2/20 2002掲載

by 森脇久雄

山伏と映画「タイタニック」  1998/06/09

 

2ヶ月ほど前に山伏の諦心殿から電話がかかってきました。

「モリさん、今、10分ほど時間くれるか、いや、5分でもええ」

「いいですよ」

「ワシな、昨日映画見に行ったんやけど、何の映画か解るか?」

「もしかしたらタイタニック?」と私自身、見たいなと思っていた映画名を言いました。

「そうやねん!もしかしたらもう見たんか!?」

否、と応えると、してやったりと諦心殿は興奮して語りだします。

「ワシな、35年前に『ローマの休日』を見た後、気がついたら雨の中の御堂筋を歩いて

おったんや。もうあまりの感動に無我夢中で気がついたらそうなっとったんや。そして、

ワシはずぶぬれのまま、立ち飲み屋に入って立て続けに酒をあおったんやけど、それでも

ワシは心の中の激情がどうしてもおさまらんやった」

「ローマの休日」と立ち飲み屋の組み合わせが何とも可笑し味があって諦心殿らしい、と

思いました。

「ふむ、ふむ、それで?」

「そうやね、そして、この『タイタニック』を見て、ワシは『ローマの休日』を見たとき

と同じ様な感動に襲われたんや。もう、いても立ってもおられん気持ちで、言葉では言い

表せんくらいや、解るか?モリさん、ワシのこのやるせない気持ちが」

解るか、と言われてもまだ見てもいない映画のことなんか返事の仕様もないが、「ローマ

の休日」以来の感動、と言われると、これはただ事ではないと私も思ったのです。

「映画が始まった最初の方でな、ワシの前列におった中学生達がライターの火を点けたり、

消したりして騒いでおったんや。最初、注意したろうかと思ったが、しばらく様子を見た

れ、とそのまま放っておいたら、やがて静かになったな、と思っていると何と、こいつら

クライマックスのところでシクシク泣き出したんや、勿論、その時にはワシも泣いとった」

「ほう‥」と私もさすがに関心をそそられます。

「この映画は実に感動的で、もう最高に素晴らしい傑作や。是非、モリさんも見てくれへ

んか。ワシはモリさんの感想を聞きたいのや」

「もともとタイタニックには深い関心を持っているので、見たいとは思っているのですが、

以前に作られた『SOS、タイタニック』に比べてどうでした?」

「もう、問題外や。もし、モリさんが見て期待はずれだったら、ワシは1600円を支払

う。だから是非、見て欲しい、モリさんと酒を酌み交わしながらタイタニックのことを語

りたいんや、頼む」

「解りました。是非、見てみます」

 

