創作戯曲「ノイシュバンシュタイン城の晩餐」   2002年8月

エリザはオーストリー皇后エリザベート、ルー君はバイエルン国王ルートヴィヒ(フランス名・ルイ)
で二人は従兄弟同志に近い親戚関係であり、お互い精神的に深く惹かれあっていました。
この二人の様々なエピソードを利用して私たちの卒業した高校同窓会ホームページの掲示板上でやり
とりしながらパロディ風にしたてたのがこのおふざけ戯曲です。
舩津君は精神科医であり、ヨーロッパに長く滞在したのでドイツやオーストリーの歴史や文化に大変
詳しく、趣味もかなり格調の高いものがあります。彼が精神科医であること、20数年前に幼い娘と
一緒にスタルンベルク湖畔で写した写真を画像伝言板に掲載したことなどをもじって私は戯曲に利用
しました。
ちなみにチェコのプラハの写真を掲載したのは彼の奥様です。

登場人物について若干ご説明いたします。
フナンツ・フォン・シューユーカン(またはクーニフェルト)とヒサオーモ・リワキーノは架空の人
物ですが(舩津君と私、森脇に模してます)、その他の名前を持つ人物は歴史上実在した人をモデルに
しております。
話題に出ただけの人物(大半ですが)も紹介しております。

エリザ

オーストリア帝国皇后エリザベート。才知と美貌で全ヨーロッパに知られた皇妃。自由奔放に生き、
シェーンブルン宮殿の雰囲気を嫌って旅にあけくれ、最後はジュネーブで無政府主義者によって
暗殺される。

ルー君

エリザベートの従兄弟にあたるバイエルン王ルートヴィヒ2世。ワーグナーを庇護し、そのために
莫大な国費を費やした。精神に異常をきたしていると診断されて重臣らによって退位させられ、
幽閉されたその日のうちに湖で溺死する。

ルイ14世

17世紀のフランス王。「朕は国家なり」の言葉で有名な絶対君主。太陽王とあだ名された。

マリー・アントワネット

言わずと知れた「ベルサイユのバラ」で有名なフランス王妃。ルイ16世の妻。
ベルばらのおかげで日本では抜群の人気だが、フランスでは最悪の王妃と言われている。

ダビッド

フランス革命からナポレオンの帝政時代まで活躍したフランスの画家。ナポレオンの戴冠式の絵
が有名。処刑場に向かうマリー・アントワネットのスケッチ画を残す。

アウグスト2世

ザクセン選帝侯、およびポーランド王。ドレスデンとワルシャワに美しいバロック様式の宮殿を建設。

モーツアルト

神童と言われた天才作曲家。シェーンブルン宮殿で転んだとき、駆け寄って助けてくれたアントワ
ネットに「僕のお嫁さんにしてあげる」と言ったというエピソードがある。

アンヌ・ドートリッシュ

ルイ13世の王妃であり、ルイ14世の母親。小説『三銃士』ではスキャンダルに巻き込まれる王妃
として重要な役割を担っている。
日本での知名度は低いが、フランスでは人気の高い王妃。

ダルタニアン伯爵

ルイ13世〜14世時代のフランスの貴族。A.デュマの「ダルタニアン物語」の主人公のモデルと
なった人物。

バッキンガム公爵

イギリスの貴族。際立った美男として有名であり、ジェームズ1世とチャールズ1世の二代に渡って
寵臣となる。小説『三銃士』ではアンヌ・ドートリッシュ王妃との恋愛の様子が美しく描かれるが、彼の
肖像画を描いたルーベンスによると横柄で傲慢な性格だったとか。

