9/24 2002掲載   by リワキーノ

Capt.Senooの小春ページの掲示版に投稿した記事です。


妻のための服選び

 

三連休の初日と二日目は仕事だったので昨日(9/23)が私の休み日でしたが、

朝寝坊したので山登りに行くのも出遅れ、家内が本格的秋になる前の今の季

節に着る洋服を一着欲しい、と言うのでそれならと買い物に付き合うことにしま

した。

 

「梅田に行く?」

「阪急も阪神も大丸もミセスのものが意外と少ないのよね」

 

家内がときおり利用する宝塚のミセスもの専用のブティック「Rizza」に行ってみ

ようかということで電話すると休店日とのこと。

それなら着倒れの京都にでも出てみるか、と秋晴れの気持ちのよい中を歩いて

京阪香里園駅に着いたところで、隣町の枚方市の近鉄デパートと三越を覗いて、

たいしたものが見つからなければその後、京都に行ってみよう、ということになり

ました。

香里園、枚方市駅間は電車でわずか8分。

 

近鉄デパートのミセスもの売り場は家内が意外に思うくらい品揃えは豊富でして、

一つ一つのブティックをゆっくりと見て回りました。

最初から二番目に入った「ユキ・トリイ」という店で薦められた赤っぽいスーツに私

が惹かれ、茶色のロングスカートのスーツに家内は惹かれたようでしたが、他も

見てから、とそのまま試着せずに行き過ぎます。

何番目かの店にマネキンに着せている薄いベージュ系の菱形格子模様の薄い生

地の服に二人とも心惹かれ、立ち止まります。

「これ、いいじゃない。きっと君に似合うと思うよ。試着してみたら」と私が言うと

「このスマートなマネキンが着ているからそう思うだけで私には多分似合わないと

思う」と家内は惹かれながらも首を振ります。

「着てみないと解らないよ。着てみたら」とその柄とデザインが気に入った私は熱

心に勧め、店員もどうぞ、どうぞ、と薦めるので、

「買うかどうかはわかりませんよ」と店員に断りながらも家内はいそいそと試着室

に入りました。

そして出てきた家内を見て、アリャー!と私は思いました。

全然似合わないのです。とても地味なのです。

この服はきっと背の高く細身の色白の女性が着たときに生えるのでしょう。

店員もその似合わないことに気づいたのでしょうか、あえて薦めませんでした。

こういうときに日ごろ、色の黒いことを嘆く家内の気持ちがわかります。

不憫だな、と思います。

 

そうやって2階の売り場を1時間ほどかけて回ったあと、あの最初の方で見た赤っ

ぽい服か茶色のロングスカートのスーツにする?ということになりかけたとき、迷う

家内を見て「それなら三越にも行ってみる?そこでいいのが無かったらまたこちら

に戻ればいい」と提案すると「付き合ってくれるの?あなた、もう疲れたのではない

?」と家内は申し訳なさそうに、それでいて嬉しそうに言います。

私は何事でも付き合うと決めたときは徹底的に付き合うのです。

いつも好き放題して青春している私を辛抱強く見守ってくれる家内にこんなときぐら

いお返しをしなければ天罰が当たります。

 

外に出て枚方市駅前の大通りを300メートル離れた三越百貨店の方に行くとき、

バス停でこちら向きに並んでいる大勢の人たちが仲良く寄り添って歩く私たちをぼん

やりと見つめます。

耕士君流に記せば、「きっと素敵なカップルに見えたのでありましょう」

 

枚方の三越百貨店に入るのは十年ぶり。とにかく狭い。

それでも婦人服売り場は広さの割には充実していました。

一つのごくオーソドックスなスーツに家内は惹きつけられました。

デザインにはこれと言ったユニークさは無いのですが、いかにも今の暑さも多少残る

季節にはぴったしの薄手の生地と濃い茶色の色合いに惹かれたようです。

家内のサイズである9号は濃紺しか無かったので最初、それを試着してみたのですが、

ま、可も無く不可もなくというところが私の印象でした。

店員は(かなりの年輩のいかにも’おばはん’というタイプでした)熱心に勧めますが、

家内は茶色にこだわっているようで、それならと7号サイズの茶色の上着だけを上に

羽織ったところ、これが実にいいのです。スカートもはいたらと私が勧めて上下を着て

試着室から出てきた家内はそれはもう素晴らしく似合っており、私はすっかり気に入っ

てしまいました。サイズが小さいので上着がピタッと家内の身体にフィットしており、ス

カートのはき具合も実にスマートに見えるのです。また、その色が好きだというだけに

濃い茶色は家内によく似合っていました。店員もスカートの腰まわりは広げることが

できます、上着は7号の方が貴女にあってます、と熱心に勧めます。

「それに決めたら!」と言ったのに家内はなぜか乗り気ではなく、お礼を言って他も見

てきますから、と言って私を促しそこを去ります。

急に疲れを覚えた私はコーヒでも飲もうよ、と言って同じ階の喫茶店に入りました。

 

