
気候は勿論、そしてそれらは確実に産出する農産物に現れ、料理に反映します。
各地でそれぞれのレストランに行くのもその違いがあるからこそさらに楽しみになります。

 特に私が感動したのはプロバンス。
ゴッホをはじめとした多くの画家・作家が太陽とその美しさに惹かれてこの地に来ていますが、感性のとぎ
すまされた彼らだけではなくここは万人を惹きつける魅力を持った土地だと思います。
私がプロバンスに行ったのは7月初め。フランス滞在中に是非しておきたかったことのひとつである、ラベン
ダー畑を見ること。ラベンダーの開花に合わせて休暇をとり、みごと、蜂をよけながらラベンダーの海に身を
沈めてきました。
ガイドブックに掲載されているラベンダーの見所としては、ワインをブルゴーニュの地に根付かせたシトー修道
院と同じシトー派のセナンク修道院前のラベンダー畑が有名ですが、なんのなんの。
ラベンダーというものは標高が高い所で育つのです。
ラベンダーの海は林道のような道を抜け、「本当にこんなところにラベンダーなんてあるの?」と思いながら
山道を抜けたところ一面に広がっているのです!
ところでラベンダーには3種類、大きく分けると2種類あるということをご存知ですか?
ひとつはLavende(ラヴァンド)と呼ばれるもので野生の、道端にも生息しているもの、そしてもうひとつはこれを
品種改良したLavendin(ラヴァンダン)というもので、成長も早く、香りもラヴァンドよりも高いので商業用に栽培
されているものはほとんどがこちらの種類ですが、両者を比べて見ると明らかに違います。
まず、色。野生のラヴァンドの方がより紫色が濃い。次に丈。これはラヴァンドの方が短い。ドライフラワーにした
時はラヴァンドの方が可憐なように思います。
これらのラベンダーは収穫後(収穫はトラクターで茎ごとかる)、蒸留してオイルを抽出し、エッセンスや石鹸に
加工されます。ラベンダー石鹸がお店で売られているのを見られたことがあると思いますが、気をつけてください。
抽出したオイルは透明で、決して紫ではありません。ですから売られている石鹸がラベンダー色をしたものならば
それは間違いなく着色料です。

この時期、プロバンスではありとあらゆる果物、野菜が大地一杯に実っています。道路を走れば、りんご園(赤りん
ご、青りんご)が過ぎたかと思えばあんず園、次にはもも園、収穫が終わってしまっていたけれどさくらんぼ園、ズ
ッキーニ、ナス、メロン、まだ固い実をつけたオリーブの木。
いったい誰がこの莫大な量を消費するのかと思うくらいの作物が鈴なりになっています。そう、なりかたも尋常で
はない。りんごでもあんずでも鈴なり。素晴らしい作物の宝庫でした。
ワインの原料、ぶどうはといえば、ブルゴーニュのぶどうが少ない太陽を少しでも多く浴びせるためにきれいに葉を
落とし、一枝になる房の量も限定するほど丹念に手を加えた過保護な木であるのに対してぼうぼうに葉を繁らせた
ままの野生児。これにはわけがあり、葉が多すぎる日射量を防ぐ役目を果たしているのです。しかし、プロバンスは
勿論、シャンパーニュと比べてもブルゴーニュの畑は本当によく手入れが行き届いて「ぼっちゃん」であることを痛感します。

 以前、私は日本が都市から発信される情報を中心として均一化していくこと、またあらゆるモノが都市へ集中して
しまう都市引力に支配される状況に対してフランスのように都市は都市として存在し、各地域の特色を活かして地域
の力も強めていくべきだという意見を持っていました。
しかし、こうしてフランスの地方を旅していくにつれ、「フランスのように」という修飾語の可能性の低さを身を持って知りました。
その大きな理由としては、はじめに各地方の特色の違いが風土をはじめとしてビジュアルに明らかなこと。
次に食を楽しむ文化が根付いていること。おいしいものがあるということ。確かにおいしいものはパリに集中していま
すが、ミシュランの星がついたレストランは各地方に存在し、みんながそこに出向いて食べに行くという習慣がある
ということ。そこにお金を落としてくれるということです。
地方からの発信をしていくべきという意見に変更はありませんが、その方法については検討しなければいけません。
フランスの地方ではまだ時間はゆっくりと流れています。

 ところが一方でパリに数日滞在している間に感じたことは、ここにもグローバリゼーションの波が押し寄せ、アメリカ的な
時間の流れに押されているということです。
そして残念ながらパリの街や人々は都市の運命としてその渦中にいること、そういうものに押されながらアップアップして
いることに気付くことができないのか、これまでとのギャップに一層ぎすぎすしてきたように思います。
これまでパリはその歴史と建築物、美術などの美しさによってゆるぎない地位を気付き、誇り高く生きてきましたが、EU
が統合し、経済的にもEU内の一国として生きていかなければならない今日、グロ−バリゼーションの波に押されることは
やむなく、そこで生きる人々はその現実を受け止めていく柔軟性が求められていくでしょう。
そして当然ながらその余波は地方にもやってきます。しかしながら都市引力はこの大地を引きつけることは難しいように
思います。

 8月の後半から南ではもうぶどうの収穫がはじまるそうです。
ブルゴーニュのぶどうももう色づきはじめました。あと1ヶ月もするとまた一年で一番活気づく収穫の季節がやってきます。

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ボーヌ   :パリから南東に約300km下ったところに位置
        する人口約2万人の町。
コートドール:フランスコートドール県。コートドールとは黄金
        の丘を意味し、ワイン産地として名高い村や町
        が点在する。
ブルゴーニュ:ヨンヌ県、コートドール県、ソーヌ・エ・ロワー
        ル県、ローヌ県を含む地域を指し、フランスの
        中央部より少し東に位置する。
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