ワーグナー

19世紀の音楽家。ルートヴィヒが絶大な援助をした話は有名。

項羽

秦末期の楚の武将。秦を滅ぼす勢力の中心的存在だったが、後に天下を劉邦と争い、敗死する。
虞という愛人を片時もそばから離さなかったという。

劉邦

秦末期の侠客。秦滅亡後、項羽と争ってこれを滅ぼし、前漢の初代皇帝となる。

クーデンホーフ・光子

明治時代、オーストリアの名門貴族に嫁いだ日本人女性。EUの父と言われるクーデンホーフ・カレ
ルギーは彼女の息子。

モリ・オーガイ

明治の文豪、森鴎外。ドイツ留学の経験をもとに「舞姫」「うたかたの記」の小説を創作。

N.ソーセーキ

同じく明治の文豪、夏目漱石。英国留学でノイローゼ気味になったと言われている。

アヴェ.ジョージ

現代の作家、安部譲二。「ああ!!女が日本をダメにする」の著作があり。

ノイシュバンシュタイン城の晩餐
270 舩津邦比古さん  
ルイ14世「ルートヴィッヒ,いや,今夜はフランス風にルイと呼ばせてくれ.招き大変嬉しく思うぞ.
     久しぶりにこの世に降りてきて,生き返ったような気分じゃ(そらそうだろ).この城もチ
     ト狭いが,たいそう立派に造っておるな.」
ルー君 「太陽王と称された陛下に直にお褒めの言葉を頂き,ルートヴィッヒ,いやルイは身に余る
     光栄にございます.この日の来るのをどれほど待ちこがれたことか,,.(涙ぐむ)」
ルイ14世「(津川雅彦調で)王は絶対であらねばならぬ.安易に臣下と妥協してはならぬ.わしは朝起
     きて夜寝るまで全ての行為を儀式化して威厳をもたせたぞ.たとえばオナラじゃ.
ルー君  「は? と仰せられますと..」
ルイ14世「わしのオナラは音楽の合図じゃ.わしがオナラをすると,宮廷楽士どもが優雅なバロック
     音楽を奏で始めるようにしておった.」
ルー君  「御意,これこそ王道と申すもの.ルイめ,ただただ感銘の極みにござりまする.」
ルイ14世「しかしこのような人生,チトつかれる.そちのように滅多に国民の前に姿を現さず,神秘
     のベールに隠れたままのほうが,賢明かもしれぬぞ」
マリー 「そうでございますとも.私は <菓子食えば 腹は鳴らぬぞ ほりゃ臣民> と一句詠ん
     だところ,それが下々の怒りを買って首をちょんぎられてしまいました.しかし私は生ま
     れながらの王族でございます.純粋に思ったままを言って,それがなぜ悪いというのでご
     ざいましょう? 私は幼い頃ヴィーンのシェーンブルン宮殿で,モーツァルトと鬼ごっこ
     などして,よく遊んだものでございます.あのチャランポランなら,私の気持ちはきっと
     分かってくれることでございましょう.」
宝塚歌劇パー組公演,「二人のルイとアントワネット」より抜粋