「どうしてあれに決めないの?」

「8万円も出すのならもう少しいい物を買う。それにあんなぴったりし過ぎて全然余裕の

無い寸法のサイズを勧めるなんてあの店員おかしいわ。私がこの先ちょっとでも肥えた

らもう着れないじゃない」と家内は言います。なるほど、と私も納得。

 15分ほど休憩して私たちはもう一度近鉄デパートに行くことにし、喫茶店を後にしました。

枚方三越の喫茶店のコーヒーがまずいのには閉口しました。三越の名が泣きます。

 

さあ、くだんの店「ユキ・トリイ」にやってきました。

最初に応対してくれた店員さんがニッコリと微笑んでくれます。

「充分に他の店もご覧になってこられましたか?」

「はい、存分に見てきましたので疲れ果てました」

もう二時間もかけているのです。

若いその女店員は笑いながら椅子を勧めてくれます。

 

最初に私が気に入った赤っぽい方のスーツを家内は試着しました。

それは私の予測以上に家内にぴったりであり、似合っておりました。

とても家内が素敵に見えます。

家内も姿見を見ながら同様の気分だったようで上気したような表情で、派手じゃないか

しら、と言います。

華やかだけれど全然派手じゃないよ。襟の立っているところなんか凄く素敵だよ、と私

は励まします。

家内は大きく心が傾いたようです。

これで決まるな、と思った私は、ついでにもう一つの茶色の方も試着してみたら、と勧

めました。

家内はそちらのほうが気に入っていたようですが、私はそれほど期待はしておりません

でした。色がなにかひどく地味に見えるのです。

 

ところがなのです。

その薄い茶色系のスーツを着て試着室から出てきた家内を見て私はビックリしました。

もう予想以上に素敵なのです。思いもかけないほどに似合っているのです。小柄な家内

にはロングスカートは似合わないと夫婦共々思っていたのですが、そのロングスカートが

何とよく似合っていることか。家内が実際よりも背が高く、スマートにさえ見えるのです。

最初見たとき地味に思えたそのうす茶色は家内が着ると逆に優雅で上品なものに映る

のです。その光沢の見る角度によって微妙に変わる様も素晴らしいのです。

いや〜、こんな素敵な装いをした家内と一緒に出かけたい、音楽会に行きたい、素敵な

お店で食事をしたい、など様々な思いが私の脳裏を去来しました。

家内も文句無く気に入ったようでためらわずにこちらが好き、と言い切りました。

これで本当に決まったな、今日は一緒に買い物に出かけてきて良かった、と私は嬉しい

気持ちで家内が試着室で着替えるのを待っておりました。

「さすが、プロの方の眼ですね。家内を見たときにすぐこの服をお勧めくださったのは似

合うとイメージされたのですか?」と私は若い店員さんに尋ねました。

店員さんは微笑みながらうなづき、だいたい、抱くイメージが崩れることはありませんでし

た、と答えます。

 

ところが試着室から出てきた家内はいざ、これを買うことに凄くためらいを感じ、なかなか

決断をしないのです。

何故?と尋ねる私に家内はとても気に入っているのだけれど、お値段が・・・と言います。

よく聞いてみると何と値段が三越で見たものの倍近い額。シルク100パーセントだそうで

す。

へえ、そんなにするの、と私も一瞬驚きましたが、紳士ものスーツでもちょっとした良いも

のなら軽く10万以上はします。

ましてやお洒落が身上の女性の衣装、こんなに似合って気に入った衣装だったらそのく

らい出すのは当然、と私は思いました。

お金はまた稼げるさ、こんなに似合う衣装に出遭ったのもご縁なんだから、買おうよ、と励

ますのですが、生来貧しい家に生まれて育った家内はこの値段は自分には分不相応とた

めらい続けます。私は4、5万くらいのものしかイメージしてなかった、と言います。

先月、私の秋物のスーツを久しぶりに新調するため大丸に行ったおり、濃紺と茶系統の

二種類のどちらにするか私が迷ったとき、両方買いましょうよ、妹尾さんや井上さんたち

のようなハイソな方々とお付き合いするのなら服もそこそこのを揃えておかないと、と家

内は言って実際に二着買わせたのに、こと自分のこととなると極端にけち臭いことを言い

出すのです。

いや、決して贅沢ではない。我が家はそんなに裕福ではないけれど、使うべきときにはお

金は使うべきものなの。いい服を着ればどんな所に出て行っても気持ちは堂々としたもの

でおれるし、気分も浮き浮きしてくるもの。心身の健康にも大いに貢献する。また、君いわ

ゆるハイソな仲間たちの席に出てもらわなければならないことも起きるかもしれない、そん

なときのためにも、などともっともらしい御託を色々並べてやっと家内を説得しました。

 

