7/31 2001掲載
山門(やまかど)水源の森を訪ねて湖北へ
森脇久雄
今月初め、仕事で滋賀県西浅井(にしあざい)町に行くことになったとき、6月のN
HKテレビで放映された西浅井町の山門水源の森のことを調べてきて欲しい、と家内
に頼まれました。
仕事に同行してくれた客も山門水源の森のことは知らず、時間的余裕も無かったので
下調べは行けなかったのですが、テレビの放映に深く惹かれた家内がしきりに行きた
がるので、仕事が入らなかった7月27日、家内と一緒に山門水源の森探索に行って
きたのです。
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湖西有料道路から一般道に向かう |
写真@
27日、朝7時に出発の予定だったのですが、家内が娘の弁当作りに手間取ったりし
て8時過ぎの出発となりました。
宇治川を渡る手前から国道1号線の渋滞が始まり、名神京都南ICに入ったのは1時
間10分後、名神がまた渋滞していて結局、湖西有料道路に乗り入れたのは9時30
分。
後は渋滞もなく、湖西有料道路を平均70〜80キロで走行して10時過ぎ志賀町に
到着、一般道に乗り入れました。
琵琶湖対岸は湖東の近江八幡市です。
近江舞子から見る琵琶湖 |
写真A
近江舞子の湖岸から見る琵琶湖の水面は実に涼しげで美しかったです。
高島町から見る琵琶湖 |
写真B
高島町から対岸の米原町の間は琵琶湖の横幅が一番長いところで、対岸がかすんでし
まい、まるで海のようです。
白髭神社の鳥居 |
写真C
高島町の白髭神社は全国の白髭神社の総本社です。
車道を挟んで山側にある神社よりも湖水の中に建つ鳥居の方に何か心惹かれました。
山門水源の森入口 |
写真D
今津町で1時間ほど昼食休憩を取り、マキノ町のコンビニで缶ビールを買い、遠回り
になる海津大崎の湖岸道路に入らず、敦賀に通じるR161をそのまま北上して、野
口の交差点でR303に入り、大浦から県道286に乗り入れて山里の素晴らしい風
景の中を北上すること約8分ほどで山門水源の森入口に到着しました。
西浅井町役場に所在地を問い合わせたとき、「目立たぬ看板ですからもし通り過ぎて国
道8号線に出てしまったら引き返して下さい」と役場の人が言っていましたが、まさ
に目立たぬ看板でした。福井県県境のすぐ手前だそうです。
駐車場らしき場所には一台も車は無く、西浅井町斎苑の建物がぽつんと建っておりま
した。
「わー、やっと来たね!」
私と家内は思わず歓声をあげました。到着時刻は12時15分。
散策路入口 |
写真E
看板左手の踏み跡らしきところを入っていくと、やがて山門水源の森散策路の入口に
来ました。
何の変哲も無いどこらにも見かける雑木林といった中を歩いていくと、いきなり建設
工事真っ最中の林道に出ます。
戸惑いながらもショベルカーなどが停まっているその林道を歩いていくとすぐに左手
の山道に入っていくところがあり、そこを登っていきます。
健脚コースへの尾根 |
写真F
急な坂道を登っていくのですが、樹木が低くて日差しを防いでくれないので、暑いこ
と!日傘を持たない私は外人部隊のような格好になりました。
「まさか散策コース全部がこんなじゃないよね?」と家内が言うので、水源の森日本
百選に選ばれた森なんだからそんな馬鹿なはずはない、と私は答えました。
アカガシの森 |
写真G
そして私の確信は裏切られなかったのです。
10分ほど登ると散策コースと健脚コースの分岐の標識があり、健脚コースの方に向
かうとすぐに深々としたアカガシの樹林帯の尾根になったのです。以後、再びここに
戻ってくるまで日差しに苦しめられることはありませんでした。
アカガシの樹林帯の登りを行く中、随分と写真を撮ったのですが、大峯のような巨木
があるわけではなく、アカガシはヒメシャラやツガのような見栄えのする樹木でもな
く、地味な風景にしか写りませんでしたので掲載は2枚に留めました。
しかし、そのなかを行く私たち夫婦は何とも言えぬ満足感、充足感に充たされたもの
でした。ウグイスの鳴き声以外、まったく音が無く、樹木に結びつけられた赤テープ
をたよりに樹林の中を歩いていくのはまさに静寂と野趣を好む私ら夫婦の最も好む山
行だったからです。
散策路 |
写真H
下りのところでは木製の手すりが設置されており、滑りやすいところが極端に苦手な
家内も楽々と降りていくことができます。
ここを降りきったところの暗部で休憩したとき、吹き抜ける風の涼しさが何と爽やか
だったことでしょうか。
宮原さんが伝言板に記しておられた天然のクーラーという表現、まさにそういう感じ
でした。
「樹木の緑が本当に生き生きしているわね。星田山と似たような森なのに全然雰囲気
が違う」という家内の言葉にうなずきながら、私は飽くことなく樹林に見入りました。
あまりにも長い時間、呆然と明るい木立を見上げ続け、しまいには「こんな至福の思
いをさせてもらえる僕ほど幸せな人間はちょっといないのでは」と言いだすと、家内
は笑い出しました。
ブナの森 |
写真I
この健脚コースのお目当て、ブナの森に到達しました。
大峯のような巨木のブナが林立するところではありませんでしたが、ブナ林特有の明
るさを持っています。
標高500メートル以下のところでブナが植生するのは関西ではここだけでしょう。
ブナの木 |
写真J
もしあなたがブナの大木に出会ったら、是非抱きしめることをお勧めします。
恋人を抱きしめるように、あるいは我が子を抱きしめるように。
ヒメシャラほどにスベスベし、ひんやりとした感触はありませんが、ブナ特有の樹肌
の肌触り、じわーっと伝わってくる重厚な冷たさはきっとあなたの心を慰め、癒して
くれることでしょう。
山頂 |
写真K
ブナの森の頂上であり、この健脚コースの最高地点です。
標高五百数十メートル、散策路入口から標高差三百メートルの登りでした。
ここで飲む缶ビールの美味しかったこと!