ノイシュバンシュタイン城の晩餐・続編
269 森脇久雄さん  [ 00/11/06 午後 7:05:19 210.238.164.73
ルー君 「王妃陛下、ご無念のお気持ち、しみじみと推察つかまつります。私も一人の天才のために
     ささやかな便宜を計らっただけで、せこい国民の怨嗟の的となって批判されたものでした。
     下々の大衆には王侯貴顕の崇高な理念とロマンティシズムというものを理解できるわけが
     ないのでございます」
マリー 「そうでしょう、そうでしょう。まことにルイ殿は優れた感性、洞察力を備えられた国王で
     あられることよ。お顔も美形だし、わらわの好みですわ」
ルー君 「はい、従姉妹のオーストリア皇后からもそう言われておりますが、マリー・アントアネッ
     ト様のような有名な王妃様からそのような勿体ないお褒めのお言葉をいただくとは、光栄の
     至り来たりでございます。
     しかし、陛下が東洋の俳句に通じておられるとはまことにもって意外な思いでございまし
     た。若輩の私がこのようなことを申し上げるのははなはだ僭越とは思いますが、陛下、あ
     れはまずうございました。異民族を多く抱え込んだハプスブルク帝国の王女として育たれ
     た陛下には理解し難い面があることは重々承知しておりますが、フランス国民はうんざり
     するほど自国の言語文化に自負心の強い民族でございます。
     あの忌々しいプロイセンのウイルヘルムが普仏戦争に勝利し(けっ!)、パリでドイツ帝国
     の皇帝として戴冠したとき(くそっ!)、私は嫌々パリに赴いたものですが、へへ、つい酒
     が好きなもんでパリの安居酒屋におしのびでいきましたところ、思いもかけぬフランス人
     の言語攘夷主義の実態を目撃したものでした。
     陛下、あれは句の中身より、はるか彼方、極東の地の詩歌形式を使われたことに致命的問
     題があったように思われますぞ」
マリー  「おやおや、ルイ殿は結構饒舌家なのね。あのチャランポランのモーツアルトも凄い饒舌
     家だったことを思い出しますわ。なにしろ、父親が死んだ日に卑猥で饒舌な糞尿談を友人
     に送りつけているのですもの。それを伝え聞いたとき私はゾッとしましたわ。
     でもルイ殿の仰ることは当たっているかも知れないと思います。私はフランス王妃として
     やってはいけないことをしてしまったようね」
ルー君  「さすがは英名高きルイ太陽王のお妃、即座に私の忠言を理解してくださります。お隣の
     夫君ルイ陛下もさぞかしご満悦のことと拝察いたします」
マリー  「はあ?」(唖然として思わずアゴが下がったままになる)
ルイ14世 「噂に聞いてはおったが、雄弁なわりには貴殿、相当な粗忽者のようだな。マリー殿は朕
     の二代後のルイ16世の妃なの。朕はルイ14世。解る?」
ルー君  「ハハー!(えらいこっちゃ!)大変申し訳ない勘違いをいたしました」
     (冷や汗もののルー君はなんとかしてこの気まずい場を取り繕うために必死になって別
     の話題を模索する)
ルー君  「ところで陛下、(ハンケチで額の汗を拭きながら)あの勇敢で沈着大胆なる銃士隊長、ダ
     ルタニヤン殿を今日伺候されなかったのでしょうか?」
ルイ14世 「ダルタニヤン? う〜む、そういう男もおったな・・・しかしあの男は朕の若き日に仕え
     た者でもうとっくの昔に死んどるよ。(自分も死んでるくせに) 記憶もそう残ってない
     のう」
ルー君  「えっ!陛下、それはあんまりなお言葉ではございませんか。陛下のお妃アンヌ・ドート
     リッシュ様が英国のバッキンガム公爵との不倫沙汰を噂されたとき、身を挺して王妃のこ
     うむる恥辱、ひいては陛下の恥辱を未然に防いだ忠義の士ではございませんか!それでは
      ダルタニヤン殿があまりにも可哀想であります」
