ニューヨークから帰国中の下川君が6月7日に来阪され、炭谷君夫妻、南洋君、私らと会
食を共にしました。
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新大阪駅まで迎えに行った炭谷君夫妻に連れられて下川君が三裕の館に到着し、初対面の
挨拶を交わしましたが、伝言板でお顔を拝見し、対話を何度もやりとりしておりましたの
で旧知に会ったような感じでして、すぐさま打ち解けた言葉のやりとりとなりました。
下川君は画像で見るよりも、目の輝きが印象的だったこと、やはり、人は一度は直に会わ
ないと本当の雰囲気はわからないな、と思ったものでした。左手に洒落たブレスレットを
しているところなんか、如何にも外国暮らしの長い人のイメージです。日本人のサラリー
マンでしている人なんか少ないもんね。
ビールで乾杯したところに、すぐに店に下川君あての電話がかかってきました。
三裕の館に電話してくる下川君の知り合いといったら例の御仁しかおりません。
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そう、江口君でした。
彼はもう三裕の館には2度も来ているのです。
右側の女性が三裕の館のママです。
電話を変わってもらって「今、どこ?」と尋ねると、東京の宝塚歌劇場前だそうで、これ
から「猛き黄金の国」を観て、その後雪組のタカラジェンヌたちと会食するとのこと。
ふん、相変わらず美女に囲まれているんだな、と内心舌打ちする私でしたが、しかし、律
儀に電話してきてくれるものです。いいですな、こういうのって。
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20分ほど遅れて南洋くんがやって来ました。
2人とも30年数ぶりの再会とのこと。
よいよい会HPのおかげで、この何十年ぶり、という再会のパターンが何と多いことでし
ょうか。
しかし、下川君に言わせると、HPで馴染んでしまった人とは実際に会っても、長年ぶり
という感動は薄れる、とのこと。
確かにそれは言えてますね。
話は下川君の新卒で西鉄入社当時の苦労談、数年でアメリカ赴任となり、そのまま現在ま
でのアメリカ滞在となり、途中で現在の仕事に転職したことなど、興味深い話をいろいろ
聞かせてもらいました。
下川君の出張日は年間150日とのこと。
「それじゃ、飛行機が気づく回数が飛躍的に増えるのでは?」と尋ねると、
「いや、僕の場合は一箇所にかなりの日数滞在するからフライトの時間はかなり少ない。
むしろ、江口君の方が短期間の出張が多いからフライトの時間ははるかに多いはず」と
答えます。
そう言えば江口君は神出鬼没っていう感じですな。
下川君は現在禁煙して1ヶ月とのこと。
そりゃあ、辛かろうに、と聞くと、日本と違ってアメリカではむしろタバコを吸うことの
ほうが努力を必要とするそうで、建物内の喫煙はまず不可能、喫茶店はもちろん、バーで
も吸えず、タバコを吸いたくなったら路上に出ていって一服し、また室内に戻って酒を飲
む、という日常だったそうです。パリのシャンゼリゼ通りのように路上にベンチやテーブ
ルが設置しているテラスカフェのような所でも、その中に1人でも「ノウ!」というご婦
人がいたら即座に喫煙を止めなければならないそうで、話しに聞く以上のアメリカの喫煙
に対する厳しさに私なんかは絶対に暮らせないな、と思ったものでした。
かつて、禁酒法なんて無茶苦茶な法律を作った国ですもんね。
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炭谷夫人もご亭主の古い友人達にすぐさま馴染み、炭谷君の若き日の亭主関白ぶりを披露
されものですから、呆れる我ら3人にしどろもどろで炭谷君は言い訳をするのでした。
その詳細はここでは述べません。武士の情けでござる。(ものすごく面白かったんだけれど
ね・・・)
ドクターストップがかかっているとかで最初はウーロン茶しか飲まなかった南君も興に乗
ってきて焼酎のお湯割りを飲み出すほど、場は涌きました。
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その他にもいろいろ話がはずんだのですが、どうしても今夜中に広島に戻らなければなら
ない下川君は名残を惜しみながら10時前、新大阪駅から帰っていきました。
下川君、今度は是非、泊まりがけでいらっしてください。