井上芳雄さん主演のミュージカル『モーツアルト』 by リワキーノ 11/25 2002掲載  

2002年11月19日、東宝ミュージカル『モーツアルト』を観劇してきました。
このHPを通読されている方でしたら当然ご存知のことと思いますが、このミュージカルの主役、ウ
ォルフガング・モーツアルトを演じる役者は修猷館高校同窓会における我々よいよい会よりも一年
先輩の井上哲雄さんの子息、芳雄さんなのです。
井上芳雄さんは、無名の時代に東宝ミュージカル『エリザベート』のルドルフ皇太子役に抜擢され、
一躍世間から注目された東京芸大の音楽生です。
一緒する顧客姉妹との日程を調整して私が選んだのは11/19でしたが、偶然にもこの日がダブル
キャストでモーツアルトを演じる芳雄さんの千秋楽でした。大変な人気らしく、補助席、しかも3人と
もバラバラでしかチケットが取れませんでした。
そして前日に父親の哲雄さんに明日、観に行くからと電話したところ、奥様もこの千秋楽を観に大
阪に出ておられるとか。当日は入り口のところで奥様と待ち合わせました。
哲雄さんとは彼が学会で京都に来る折に何度もお会いしてますが、奥様とは16年ぶりの再会です。
少しも変わらぬ大らかさと気さくなお人柄に同行した顧客女性たちは「まあ、この方があのプリンス
のお母様!」と感激しておりました。
 
ミュージカル『モーツアルト』は『エリザベート』と同じくミヒャエル・クンツェ(脚本・作詞)、
シルヴェスター・リーヴァイ(作曲)のコンビによる作品。
ヴィーンにおける初演のときの新聞評は
 
「スタッカートの多いロック調マーチ、ヒットメロディー、ワルツなどがミックスされ、モーツァルトとシッ
カネーダーが登場する場面では、アメリカのバーで演奏されるようなジャズ
が流れる。要するに消費
用のポップ音楽に過ぎず、時にはミュージカル「レ・ミゼラブル」
からのコピーのような印象を与える」
 
とボロクソですが、私にとっては音楽も美しく、魅力的でしたし、構成もしっかりしているように思え、
演技もそれなりに感動させてくれたし、そんなにボロクソに言うミュージカルとは思いませんでした。
同評論家(クリエ紙/グンター・バウマン)の続いて下記の、
「終幕近くにただ一度「魔笛」からのオリジナルが引用され、続くクライマックスではミュー
ジカル作品の音楽的貧困さが一層明白となる。長い舞台の中で印象に残るのは2曲の
み、「自分の影から逃げ出したい」というモーツァルトの歌と、脇役のレンネッケ・ウイレム
センが歌う「星の黄金」で、この曲は最も大きな拍手で迎えられた。」
 
という記述はどうもこの人、クラシック以外の曲への偏見が強いのではないか、と気さえします。
私はこの全曲、全セリフが入ったCD(2枚組)を購入し、仕事で車で回るときにもう4回も聴きました
が、聞くたびに舞台の情景が思い出され、涙が出てくるほど耽溺してしまうのです。
ま、こんな単純な感激屋のミーハーがいたっていいのであり、高尚な人たちは世間で高尚と評価の
定まった音楽、ミュージカルを聴けばよろしいのであります。
いや、話がわき道にそれました・・・
 
さて、劇場内は9割が女性客でして、宝塚歌劇よりも女性の占める割合が多いのにはビックリしまし
た。
そしてミュージカルが始まって気がついたのですが、かなりの観客がリピーターのようで、芳雄さんの
演技や歌の折に随所で拍手したり、手拍子を打ったり、一度観ていなければ絶対にあり得ないはず
の即座の揃った反応を示すのです。私の隣に居た女の子はしきりにオペラグラスを目にかざしており
ました。
「井上芳雄さん応援サイト」というHPもできており、この1年間での芳雄さんの人気の凄まじいうなぎ
のぼり振りには驚くべきものがあります。
 
写真1
ヴォルフガング・モーツアルト(井上芳雄)
 

とにかく素晴らしい!存在そのものに華があります。子どものようなモーツアルト、気短なモーツアル
ト、孤独なモーツアルトを実にうまく演じており、天性の美声だけでなく、その抑揚のある訴えかける
ようなセリフの言い回しと声音は多くの女性の胸をキュンとさせ、激しい母性本能を沸き立たせ、ハー
トをしっかりと握り締めてしまうことがよく理解できるのです。
 
写真2
モーツアルトの妻コンスタンツェ(松たか子)
 
テレビを見ない私はこの人が松本幸四郎の娘で、大変な人気があること以外何も知りません。この
人は歌手なのでしょうが、上手なのか下手なのか私には解りませんでした。
セリフの声はとても綺麗でした。
 
写真3
モーツアルトの姉ナンネール(高橋由美子)
 