マリー   「!!!!!!」
ルイ14世 「・・・・・。あのね〜、アンヌ・ドートリッシュ様は朕の妃ではなく母上なの。ルイ
     13世のお妃なの。あんた、本当に朕の崇拝者なの?」
ルー君  「ヒエー! 私は何という勘違いをしてしまったのでしょうか!」
      (事態は最悪と悟ったルー君はここで一転、己の弁明にかけることにした)
ルー君  「まことにもって申し訳ない失態をしでかしました。深く深く、お詫び申し上げます。
     しかしですね、しかしですよ、陛下。フランス王家はあまりにも同じ名を名乗る国王が
     多すぎると思われませんでしょうか? ルイ王なんて二桁の人数がいらっしゃるのですよ!
     乙にすました英国王家だって(へっ!元をただせばドイツの一貧乏公国の出のくせに)
     ヘンリー8世、エドワード8世と一桁どまりでして、名門ハプスブルク家は一代限りの名
     乗りが多かった。
     アントワネット様ご贔屓の日出る処の国日本などにいたっては125代も同じ家系が続
     いているのに同名の帝王は一人もいないのですよ。
     ルイ13世とかルイ14世とか同じ名前の後に番号だけふっていくってあまりにも安易な
     やりかたではないですか。名門のブルボン王家の者にはふさわしくありません。18世ま
     で行くなんてやり過ぎですよ。なぜ、アンリーとかフランソワとかいう名を適当に挿入
     してくれなかったのです?
     ドイツの一小国の王が数字を間違えたことくらい勘弁して欲しいものです。
     歴史の試験を受ける世界中のどれだけ多くの学生がこの紛らわしいネーミングに涙を呑
     んだことか、解ってらっしゃるのですか! ええっ! 陛下」
ルイ14世「うおっほん。(突如豹変したルー君の凄い剣幕にたじたじとなった太陽王はそれをごまか
     すため咳払いをする)
     しかし、よく喋る男だな、貴殿も。人嫌いで密室にこもってばかしいるという朕の得た
     情報はなんだったのだろう? しかも人を崇め奉ってばかりいるかと思うと突如詰問しだ
     す。ちっと心身の具合が悪いのではないのか?
     ほれ、マリー殿。汝が贔屓する国から精神科医が娘御を連れて今、スタルンベルク河畔
     に滞在しているというではないか? どうだろう、その御仁に一度ルイ殿を診てもらって
     みては如何かな」
マリー  「それは名案ですわ、陛下。かの精神科医はヴィッテルスバッハ家に並々ならぬ好意を抱い
     ている方ですから喜んで馳せ参じてくれることと思います」
ルー君  「嫌ですよ! 縁起でもない。私は同じ精神科医のグッデン博士を付き添いに押し付け
     れたその日のうちにスタルンベルク湖に浮かんでしまったのですからね。両陛下はまた
     もや私に同じ死に様を強いようとされるのですか? 嗚呼、ナンタルチア! あなた方だけ
     は信じていたのに!」
     (そう言うルー君の目が異様にすわって妖しく光りだしたので、ルイ14世もアントワネット妃も
     不安になり、そわそわしだす)
ルイ14世「そのう・・・何だな、そう、夜も更けてきたことだし、ルイ殿もお疲れのようだからそろ
     そろお暇することにしようか。のう? マリー殿」
マリー  「そ、そういたしましょう、これ以上居たらヤバイ、いえ、ルイ殿にご迷惑をおかけしてし
     まいますわ。さ、陛下、戻りましょう、黄泉のくにへ」
    (かくして、尊大な王と無邪気な王妃は、最初は威厳を持って退出して行きながらもノイ
     シュバンシュタイン城の階段は3段跳ばしで下りていき、最後は威厳も尊貴もあらばこそ、
     駆け足であわただしく城外へと逃げ去ったのであった、「怖いよ〜、ルー君は!」と絶叫
     しながら)
宝塚歌劇パー組公演「二人のルイとアントワネット」より抜粋・その2