缶ビールは新聞紙で何重にもして包むと2時間くらいは冷たさを保てます。
湿原への下降 |
写真L
ブナの森からの下山はわりかし急で、すぐに隣の山が見えるところに来ます。
尾根のそちら側はかなり急激に落ち込んでいるようで、後で湿原のところから見たと
き、そのことを確認しました。
低い展望台から見る山門湿原 |
写真M
樹林の尾根をかなり降りていき、山門水源の森最大のセールスポイント、湿原に到着
しました。
二箇所ある展望台の低い地点からです。
写真で見た感じは何の変哲もない原っぱのように見えるかも知れませんが、湿地帯な
のです。
ここで受けた印象というのは実際にこの場所に行ってもらわないと理解してもらえな
いと思いました。
写真NO
高い展望台からの眺めです。
山の風景としてはごく平凡であり、日本アルプスや久重、霧島、阿蘇などの九州の山々、
ましてや大峯に比べてさえまったく地味なものでありますが、全山自然林に覆われた
この風景を前にして私たちは長い時間、沈黙したまま見入ったものでした。
このとき私が受けた印象というものはちょっと文章には書き表されないものがありま
す。明るすぎるくらいな陽光のもとに照らされていながら何か翳りを感じさせるよう
なその光景は、その異様な静寂さが相乗効果を持って見る人の心を浄化させる、とい
った、そんな感じでした。
家内も同じ感じだったようで、何故このように魅せられるのか、帰りのドライブ中、
そして帰宅後にも家内と語り合ったのですが、その理由が未だに分析できません。
強いて言えば、1万年前にその原形を形作り、大きく変化することなく現在にまでそ
の姿を残している湿原とその周囲の山、どこの都会からも遠く隔てていること、私た
ち以外に入山者がいないこと、そういった認識も大きく私たちの心に作用しているの
かも知れません。
深い深い刻印を私たちの心に刻み込んだ光景でした。
せせらぎ |
写真P
湿原からぐ〜んと降りてくると、小さなせせらぎの所に来ました。
家内が顔を洗い、「冷た〜い!」と叫びます。
「あなたも洗ったら?」と言うのを頷きながらもタバコをふかすだけで私がその気の
無いことを見て取った家内がハンカチをせせらぎに浸して持って来、私のうなじに押
し付けたのですが、飛び上がるような冷たさでした。
冷たい湧き水というのは大峯にもあり、日本アルプスなどの高い山々ならともかく、
400メートル標高あたりのこんなせせらぎの水が氷のように冷たいのは初めての経
験でした。
ここのせせらぎの地といい、高い展望台といい、私たちはいつかテントを張って夜営
をしたくてたまらない気持ちになりましたが、残念なことにそれは禁止されているの
です。
あの斎苑の駐車場だったらかまわないかも知れません。いつか家族で泊まりに来よう
と家内と誓い合い、午後3時半、駐車場を後にしました。
山門水源の森、そこの山中に巨木や断崖絶壁、滝などがあるわけでなく、湿原にも尾
瀬のようなミズバショウが群生しているわけでもありません。
変化に富んだ華やかな風景を期待して来られたらきっと失望されることでしょう。
しかし、季節柄、花の姿さえまったく見かけなかったというのに私たちはその景色、
雰囲気に深く魅了されました。やってきて本当に良かったと思いました。
国道161号から見る琵琶湖 |
写真Q
岐路は琵琶湖東岸を回らず、元来た道をたどりました。
山間部を抜け琵琶湖が眼下に見える地点です。
時間的にも京都でラッシュアワーに引っかかるだろうと思って、大津から瀬田に抜け、
宇治川沿いに走って宇治田原に出、R307を走ったのですが、あちこちで渋滞に遭
い、結局、寝屋川にたどり着くのに4時間もかかりました。
往復240キロのドライブとなりました。
※ 山門水源の森案内は下記のURLで見られます。
http://www.ds-j.com/nature/yamakado/