十数万のお金は持ってきていなかったので手付金だけを払って店を後にしました。

エスカレーターに乗るとき、試着したマネキンに着せた服が遠めに見えたとき、「やはり、

こうして見るとあの服、素敵ねぇ」と家内が言い、私もそう思ったのですが、服は実際に着て

みないと本当にわからない、ということを今回は勉強しました。

後は、家内の気が変わってキャンセルをしないことを祈るだけです。

過去にそういったことがあったのです。

 

外に出ると濃い青空と秋らしい雲が浮かび、辺りのビル街の風景も秋の色を濃厚に感じさ

せる陰影の強い色合いでありました。

 

 ところがです。ところがなのですよ!
皆さん、聴いてくれる?

家内がですね、あの翌日、学校で同僚の先生たちから色々要らぬ知識をそそぎ込まれ、ひどく揺れ
動いているのですよ。(もう、公教育の教師って本当にくだらないことでお節介焼きなのだから!)

「シルク100パーセントは危険よ、私なんかちょっとシミがついたので取ろうとしたら余計ひどくなり、
クリーニングに出してもとうとう取れなかった、結局着たのは一回きり」
「私はね、無数の虫喰いにあって、それ以来、シルクはやめたの」
「十数万もの買い物をしながら今どき、びた一文負けないなんておかしいわ、誠意がないわよ、その店」
等々

そして保健室に来た父兄から(何で父兄なんかに買った服の話なんかするんだよ!)
「私もユキ・トリイはよく利用するのですけれど、上本町の近鉄本店のほうが品揃えが豊富ですよ、
一週間以内だったら手付金を入れていても解約は可能だから、本店にいらっしてそちらの品も見た
上で決められたら?」
なんて知恵をつけられたものだから、もうすっかりその気になって本店の「ユキ・トリイ」に行く、と言うんです。
「冗談じゃないよ!あのとき一生懸命応対してくれた店員にどの面下げてキャンセルに行けるという
の?」と憤懣やるかたない私が叫ぶと、「お父さん、そんな仏心ばかりに囚われていたら女なんて買
い物はできないよ。納得できないことには余計なお金はぴた一文払わないのが女なの。十数万の
買い物だったら当然そのくらい慎重になるのが当たり前。それにお母さんはキャンセルするって決め
たわけじゃなく、もっと自分に合ったものがあるかも知れないと思って本店に行くと言ってるじゃない」
と娘がたしなめます。
い〜え、私にはもう結果は火を見るよりも明らかなのです。絶対に家内は上六の店で5万円前後くら
いの商品を見つけてきて「すごく、気に入ったのがあったの!」なんて言うに決まっているのです。
間違いなく枚方店の分はキャンセルとなるでしょう。
もう、ロマンチックなオー・ヘンリー調のストーリーが難波のど根性ものに変わり果て、情け無いったら
ありゃーしない、って心境です。
私のあの見立てはいったい何だったの?あの2時間は何だったの?
絶対に私は枚方店に手付金を取りには行かないぞ。
上本町に行くんだったらヤキ・トリ食べるくらいにして欲しい!

妻の服選び・結末
「ユキ・トリイ」上本町店、難波本店と行った家内は私の仕事先の携帯電話に電話してきました。
「とてもいい服があったの。ここの店員さんが、私だったらシルク100パーセントの服は勧めない、と言うの」
その言葉を聞いたとたん、私はムカッとしました。
「同じ会社の支店の社員が他支店の仮契約をした商品を否定するようなそんな店員を僕は信用しない!
しかし、君が気に入った商品だったら買ったらいい。僕は何も言わない」
そう言って私は電話を切りました。
そしたら夕方、家内は手ぶらで帰ってきました。
「もう、どうでもいい。買う気なくなった」
私たちの間に冷ややかな雰囲気が漂いました。
「枚方店のをキャンセルするなら早くしないとまずいぞ」
「言われなくても明日、キャンセルしてきます!」と言う家内の表情はこわばってました。
私が付き合ったあの服選びの時間はいったい何だったのだろう、というむなしい思いが募ってきます。

翌日、私より遅く帰宅した家内は大きな袋を持ち帰ってきました。
「何?それ」
「キャンセルを言ったの」
「やっぱり、もう期限的にだめだったのだね」
「違う。店員さんは了解してくれた。でも言うの。あんなに妻の服を勧めてくれるご主人っていませんよ。
もう一度着られてみませんか?と言うの」
それで、もう一度、服を着た家内はやっぱり惚れ直したのです。買ってきたのです。
私は幸せな気持ちになりました。