Re:ノイシュバンシュタイン城の晩餐−オルタナティブ
270 舩津邦比古さん  [ 00/11/07 午後 4:18:19 210.238.163.85
立派な戯曲を見せていただいて,私も書きたくなりました.帝国劇場「エリザベート」のトート(死
の精)もダブルキャストでしたね.本戯曲の脚本も2本立てで行きましょう.脚本が変われば筋立て
も大きく変わるもの,いろいろなストーリーの展開を楽しんでください.

ルイ14世「シノアズリーじゃな.教養にあふれておる.朕はもとより我ら王侯貴族のあこがれとす
     るのはシナの伝説の皇帝,アンピロール・プリメール陛下(?)やアンピロール・ゲンソ
     ー陛下の栄華じゃ.酒池肉林をされたのは始皇帝陛下であったかな?
マリー  「恐れながら陛下,ハイクはジャポンより到来しものと心得ておりましたが,,」
ルイ14世「今日の世では世界の中心は朕の国フランスじゃ.あの辺りは地の果て,まとめて極東とい
     われる地じゃ.シナとジャポンの区別などよく分からぬ.皆まとめてシナで良いではない
     か.」
ルー君 「その偉大なるアバウトさ,まさに陛下は世界の中心太陽王であらせられます(意味がよく
     分からぬが,地動説だな).」
マリー  「下々も私ども貴族の真似をして句を詠んでおります.革命の始まりの日,パリ下町の主婦
     らが自然発生的にヴェルサイユを目指して歩き出した情景を,ある者が詠んでおります.
     <さみだれに 集まりて熱し もー我慢ならん>. ああ怖い,思い出したくもない.」
ルー君 「僭越ながら王妃陛下,それは画家のダビッドではないかと愚考いたします.あの者,冷静
     な観察眼を持っておるに加え,王妃陛下の生前最後のお姿をスケッチしております.」
マリー  「私,ダビッドは嫌いではござりませぬ.ですが王妃の姿は後世に残るものでございます.
     もっと美しく描いてほしゅうございましたわ.」
ルイ14世「バイエルンのルイよ,そちも何か詠めぬか?」
ルー君 「恐れながら太陽王陛下,私の時代眠れる獅子と恐れられたシナは狡猾なイギリス人の仕掛
     けた阿片の罠に陥り,眠れる豚に成り果ててしまいました.シノアズリーの教養を競う者
     は最早おりませぬ.それに花瓶も皿もヨーロッパで生産出来るようになりました.景徳鎮
     も伊万里も最早必要ではありませぬ.
     私は俳句をたしなみませぬが,風刺された一句がございます.曰く
     <仕事やらんで 王は城々を 駆けめぐる> しかしせめて
     <心傷んで 王は城々を 駆けめぐる> と詠んで欲しかった.リア王の悲劇に似た
     文学的響きが出てくるように感じられます.」
ルイ14世「そちも見栄坊の坊ちゃんじゃのう.どうもエリザベートに振り回されておるようじゃ.ホ
     モと偽ってエリザベートを守った話はまことか?」
ルー君 「オゲーッ,ゲヒヒヒーッと,幾度となく吐くに及んでござりまする.」
ルイ14世「そのキャバリエ振り,見事という他はない.
     伊万里といえばザクセンのアウグスト殿の集められた収集品は,朕も一目置く立派なもの
     じゃ.アウグスト候は面白いお方でのう,朕は候に強王とあだ名をつけた.候はよっぽど
     嬉しかったらしく,太陽王陛下から強王と言われたと盛んにあちこちで言いふらしておら
     れた.
     ザクセンはなるほど強国じゃ.しかし朕が強いといったのはアレ,精力絶倫じゃ.なにせ
     40人くらい子供を作られたのだからのう.それに柳眉を逆立てる奥方をええい,うるさい
     とばかり田舎の城に8年間も閉じこめてしまった.なかなかのドメスティック・バイオレ
     ンスじゃ.
     徳川殿にもお子をたくさん作られた将軍がおられたのう.お名前は忘れもうしたが,七
     変化で有名な琴姫殿のお父上じゃ(古い,古すぎる).なにやら思い出すうちにボンカレー
     を所望したくなった.お持ちかな?」
ルー君 「陛下,今宵はこの城の最新式キッチンで調理したバイエルン料理をご賞味下されませ.」
ルイ14世「バイエルン料理といえばまたローストポークに,ジャガイモのかるかんと酢キャベツの付
     け合わせじゃろう? まあよいわ,朕の時代は太り気味で恰幅がよい方が女性にもてる.バ
     イエルンのビールは確かに美味であるぞ.」
マリー 「我が国の三部会に第三身分から出たアントニオ・イイノ気と名乗る者がおりました.ザク
     センのアウグスト様,この者に似ておられます.お姿はもちろん,力自慢で時々突飛なこ
     とをなさるところ等,そっくりですわ.イイノ気もたくさん子を作ったのでしょうか?名
     は人を表すと申しますが.」
ルイ14世「ときにそちがパトロンをやっておるワグナーは,この城には来たのか?」
ルー君  「いえ,それが,まだでございます」
ルイ14世「あの者は自分の才能に陶酔しておる.そちがあれほど熱心に援助交際しておるのに,つれ
     ない奴じゃ.
     音楽はイタリア系が明るくて良いぞ.チャランポランのモーツァルトもオペラをイタリア
     語で書くか,ドイツ語で書くか,迷っていたではないか.結局<魔笛>はドイツ語で書い
     たがな.
     よい音楽家を紹介してやろう.ヒサオーモ・リワキーニというイタリア系の男じゃ.この
     者ピアノ,そちの国ではクラヴィアと呼んでおるな,の音については特にうるさいが,い
     い男じゃ.この者ショーチューが好きと見えるが,朕にはワインの方が美味い」
ルイ14世はボルドーはサンテミリオンの赤ワイン,シャトー・モーヴィノンのグラン・ク
リュの入ったグラスをグッと飲み干す.酔うほどに三人は陽気になり,夜が更けても話は尽きない.
宝塚歌劇パー組公演,「二人のルイとアントワネット」より抜粋・その3