そして、その後、スペイン旅行に出かけられた諦心殿は、帰国後の4月20日に電話して

きました。

「まだ見とらんのかいな!27日までやで。頼んまっせ」

その情け無さそうな声に、私は大あわてで4月25日(土)に映画『タイタニック』を見

に行きました。

そして私の受けた印象ですが、これが一口では本当に言い表されないものでした。

『タイタニック』は人によって大きく評価が変わる映画だと言えるでしょう。大いなる駄

作と言う人もいるでしょうし、美しい純愛のラブロマンスとも言う人達もいるでしょう。

娘の友人は、つまらなかった、との感想で、26日のエルニーニョ被災者支援イベントで

会った西川優香里さんは、見終わったとき、あまりの感動にものも言えなかったと言って

ました。

つい最近観た西野良子さんは、「この『taitanic』に関しては、とってもヨカッタ派とタ

イシタコトナカッタ派と私の友人の批評でもきれいに二分されていて、私はどう感じるの

かなぁと自分自身で興味津々だったのですが、ずばり申し上げて 私は『とーってもヨカッ

タ派』になってしまいました」と、メールに書いて来ました。

ただ、西川さんも認めておりましたが、ストーリー自体はかなり凡庸なもので、主役の恋

人達のラブロマンスもありきたりのものであったことは、私も感じました。また、3時間

15分の長い上映時間が果たして必要か、という印象も抱きました。特にタイタニックが

沈没しだしてからのシーンは一部冗長な気がしたところもあり、全体的に何か必然性を感

じさせるドラマ展開に乏しい映画というのが私の率直な印象でした。

でも、私は見終わった後、一人映画館を出て帰宅する途上、何か美しいものを見た後の、

深い感動を感じ続けておりました。

そして、それが今見た映画の内容の何に起因するのかが、最初はうまく把握できなかった

のです。

配役たちの演技が特に優れていたわけではなく(アカデミー賞11部門受賞を取りながら

俳優部門が一つもない)、登場人物のキャラクター設定も単純、ストーリー展開も何か冗

長でありながら、それでいて何とも言えぬ余韻を残すのは何なのだろう、と私は映画を振

り返りながら自問自答しました。

そして私が結論した解釈は、この映画は、映画全編を通じて息を呑むような美しい情景が

随所にあること、主演のレオナルド・ディカプリオの生き生きとした恋する若者の美しさ

が見る人を魅了すること、そしてこの映画は80数年の時空の隔たりを持ちながら継続す

る男女の純愛の美しさを描いていること、というものでした。

この映画の物語は、若き日にタイタニックに乗船して生還した101歳の老婦人の回想で

なりたつのですが、その染みだらけの老婦人をしばしばアップで撮影するにもかかわらず、

私はこの老婦人の美しさと、気品に深く惹き付けられました。その老婦人がタイタニック

で知り合った若き画家との純愛を演じるその男女の俳優達の輝くような美しさと現在老い

きってしまったその老婦人のしばしば重なり合う情景を映画は巧みに描いており、そして

船の沈没とともに失った恋人のことを回想する老婦人の節度ある表情、それらが何とも言

えぬ深い味わいを感じさせるのです。

私は、この映画を見て泣きはしませんでしたが、ただ一カ所、二人の恋人が愛を確かめあ

う船上の舳先で男が恋人を後ろから抱きかかえるようにして手すりから恋人の身を乗り出

させるシーンには思わず目頭が熱くなるような感動に襲われました。映画のポスターにも

なっていますから皆さんも御存知だと思いますが、夕暮れの中を疾走するタイタニックと

その舳先で2羽の鳥が飛翔するかのように身を乗り出す恋人達の姿、実に美しく、叙情的

でしたね。胸が一杯になってくるような感動を覚えました。「そしてこれがタイタニック

が迎えた最後の日没でした」という老婦人のセリフに表される過去と現在の交差、これが

筋の展開としては平凡なこのラブストーリーを美しく際だたせ、忘れがたい余韻を残すの

だと思いました。

主演のディカプリオは何の賞も取れませんでしたが、もともと彼の演技に私は惹かれたの

ではなく、彼の輝くような眼と表情に私は魅了されたのです。

彼の演ずる無私とも言える恋人への愛に、このような純粋な恋愛が実際にあるものだ ろう

か、と懐疑的な気持ちを抱く私ではありますが、感動せざるを得ませんでした。それほど

彼の姿は説得的でありました。

男性の私でさえ、これだけ感銘を受けるのですから、ご婦人達が如何に魅了されたか想像

するに難くありません。

そのあたりのことを、少々長くなりますが、若い女性の代表として西野さんのメールから

引用させていただきます。

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そしてアカデミー賞で主演男優にノミネートもされなかったディカプリオが大好きになっ

てしまいました!いやー格好良すぎました。今まで彼がCMに出ていても「ちょっと目の

離れた?平凡な青年なのに どうしてこんなに人気があるのかな?」と正直言って納得出来

なかったのですが、今回この映像を見て「ウンウン」と大納得してしまったのです。

彼の瞳がきれいすぎ。そして話すときの仕草ひとつひとつがとっても印象的で、今目を閉

じると彼の仕草の残像が瞼の裏に浮かんでくるようなのです。(中略)一瞬一瞬をどうや

って過ごしていくかって あまり考えたこともないけど、瀬戸際に立った時の自分を思うと

今を一生懸命頑張ろー、絶対大丈夫!”TRUST ME!”と叫んでいたディカプリオの言葉を

肝に命じて 自分を信じていきたいなぁーーーーーなんて。あー格好ヨカッタ!

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随所に出てくる美しい情景の中でも、現寸法で作り上げたタイタニックの姿が印象深かっ

たですね。

広い大洋を悠々と進んでいくタイタニックを後方斜めから撮すシーン、デッキや無数の窓

から明かりを発しながら航行する夜間のシーン、それは、タイタニック、ルシタニア(*)、

クイーンメリー等の、石炭を燃料としていた時代の長い煙突を持つ豪華客船が好きな私に

は応えられないものでした。

沈没のシーンについては、船内の模様は、ポセイドンアドベンチャー等の遭難映画と見比

べてもそう真新しいシーンはなかったですが、外から撮すタイタニックの沈んでいく姿は

凄い迫力でしたね。船尾が海中から持ち上がってきて浮遊する人達の後方に巨大なスクリ

ューがぐーっと姿を現すところなんか、ビデオで観たのでは望めないような強烈なインパ

クトを与えます。

船尾にしがみついて群がる乗客を乗せたままタイタニックが海中に没していくシーンにつ

いて、あれで助かる可能性があるのだろうか、と熊野で出会った高橋素晴君に尋ねたとこ

ろ、船が沈没するときに必ず起こる渦巻きの海面近くの旋回流にうまく乗れれば浮上は可

能と言っておりました。

また、あれだけの巨大な客船が沈没すると沈没地点には無数の泡が生じ、その大きな塊の

中に巻き込まれると浮力が働かないので、海面上に浮き上がってくることは不可能になる

とも言っておりました。映画にはそんなシーンはなく、さすがは太平洋を単独横断したヨ

ット少年、目の付け所が全く違うと感心いたしました。

素晴君もオーストラリアでこの映画を観、帰国後もまた観たそうで、彼なりに深く感銘を

受けたのだろうと思うのですが、ただ、タイタニックの物語に惹かれるあまり、この悲劇

を美化することと、タイタニック最後の晩餐と同じ献立のディナーを楽しむようなセレモ

ニーを企画する軽佻浮薄な人達へは強い不快感を抱いていることが、彼の次の発言から推

察され、また、私は深く共感したのでした。

「海底深く沈んだタイタニック号は千五百人以上の犠牲者達の墓場なのです。そっとして

おくべきであり、潜水艇で興味本位に調査するべきではなく、ましてや財宝を探すなんて

断じてやるべきではないと思います」

そして最後に、山伏の諦心殿に話がもどるのですが、彼は、この映画タイタニックのどの

ようなところに深い感動を受けたのでしょうか。

私は映画を観たあと、まだ諦心殿にお会いしていません。

私なんか及びもつかないほどの深い感動に襲われたことは疑いのないところで、その起因

するところが何であるかに深い興味を抱きます。

大峯で修行し、足でお四国お遍路をやりとげた行者であり、天真爛漫なロマンチストで感

激屋、崇高な利他的行為に激しく心を揺すぶられる諦心殿の人となりを考えると、この映

画のすべてに感極まられたのではないかと推察されるのですが、一度酒を酌み交わしなが

らお話を聞いてみましょう。

 

(*)ルシタニア号:イギリスの豪華客船。タイタニック号沈没から3年後の1915年5月

7日(第一次世界大戦最中)にアイルランド沖でドイツ潜水艦に魚雷攻撃を受け沈没、1

198名の乗員乗客が犠牲となった。