12/16 2002掲載

渡辺耕士

「わびさび探訪記」

芸術の秋には少し遅れましたが、先週、五島美術館の「茶の湯名碗」展
に行ってきました。
小生、茶道、華道にはとんと縁がない人間なのですが、たまたまチケットが
手に入ったので家内に引っ張られていくはめになったのです。
 どうせ、がらがらの会場に少し古い茶碗が20〜30個並べてあるだけ
のものだろうと気楽にでかけたのですが、会場はすごい熱気に包まれ、
圧倒される思いでした。
 なにしろ入場するまで30分以上行列を作って待たされ、入ったあとも遅々
として前に進みません。みなさん、ガラスにへばりついたまま「せっかく入ったん
だから、目に焼き付くまでじっくり眺めて帰るんだ」という強い意志を発散して
います。
 皆さんの頭越しに「茶碗」をちらちらと眺めながら、さっと会場を回ると
3分くらいで出口です。さあー帰ろうよと家内を探すとまだ入り口から5Mも
進んでいません。
この分だと出口にたどり着くまで、2日くらいかかりそうなのであきらめて
ソファに座ってみなさんの様子を観察することにしました。
 この熱気なにかに似ています。
一所懸命メモする人、なにか小声でささやきあう人。うんうんと一人でうなずき
ながら、満足そうに笑みを浮かべる人。
そうです、小生が時々行く川崎競輪場、平和島競艇場に雰囲気がそっくり
なのです。
ただ、メモを熱心にとる姿は一緒でも、競輪場、競艇場には華やかさがあります。
 美術館では皆さん申しあわせたみたいにパーカーかなにかのボールペン
でメモですが、そこへいくと競輪場は違います。赤のサインペンから赤鉛筆、青の
マーカーもあれば、緑のマジックもあります。実に色彩が豊かでまさに芸術
の秋を感じさせてくれるのです。
 会場の皆さんの平均年齢も大体同じくらいで、55〜60歳くらいですが、
ここでも華やかさでは競輪場が勝っています。
「名碗展」ではみなさんおとなしく眺めているだけですが、競輪場は違い
ます。
新聞を丸めて金網(レース場と観客席の間にあります)を叩きながら、「この
山本のど阿呆!しっかりまくらんかい!おんどれのおかげで10万円損して
しもたやないか!お前なんか死んでまえ!」と声を張り上げるおばちゃん
がいるのです。
人間夢中にになっている姿は実に美しいものです。気品さえ感じます。
 「名碗展」でもこのように夢中になって我を忘れる人がいたらきっと楽しく
なると思います。
「今度の勝負、6番の「木の葉天目」と3番の「黒織部」で決まりだ。
押さえは2番の「曜変天目」で流せば大丈夫、いける!」
 
そこで一句。

小雪舞う バンクの底に すみれ草

註)バンクとは、競輪場のすり鉢のようになった選手が競争する場所。


(選者の言葉)
きょうも売れ残ってしまった。このごろどうも見込みがはずれてしまって、面白
くない。
昔のことは言いたくないけど、10年前は良かった。仕込むそばから売れに
売れて一本100円のモツ煮込みもまとめて5本もいっぺんに買ってくれるお客
さんもいて本当に気持ちよかった。
いまどきは、100円玉一つ出して、少しでも大きそうな串を選んで買っていく
しけたお客ばかりでああつまらない。
 そういえば、今日遠くに白髪頭がチラッとみえたけど、まさか別れた亭主
じゃないだろうね。「いつか一花咲かすんだ」ばかり言ってたけどあたしが
「いい加減にして頂戴」と怒ったら出て行ってしまった。
あれからもう20年か。名前は耕ちゃんと言ってたけどどこでどうしているんだか。

競輪場でモツ煮込みを売りながら、別れた亭主のことを思い出す中年の女。
名前はたしか「すみれ」さんでしたよね。
生活力のない亭主でも、時間がたてばなつかしい思い出になるのでしょう。
 「耕ちゃん」もきっと元気に暮していますよ。もうこの世では再び会うことも
ないでしょうがお互い幸せに暮していきましょうよ。
 「小雪」と「すみれ草」、一見冬の季語と春の季語が重なって「これが俳句」か
という素人もいるでしょうが、そんな小さな矛盾を乗り越える力強さがこの句
にはあります。作者の豊かな季節感と色彩感覚で、独自の世界を作り上げ
ました。
 名句です。

では又・・・

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