Re:ノイシュバンシュタイン城の晩餐・ナニワ版
森脇久雄
ルー君 「くそっ!我が王家ヴィッテルスバッハは本当に呪われた一家なのだろうか!どうしてこう
     も私は信頼する者達に次から次へと裏切られていくのだ。王族や大臣の背信は覚悟してい
     たが、国民までこのごろは私に非難の矛先を向けてきているというではないか。そこに太
     陽王やアントワネット様までが私を避けようとされる!まさに四面楚歌ではないか!やん
     ぬるかな。虞よ、虞よ!汝をいかんせん」
     (そこへ侍従が突如入室してくる)
侍従  「陛下、オーストリア帝国皇妃にしてハンガリー王国王妃、エリザベート・フォン・ハプス
     ブルク・ロートリンゲン様がご来訪にてございます」
ルー君 「(掻きむしった頭髪をなでながら)お前なあ、人名辞典を読み上げるわけじゃないだろう?
     そんなくどい表現があるか! 要するにシシーちゃんが来たということだろう!」
    (ルー君が言い終わらぬうちにエリザベートがずかずかと登場)
エリザ 「誰がシシーちゃんよ!」
ルー君 「姉上! なんと急なお出ましで・・・」
エリザ 「姉上ではないでしょう? 二人だけのときは小鳩ちゃんと言ってくださる約束じゃない
      の!」
ルー君 「はっ!しかし、侍従がおりますので、それはチッとまずかろうかと・・・」
     (エリザベートにもの凄い目つきで睨みつけられた侍従はあわてふためいて退場していく。
     しかし、悲しむべきかな、下浅の者の口さが無さは「陛下はオーストリア皇后のことを小鳩
     ちゃんって呼ぶんだって、知ってた?」なんて風評を世間に流し、それは流れ流れて時空を
     越え、極東の精神科医の耳にまで達するのであった)
エリザ 「それにしてもあなたはなにを息巻いているのよ! 戸の外でチラッと耳にしたけれど何?
     虞よ、虞よ、いかんせん、なんて。シナのおっちょこちょいの王のセリフでしょう? いつ
     からシノアズリーにかぶれだしたのよ。ヨーロッパの君主ならせめてハムレットの真似くら
     いしたらどうなの? 虞美人なんか極東の神経衰弱気味の文豪にまかせといたらいいでしょ
     う!」
ルー君 「姉上!おっちょこちょいの王なんて、項羽殿のことをなんてことをおっしゃるのです
     か!?」
エリザ 「姉上ではなくて小鳩ちゃん!」
ルー君 「ハハー! それでは、小鳩ちゃん(調子狂うなぁ、もう)、あの純粋で武人に徹した項羽殿
     のことをそのような言い方をされてはあんまりではございませんか!」
エリザ 「何が純粋よ!ケチくさくて猜疑心は強く、ケツの穴が小さい小心者のあの野暮天のどこが
     純粋なの? だらしないところはあるけれど、太っ腹で誰に対しても大盤振る舞いする劉邦殿
     の方が私ははるかに好きだわ」
ルー君 「(高貴なオーストリア皇后のあまりにも意外なセリフに絶句してしばらく口をパクパクさせ
     ながら)姉上!いや、小鳩ちゃん(くそっ、しまらない、いつ俺はこんな呼びかけを姉上に
     約束してしまったのだろう!)、なんて言葉をつかわれるのです!ケツの穴が小さいなんて、
     ああ、私は信じられない!この世の崇高の美の極致を具現されていると思っていた姉上、い
     や、小鳩ちゃん(ああ、嫌だぁ〜)がそんな言葉遣いをされようとは!」
エリザ 「どうして? 二人だけのときに何故そんなにお高くとまる必要があるの? 私だって一人の
     人間よ。あなたの前ぐらい、自分のありのままの姿でいさせて欲しいわ。それよりも何を息
     巻いていたのよ?」
ルー君 「ああ、それそれ、それなんですよ。ルイ14世陛下とマリー陛下と晩餐をご一緒していた
     のです。最初はとても素晴らしい雰囲気の中、話がはずんだのですが、急に両陛下が私の一
     寸した失言で機嫌を損じられ、結局、私のことをキチガイ扱いにして逃げるようにして去っ
     て行かれたのです」
エリザ 「そう言えば城門のところで二人の貴顕の男女とすれ違ったけれど、あれがルイ14世だっ
     たの? 顔を真っ青にしてハイヒールが脱げてそこらに転がったのもおかまいなしに全力疾
     走で駆け抜けていったけれど、ふーん、ルイ14世だったの。あんな無様な醜態をさらすと
     は太陽王も焼きがまわったものね」
ルー君 「はあ? あの、そのハイヒールはアントワネット様のものだと思いますが・・・」
エリザ 「なに言ってるのよ!あの脳天気の女は私が城門に入るときははるか彼方に駈け去っていた
     わ。しかもしっかりとサンダルを履いてね。はしたないことにスカートを膝の上までたくし
     上げて、慎みの無いといったらありゃーしない!‘私、何にもできないの、運痴なの’って
     カマトトぶっているけれど、あれでものすごく駆け足は早いのよ(ふん、乗馬じゃ私にはか
     ないっこないくせに!)、幼女時代鬼ごっこをして、あのすばしっこく抜け目無いモーツアル
     トを転ばせるほどあの女の脚力は定評があったのよ!」
ルー君 「でも・・・でも姉上、いや小鳩ちゃん(クソッ!小鳩ちゃんっていうタマか姉上は!)、ハ
     イヒールは女性の履き物ですよ!ここは冷静かつ客観的に見たとき、そのハイヒールはアン
     トワネット様のものと思うのが妥当ではないでしょうか?」
エリザ  「シンデレラコンプレックスじゃあるまいし、どうしてそういった固定観念でしか女を見ら
     れないの? あなた、な〜んにも知らないのね!だからあの厚顔無恥の世故に長けたペテン師
     ワーグナーにコロッと手もなく騙されるのよね。あの見栄坊のルイ14世は自分が小柄だっ
     たことにすごくコンプレックスを感じていて背を高く見せようといつもハイヒールのサンダ
     ルを履いていたのよ。背の高いあなたには想像もつかないでしょうけれど」
ルー君 「・・・・・・!(絶句)」
エリザ 「あら、私はこんなくだらないことをお喋りしに来たのじゃなかったわ。そうよ、大変なこ
     とを耳にし、あなたに知らせたくて急いでここに来たのよ」
ルー君 「・・・・・・」
エリザ 「実はね、我が帝国の有力貴族からとても気になる情報を得たの」
ルー君 「・・・・・・」
エリザ 「(チラッとルー君を見たエリザベートは)ちょっと、アナタ!聞いているの!いつまで金魚
     のように口をパクパクさせているのよ。私達二人にとって身の破滅となるかも知れないよう
     な情報なのよ!」
     (エリザベートの凄い剣幕にやっと我に返り、慌てて口元を抑えるルー君)
ルー君 「えっ!何が私ら二人の身の破滅になるのでしょうか?」
(続く)
宝塚歌劇パー組公演,「二人のルイとアントワネット」より抜粋・その4

