「ある地方の小学校の話」 2002年4月30日
『卒業式』
ある地方の小学校の話です。
この小学校は児童が多い、いわゆるマンモス校で、保健教諭が3人います。
1人は40代後半の正規の職員、1人は30代半ばの非常勤の教諭、もう1人は昨年定年を迎えながらも
校長の強い要望で嘱託として引き続き勤務する
61歳の教諭です。
去る3月18日、この小学校で卒業式が行われました。
保守色の強い校区のため、この小学校の卒業式には国旗掲揚も国歌斉唱も行われます。
国歌斉唱時に起立することを拒否する組合系の正規の保健教諭は学校の配慮なのか本人の希望なの
か、本来の教職員の席から離れた入り口近くの受
付席に陣取っております。
非常勤の二人の保健教諭は本来の場所、つまり教職員が座る席の卒業生と在校生の境目に一番近い
ところに席をとります。
厳粛な式の進行中に気分が悪くなったりする児童を早めに見つけるためです。
そして、この日もやはりそのような児童が出ました。
在校生送辞を起立したまま聞き入る卒業生の最前列の児童がゆらりゆらりと体を前後にゆすり出したの
です。
間髪入れず、61歳の非常勤教諭が飛び出して駆け寄り、あわや、というところで倒れ掛かったその男児
を抱きとめました。
そしてすぐさま両手で抱きかかえ、保健室に向ったのです。小柄な彼女のどこにそんな力があったのだろ
う、と後で話を聞いたその夫が驚くくらいの火事場の馬鹿力を発揮したようです。
その間、教職員席の中から他に誰も手伝いに飛び出す者がおらず、児童を抱きかかえた61歳の教諭が
唖然と見守る父兄席のそばを小走りに通過していくのを見て初めて教頭が若い男性教諭に「すぐさま、
○○先生を手伝うように」と指令したのです。
この61歳の教諭は師範出の先輩たちから鍛えられた古いタイプの教諭であり、「私が若いころにはこん
なとき、何人もの教諭がいっせいに駆け寄
ってきたものだった」と言っておりました。
もう一人の非常勤教諭も、入り口近くにいた正規の保健教諭も、どちらもただ見守るのみだったとか。
校長がこの61歳の非常勤教諭を手放したがらない理由が解るようではありませんか。
この話を聞いた教諭の夫は妻のことを大変誇りに思ったそうであります。
『勲三等瑞宝章』
ある地方の小学校の話です。
歯科検診が行われた後、歯科校医さんを校長室にお呼びし、お茶の接待をしました。
その女性歯科医は50年の歴史を持つその小学校の創立以来から校医を勤めてくださっており、齢80
近くになるため、教え子の男性歯科医を伴っての歯科検診でした。
その日は校長が留守で教頭と、たまたま用事で来校していた教育委員会の学務課長、それに正規及び
嘱託の3人の保健教諭がお茶の対応しておりました。
老女性歯科医は「この春、叙勲していただきましてね、東京まで行ってきたのです」とポツリと話されました。
聞いていた者誰もが、ああ、そうですか、という反応だけで、すぐさま他の世間話に話題は移っていき、
学務課長と正規の保健教諭は飲み会の話で盛り上がり、教頭もただぼんやりと話を聞いているだけで、
老女性歯科医は黙々とお茶を飲み続けたそうです。
こんな対応でよいのだろうか、と疑問に思った嘱託の保健教諭は老歯科医に叙勲の話しに水向けました。
「どんな勲章をいただかれたのですか?」
「勲三等瑞宝章です」
そしたら間髪入れずに正規の保健教諭が話題を変えます。この組合系の教諭は天皇が授与する勲章
など忌み嫌っているのでしょう。
その嘱託保健教諭は勲章の名をメモし、帰宅してから夫に聞きました。
「インターネットで勲三等瑞宝章を見られるかしら」
「勲三等瑞宝章?多分見られると思うけれど、また、何で急に勲章なの?」と尋ねました。
そして妻から学校での一部始終を聞いた夫は無茶苦茶憤慨しました。普段から公立学校の教職員の
非常識さには苦々しい思いを抱いていただけに余計その憤慨の度はひどかったのです。
「何て奴らだ!老女医さんの誇らしく、幸福な気持を慮ることができないのか。しかも半世紀もの間、
学校に貢献してきた校医さんではないか。お祝いの言葉を述べこそすれ、聞き流す類のことではない
だろうに!どいつもこいつもまったく人の情を欠きおって!叙勲なんかを毛嫌いする左翼政党支持の
馬鹿女どもの仕組みそうなことだ!」
と、はなはだ品性には欠ける罵りようをしながらも、おさまらない夫はネット検索で勲三等瑞宝章を探し
当て、10枚ほどその勲章の写真をプリントアウトし、妻に持たせ、絶対にその叙勲のことは校長に伝え
るように言いました。
妻は翌日、その印刷した紙を学校で校長に渡したところ、案の定、誰も老女医さんの叙勲の話を校長
に伝えていないことが判明。校長は「よく知らせてくれた」とお礼を言い、数日後、お祝いの品とお祝い
状、そして印刷した勲三等瑞宝章の写真を3人の保険教諭と共に持参して老女医宅を訪ねたのでした。
めでたし、めでたし