パンフの写真を見た娘が「なんだか肥えたね」と言っておりましたから、相当に知れ渡ったタレントな
のでしょうが、私は名前も顔も初めて見ます。
 
写真4
ザルツブルク領主のコロレド大司教(山口祐一郎)
 
声の良さ、声量の豊かさはピカ一でした。
180センチ身長の芳雄さんよりも背が高いのですから舞台映えも大いにします。
 
写真5
レオポルト・モーツアルト(市村正親)
 
このレオポルトが歌う歌にはどれも惹かれました。息子との葛藤に苦しむ父親像、私自身は息子と
仲が良いですが、これがモーツアルト親子のように理解しあえない間柄だったらさぞかし辛いもんな
んだろうな、と思いました。
 
写真6
興行師&演出家のシカネーダー(吉野圭吾)
 
踊りも歌もセリフも実にメリハリがあって凄く存在感を感じさせる人でした。
エマヌエル・シカネーダーが借金の山に苦しむモーツアルトに一曲100ダカットでオペラを書かないか、
と持ちかけたことから、あの不朽の名作『魔笛』が作曲されたのでした。
 
写真7
ヴォルフガングの分身、アマデ(内野明音)
 
脳天気な子どものままの人間モーツアルトを芳雄さんが演じ、天才音楽家としての才能を具現する
存在としてこの子役が常に芳雄さんのそばに付き添うというこのミュージカルのモーツアルトのキャ
ラクター設定は大変成功しているように思いました。
最初から最後まで一言も喋らず、常に楽譜に鵞ペンを走らせるか、ピアノを弾くか、そばでモーツア
ルトをじっと見守るかするその可憐な姿は大変な存在感がありました。
中学1年生の少女です。
 
写真8
何でも干渉し拘束しようとする領主コロレド大司教に反撥するヴォルフガングの間に入って息子を叱
り、大司教にとりなす父レオポルト。
史実ではモーツアルトの音楽に全然理解を示さなかった大司教ということになっていますが、ミュージ
カルではモーツアルトの比類なき天才性を認めた領主、として描かれています。
 
写真9
領主にくびを宣告されたヴォルフガングをザルツブルクの領民たちが嘲笑うのを弟は才能があるか
らいくらでも音楽の仕事は入ってくる、と姉のナンネールが必死に言い募るシーンです。
 
写真10
ヴィーンに出たヴォルフガングは一躍名声を得、ヴィーンの社交界でもてはやされるようになります。
 

写真11
コンスタンツェと恋をし、二人は結婚して、ザルツブルクの父を深く失望させます。
 
写真12
父と共に取り残されてしまった姉ナンネールはプリンスとプリンセスと言われた幼いころの弟との演奏
旅行のことを思い出しながら、「プリンスは出て行った」の歌を歌います。目隠しをされた人形は幼いヴ
ォルフガングが公衆の前で目隠しをしてピアノを弾いたことを表しています。
 
「私の結婚資金 あなたの為使った どうか返して頂戴 私の人生を」
 
胸が詰まるようなシーンです。
 
写真13
この場面はブルク劇場で演奏を終えて聴衆の拍手喝さいを受けて得意の絶頂にいるヴォルフガング
を舞台裏から見る、という設定になっており、唸らせる構図でした。
息子の音楽的大成功を目撃しながらも、その複雑すぎる音楽構造に不安を抱き、違和感を覚える父
レオポルトは息子の自惚れの強く、おだてに弱い軽率な性格がいずれこのような名声にも破局をもた
らすことを予見し、息子に決別の言葉を投げかけて去って行きます。
そして今度こそ、父親に喜んでもらえると思ったヴォルフガングは絶望して「何故愛せないの?」の悲
痛な歌を歌うのです。
 
「何故パパが去ったのか 僕には分からない・・・・もう守ってもらえないだろう 子どものようには も
う二度と・・・・でも答えて欲しい 何故愛せないの? このままの僕を 何故愛せないの? 僕を」
 
芳雄さんの熱烈な女性ファンたちだけでなくともここは涙無しでは聴かれないところでした。このあた
りからフィナーレまでは涙腺が湿りっぱなしになるような歌、曲ばかりです。
 
写真14
父の死の知らせに大きく動揺するヴォルフガングを必死に支えようとするコンスタンツェ。
 
「父よ、あなたと解りあえる時がいつか来ることを僕は祈った それなのにもう会えない 別れの言葉
を何も言わずにあなたは去った・・・」
 
パイプオルガンの静かな伴奏に乗って歌われるこの「父への悔悟」、肺腑に染み入るような悲痛さが
芳雄さんの歌唱を通して伝わってくるのです。今、この歌の正確な歌詞を確認するためにCDで聞くと、
あらためてその感動を思い出します。
 