Re:ノイシュバンシュタイン城の晩餐・ナニワ版
森脇久雄
エリザ 「実はね、私たちが親しいことに付け込んで私たちの失脚を目論む陰謀が外国勢力の中から
     出てきたようなの」
ルー君 「外国勢力ってどこです?イギリスですか、それともフランス?」
エリザ 「今のところどこか解らないの。ただ、その手先となって私たちの身辺を嗅ぎまわっている
     犬は東洋人のようだわ」
ルー君 「東洋人?!まさか、姉上、いや、小鳩ちゃん、ゴルゴ・サーティンじゃないでしょうね?」
エリザ 「何を寝ぼけたようなことを言っているのよ。今は19世紀後半、ゴルゴ・サーティンは20世
     紀の人でしょう?なんか、あなた、このごろ愚かしくなっていくと思ったらマンガばかり読
     んでるんじゃないの?」
ルー君 「・・・・・」
エリザ 「それに彼は暗殺者であり、探偵ではないわ。しかもその嗅ぎまわっている犬というのは医
    者に扮しているという情報なの」
ルー君 「医者?まさか精神科医ではないでしょうね?日本人の」
エリザ 「日本人よ。ただ精神科医かどうかそれは知らないわ。その情報を教えてくれた我が帝国の
     貴族は夫人が日本人なのだけれど、何か心当たりでもあるの?」
ルー君 「それなら間違いない!太陽王とアントワネット様が私に勧めてくれたのです、その医者の
     診断を受けろとね。それで私たちの間に不愉快なひび割れができたというわけなんです。何
     しろ、私がスタルンベルク湖で溺死したとき、一緒に死んだグッデン博士という精神科医と
     取っ組み合った形跡があると聞いて以来、私は精神科医というものを一切信用しなくなった
     のです」
エリザ 「そう言えばあなた、一度死んだのよね。それが何でこんなところに居て、精神科医への容
     疑を後から聞いたりするの?」
ルー君 「そんな!そんたらこと言うんだったら姉ちゃん!いや、姉上、いや、小鳩ちゃんだっても
     う死んでるじゃありませんか!ジュネーブで暗殺されたでしょうが!この前、宝塚歌劇を観
     に行って一緒に確認したではありませんか、ああやって私たちは死んだのね、て」
エリザ 「えへん、おほん、うふん。あ、そうでした。コロッと忘れておりました。そうね。このこ
     とはお互い触れたらいけないのでしたね。それではこの戯曲が成立しないのでした。ごめん
     なさい。以後気をつけます」
    (気が強いのに、自分の非を認めるとしおらしく詫びるオーストリー皇后にルー君は改め
     て惚れ惚れとしてしまうのであった)
エリザ 「で、その太陽王たちが薦めたという精神科医の名前はなんというの?」
ルー君 「たしか、フナンツ・フォン・クーニフェルトという名だったように記憶しています」
エリザ 「それだったら違う人だわ。それにフナンツ・フォン・クーニフェルトなんて名はおかしい
     わ。その人、日本人でしょう?日本人にそんなゲルマン系の響きの名前の人なんていないわ
     よ」
ルー君 「そうなんですか?姉上はどうしてそんなことご存知なのですか?」
    (おっ、姉上と言って訂正しなくても姉上は気づかなかったぞ!とルー君は思う)
エリザ 「私はその情報をもたらしてくれた貴族、クーデンホーフカレルギー伯爵の日本人妻とは仲
     が良いの。だから彼女の口から色々な日本人の名を聞き知っているの。たいがいの名が簡潔
     なスペルであり、読みだわ。フォンがくっついてる名前なんか無かったわ。
     その伯爵夫人だってミツコという名なの。元々この情報そのものもミツコが仕入れてきて
     夫に働きかけたのよ」
ルー君 「それで、その間諜らしき日本人の名はなんと言うのですか」
エリザ 「モリ・オーガイという名なの」
ルー君 「モリ・オーガイ・・・まてよ、モリ・オーガイ、その名の響き、私はどこかで聞いたこと
     がある」
    (ルー君、何か遠い昔のことを思い出すように城の窓の外に視線を漂わす)
エリザ 「???どうしたの!」
    (ついに何かを思い出したのか、ルー君の目が異様に吊り上がったのを見てエリザベートは
     不安になる)
ルー君 「思い出したぁ!きゃつだ。俺の溺死に対して勝手なでっちあげ記事を書いた男だ!」
エリザ 「え?何の話?いったい何のことを言っているの」
ルー君 「姉上(お、また気づかなかった!)、聞いてください!このモリ・オーガイという許しが
     たい男はですね、私がスタルンベルク湖で溺死したとき、それを目撃したと嘘をいい、それ
     だけならまだ許せるのですが、あろうことか、そのオーガイが湖畔でデートしていた女の子
     が実は私の恋人であり、それを見た私がボートの上で立ち上がろうとしてバランスを崩して
