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ついでにもう一つ見た映画の感想も述べさせてもらいます。
一年前でしたでしょうか、THさんがこの映画の原作となる小説について私に感想をお尋 ねになったとき、私は感想を保留しました。
なぜなら、文芸作品としてなら本屋大賞を取るくらいの優れたものがあるのでしょうが、 その専門領域の世界で仕事をしている我々調律師から見るとあまりにも嘘くさい内容だ ったので感想を保留しました。
昨年の段階で私の感想をそのままストレートに述べたなら、小説を読まない人が多く出 てくるかも知れないと思い、とりあえず、皆さんが読まれたあとに感想を述べようと思 ったのです。
原作は調律師の描き方だけでなく、登場する姉妹ピアニストの卓越した技量に対する表 現も、年端もいかない若い娘にここまでの表現能力を具現する力があるのか、という強 い反撥心も感じ、小説そのものにはまったく評価できないものがあったのです。
しかし、多くの人が見るであろうこの映画を私は調律師として見ておく必要があると思 い、家内と10日前に見に行ったのです。 ところが意外なことに映画は小説とは全然違う印象を私に与えたのです。
小説の嘘くさい表現がかなり鳴りを潜め、姉妹ピアニストの描き方は演奏も含めてとっ ても自然なものでした。
映画制作が発表されたとき、調律師のPRになると一般社団法人ピアノ調律師協会が全 面的に協力し、会長自ら演技指導をしたことの影響かも知れませんが、私たち調律師も 納得できるような内容で、映像も美しく、見終わったあとに「良かったのじゃない?」 と私に言葉をかけた家内の印象そのままの映画でした。
ただし、釘を刺す意味で一言だけ現実の世界に生きている調律師から言わせてもらいます。
「この原作、および映像の世界の調律師たちが日常的に行う作業を私たちが実際にやっ たとしたら、金額は最低3万円をくだりません」
調律代に3万円の対価を要求したら私の顧客の9割が離れ去っていくことでしょう。 |
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