7/11 2003掲載
先日掲載の妹尾泰利叔父の学士院賞受賞に関する記事の反響が予想外で
「もっと詳細を知りたい」「天皇陛下とのお茶会の様子は?」とのメール、多数受けました。
叔父にこの辺りの事情説明したら快く、同窓会誌への寄稿文・関連写真など見せてもらい
ました。書面・写真はデジカメで写したもので多少原本とは違って見えるかもしれませんが
以下叔父の文面中に適宜織り込んで掲載いたします。
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青陵会誌の原稿
妹尾泰利
はからずもこの度「遠心式ターボ機械内の流れに関する流体力学的研究」に、学士院賞
が授与されました。
学士院賞は毎年9件に授与されますが、文系、理系にわたる多数の系統に分配されるの
で、工学系は毎年約1件しか受賞していません。それも工学系の多数の分野から選ばれる
となると、時代にマッチした目新しい分野の研究が有利になるでしょう。
ターボ機械は20年程前に一時ブームがありましたが、半世紀以上続いている技術ですか
ら今では話題になることは殆ど無く、今更と想われそうなのに受賞の対象に挙げられたのは
幸いでした。
流体を高い圧力に向けて流すのは容易でありません。ところがターボ機械と呼ばれるポ
ンプや送風機、圧縮機等では、回転する羽根車の内部でも羽根車を出た後でも、高い圧力
に向けて流さねばなりません。特に壁の近くでは摩擦等の影響で速度が遅くなり逆流しが
ちで、どう対応すべきかは、場合によって異なる難しい問題です。
羽根車は形状が複雑なので、壁面近くの遅い流れの様子を予測し、遅い流れも首尾よく
出口迄流れ着くように、無理な圧力勾配が起きない通路形状を選定する正攻法を採用しま
した。
一方、羽根車を出た高速の流れについては、小さい翼をやや広い間隔で配置する事によ
って、壁面近くの遅い流れは独りでに羽根車に戻る道ができるように工夫したので、遅い
流れが溜まって通路を狭めることがなく、戻った流れは羽根車からの高速流に混入してエネ
ルギーを増すという独創的な方法が成功して、効率を約10%高める事ができました。
当初は疑いの目で見る人もいましたが、発表から三年後に米国の企業がこの技術を採
用して一万kW級の圧縮機を百台以上製造した実績を国際学会で発表し、急速に世界に普
及しました。一台当たり約千kWの節約量は、大型風車や小型発屯所の全出力に相当しま
す。世界では多くの企業によって毎年多数の圧縮機が製造されていますから、世界的規模
では大きな省エネルギー効果が挙がっている筈です。
受賞者の発表は3月12日で、授賞式は約3ケ月おいた6月9日と発表されました。
当日スケジュール |
授賞式当日は、授賞式に先立って、手狭な展示室に天皇皇后両陛下がご臨席になって、
受賞課題毎に掛け図を用いて3分間のご説明と御下問にお答えの時間が2分間、9件で約
1時間の御視察がありました。
3分間で20年間の仕事をご説明するのは難しくて、受賞決定から授賞式までの3ケ月間は
その準備と掛け図作りに苦労の日々でした。
続いて講堂で行われた授賞式は型通りで、厳粛に滞りなく行われました。
両陛下の御帰還後、招待された家族や協同研究者と学士院会員とを交えた立食式の
祝賀会が別室で行われました。
午後は、両陛下のお招きによる宮中での御茶会でした。これには、受賞者11名とノー
ベル賞を授賞して新しく学士院会員になった小柴さん、野依さん等7名及び学士院長等の
合計22名が、客として皇居に招かれました。招待者側は天皇皇后両陛下及び、皇太子同
妃両殿下、常陸宮同妃両殿下、と侍従長や女官長などが加わられ合計14名でした。
私達は先ず「石橋の間」で休憩の後、そこからかなり離れた連翠の間(南)まで内庭を眺
めながら廊下を移動し、そこで両陛下とのご挨拶の後は列を崩して10分間ほどは食前酒
の時間で、主客が自由に入り交じっての歓談でした。
次いで隣の部屋に移りました。ここには6人掛けのテーブルが6卓準備されていて、各
テーブルの2席は皇室側、4席は客の席になっていました。そして、15分間程の懇談で、
料理が一皿終わる毎に、皇室側の方達は隣のテーブルに移られる、という趣向で、一巡さ
れる1時間半程で、総ての客は6名の皇室全員と15分間づつ歓談する事ができました。
皇族方は皆様、研究内容を事前にご承知のようですが、私の場合、掛け図にしかない部
分的な逆流を示す壁面の写真を皇后陛下が御記憶で、話題にされたのには驚きました。
15分間の半分くらいは研究の内容に関係することが話穎になりましたが、半分は自然と
雑談に移り、天皇陛下が受賞者に同じ年齢だなどと言い出される程の気軽さで、通常の丁
寧語で気楽にお話が出来る雰囲気でしたから、大変楽しい時間でした。
しかし皇室の御日程は分刻みで、周囲が時間については大変な気の配りようでしたから、
一つ一つの行事が始まる前には、かなりの時間待たされるスケジュールになっていました。
その夜は夫人同伴で文部科学大臣による招待晩餐会が東京プリンスホテルで開かれま
したが、国会の都合で大臣は出席されませんでした。
此処では私が最年長だということで、受賞者を代表してお礼の挨拶をしました。
もうわれわれ旧制高等学校の経験者が活躍する時代は終わりに近付いているのでしょうか。
授賞式以外は和やかな時間でしたが、一日中緊張していたようで、宿に着いたら急に疲
れがでました。
おわり