     湖中に落ち、溺れ死んだというとんでもないでっち上げ記事を書きよったのです。『うたい
     たかったの記』なんて変てこな書名の本にして出版したため、日本人の間で読み継がれたお
     かげで私はマヌケな死に様をしたピエロのような狂王と今でも日本人たちに思われているの
     です。こんな理不尽なことが許されていいのでしょうか、姉上。(やったー!全然、気がつ
     かない。これはいける!)
     しかも、このオーガイめ、その恋人がこの男を追ってドイツから日本にはるばるやってき
     たというのにろくに会いもせずに追い返しているのですよ。そんな冷血漢の嘘つきを日本
     人たちはもう一人のイギリスに留学してノイローゼとなって戻ってきたN.ソーセーキと
     いう教師崩れなんかと並べて文豪として尊敬し続けているというのだからその国民性の浅
     はかさが推察つこうというものです。
エリザ 「(ルー君得意の饒舌が始まり、その言い分にも理があるのでややたじたじの思いで聴いて
     たエリザベートは)そうなの。確かに理不尽なことよね。可哀想にあなたも、そんなゴシッ
     プ記事のことで随分悩まされてきたのね。でも、それは王侯や有名人の宿命よ。諦めるしか
     ないわ。あなたは雄雄しい鷲でしょう?耐えるのよ」
ルー君 「そうでした。私は雄雄しいバイエルンの鷲でした。あんな極東の猿どものことで憤ってい
     たら私の値打ちが下がります。いいことを仰ってくださいました、姉上。
     そういえば最近、彼の国でもアヴェ.ジョージという男がそういった猿どもの存在に気がつ
     き、このまま放置していたらわが国はサル山と化す、と騒ぎだしたようで共感する何人かの
     聡明な男たちも出てきているそうですから、早晩、オーガイやソーセーキの評判も地に落ち
     ることでしょう。有難うございます、姉上。ところで、姉上、ジョージって英国風の名では
     ございませんか?」
エリザ 「そんなこと知らないわよー。リュウジとかシンジとかいう名があるそうだからジョージだ
     ってあるんでしょうよ。ところでね。あなた、人が黙って聞いていれば調子に乗ってさ、さ
     っきから何回、姉上と言った?」
ルー君 「(ギクッ)・・・・」
エリザ  「しかも、姉上、と口にするたびに私の方をチラッと伺って!まだ気づいていない、しめし
     め、なんてことを思ってたでしょうが!私の眼は節穴じゃないのよ」
ルー君 「(ギク、ギク、ギクッ)・・・・」
エリザ 「えー!どうなのよ!黙っていないで何か言いなさいよ!私をなめるんじゃないよ!」
    (観念したルー君はガバッとひれ伏した)
ルー君 「申し訳ありませーん、申し訳ありませーん、堪忍してつかわさーい!
     僕、シシーちゃんのことを小鳩ちゃんなんてとても言えないんです。だって幼いころから
     従兄弟だった私を可愛がってくれたけれどいつも弟みたいに何もかもが命令調だったでし
     ょう?僕にとって貴女はやはり敬愛する姉上なんです。怖いお姉ちゃんなんです。小鳩ち
     ゃんなんて言い方すると気持ち悪くて蕁麻疹がでそうなんです」
エリザ 「・・・・」
ルー君 「もちろん、世界の誰よりも姉上を一番愛しています。尊敬しています。崇拝しています。
     でも小鳩ちゃん、という軽薄な呼び名だけは勘弁してください。それでは姉上のイメージが
     崩れるのです」
     (土下座してエリザベートに訴えるルー君をしばらくじっと見つめていたエリザベートはや
     がてため息をつく)
エリザ 「そうなの。そんなに嫌なの。解ったわ。もうこれ以上強制はしません。私はあなたにとっ
     ては何もかもがかなわない存在と思っているのね・・・。そう、解りました。私はあなたの
     姉で満足することにしましょう」
ルー君 「姉上!解っていただけたんですか!」
エリザ 「ええ、解りました。ただし、それなら余計、私たちは今回の陰謀に対して力をあわせて慎
     重かつ冷静に戦わなければなりません」
ルー君 「そうでした。陰謀の話があったのでした。オーガイというイケスカナイ野郎をとっちめな
     くてはいけないのですね?」
エリザ 「・・・・。あなたね、敵である人物にはもう少し冷静に対して欲しいわね。小鳩ちゃんが
     軽薄な言い方と言うけれど、あなたのその物言いも本当に軽薄よ。とっちめるなんてそんな
     単純なことじゃないでしょう。なんか不安になってくるわ」
    (オーガイが物語りをでっち上げする気持ちも解らんでもない、とふと思ったエリザベート
    だった)
(続く)
(宝塚歌劇パー組公演,「二人のルイとアントワネット」より抜粋・その5)