写真15
派手な生活が災いして大きな借金を抱え込んだヴォルフガングがオペラ『魔笛』の作曲に没頭するシ
ーンです。
バックで『魔笛』をイメージするコスチュームに身をまとった人が並ぶのが印象的。
「夜の女王のアリア」の一節が流れますが、コロラトゥーラソプラノの高い音域で歌う難しいので有名な
このアリアを本当に出演者の誰かが歌っているのならたいしたものだと思わせるような音程も正確、
声量もしっかりした歌いっぷりでした。
 
写真16
そしてついに運命の時、『レクイエム』の作曲を依頼する匿名の使者が登場します。ピアノの上で必
死にレクイエムの作曲に没頭するヴォルフガング。
このすぐ後にこしらえられた高い台場には出演者全員が並び、モーツアルトを賛美する「モーツアル
ト!モーツアルト!」の長い歌を絶唱します。
 
「清らかで(女) モーツアルト!(男全員) 神秘的(男) モーツアルト!(女全員) 魔術的(女たち)
 モーツアルト!(男全員)・・中略・・神がつかわした 奇跡の人 時を
越え輝く 永遠の星よ(全員)
・・中略・・魂を解き放つ 天使も敵わぬ調べ(コロレド)
神の申し子(全員) 気高く 切なく 人を虜に
して 離さない(コロレド) 神がつかわした
奇跡の人 世界果てる日まで 奇跡は終わらない 神の
子 モーツアルト!(全員)」
 
この独唱、重唱、合唱の続く中でただ黙々と羽ペンを楽譜の上に走らせるヴォルフガング・モーツア
ルトの姿は鬼気迫るものがあり、鳥肌が立つような感動を覚えるのです。
音楽史上空前絶後の天才モーツアルトのその痛々しくはかない姿に観客は硬直したように身じろぎ
もせず、魅入られておりました。
いつかこの地球が無くなり、人類もいなくなるとき、モーツアルトの音楽も未来永劫に失われるのだ
ろうな、と私はモーツアルトの音楽に熱中していたころ、よく考えたものでしたが、そのことを実感させ
るようなシーンでした。
 
写真17
そして『レクエイム』は未完成のまま、ヴォルフガングは息絶えるのです。分身のアマデもその膝の
上で。
 
写真18
フィナーレは先述の悪口屋グンター・バウマンも褒めた「影を逃れて」の大合唱の中に台場にヴォル
フガングとアマデも現われ壮大な歌の洪水の中、幕を閉じます。
 

堰を切ったような激しい拍手が鳴り響き、カーテンコールは3回続きました。
2回目の幕が下がっても拍手はやまず、やがて三度目の幕が上がると場内が総立ちとなり、スタンデ
ィングオベーションが始まったのです。
私は立ち遅れ、座ったままだったのですが、それは凄いものでした。
その日が千秋楽となる芳雄さんとアマデの内野さんをレオポルト役の市村さんが「二人の息子が一日
早く公演を終えますのでご挨拶させてもらいます」と紹介するのですが、芳雄さん自身の挨拶口上は
大変ユーモアがあり、素晴らしいものでした。
 
「大阪の観客の皆さんの凄い熱気がひしひしと伝わってき、大変励まされました。妻役をやってくださ
った松たか子さんとこれでお別れするのがとても辛いです。
(ここでかたわらの松たか子さんを抱きしめるのです)
次の妻ももう決まっておりまして(12月3日からの東京帝劇公演のことを言っています)、この若さで二
度目の妻を迎えることになってしまうのですが・・・」と言ったときにはドッと場内が湧きました。
 

約束の場所で井上夫人、顧客の女性たちと待ち合わせ、楽屋裏に行きますと、芳雄さんはエリザベート
のときと全然変わらぬ気さくさ、率直さで暖かく迎えてくれました。梅田コマビルの屋外では凄い数の女
性ファンの行列が待っているほど大変な人気者になったのに、そういったことを一つも感じさせない、そ
こらの明るく、ちょっとひょうきんなお兄ちゃんという感じでして、本当に魅了されます。
やはりご両親のお子様だな、と言う感を強くしました。
 
それから二日後の昨日から今日にかけて仕事にでかける車の中で「モーツアルト」のCDを繰り返し聴い
ておりますが、いつも最終の方に来るとあの舞台が思い出され、目頭が熱くなってきます。
リピーターたちの気持ちがとてもよく解り、多分、無理でしょうが、東京帝劇での公演でもう一度舞台を観
たく思ってます。
ミュージカルはある程度音楽にもなじんでいたほうが数倍楽しめるものであり、二度以上は観たほうが良
いのではないでしょうか。
 
東京帝劇公演
12/3〜12/29
S席¥12.000 A席¥8.000 B席¥4.000 
コンスタンツェ役 西田ひかる
ヴォルフガング役は井上芳雄、中川晃教のダブルキャストにつき、観られる場合は日程を確認されること。