南紀放浪の旅    1997.07.20〜21

「行き当たりばったりの熊野放浪の旅をしませんか?」と巫女のぶさんが私に提案してきたことから実
現した南紀放浪の旅でしたが、若いアルバトロスクラブの男女との二泊三日の旅は生涯忘れることの
できないほどの想い出を作ってくれました。
行き当たりばったりと言っても泊まる場所くらいは決めておかなくてはということで、初日はカヌーで川
下りをする古座川の岸辺で野営することにし、二日目はアルバトロスクラブ名誉会員である山の作家、
宇江利勝さん宅に泊めてもらうことにしました。

古座川の川下り。


よっころりんさん、巫女のぶさん、エイジさんの3人はカヤックカヌーイスト。
アルバトロスクラブは元々は某総合総社のカヤックカヌーを好む社員たちが創立したクラブで、これに
多くの海や山を愛する人たちが集まってきたのです。


巫女のぶさんが思い立ったこの南紀放浪の旅の一番の目的はこの古座川下りだったそうです。
どうです?嬉しそうな二人の表情。
私も何度も漕ぐように誘われたのですが、水が苦手な私は堅く辞退。

エイジさん

この日の夜は古座川のオートキャンプ地から遠く離れた人気のない川縁にテントを張って夜を過ごし
ましたが、女性たちが寝静まった後、素晴らしい月夜の下でエイジさんと酒を酌み交わしながら長々
と語り合ったことは宝物のような想い出となります。
エイジさんは東大出の財閥系商社のエリート社員とは思われないくらい人柄が素朴で率直で脳天気
で会う人誰もが魅了される人です。
奥駈のときにエイジさんと二人でテント泊したKO-BUNさんはエイジさんに深く惹かれ、二人は義兄弟
の杯を交わしたそうです。
我が家に泊まりに来た時、家内も息子も娘も魅了され、家内は私の人生でこんな男性は初めて見る
と言わせるほど、素晴らし人柄です。

二日目は那智山青岸渡寺を訪ねました。
よっころりんさん、巫女のぶさん、エイジさんは熊野修験の奥駈修行にも参加したことがあり、巫女の
ぶさんは数回に及んでいます。


このスナップは観光客の人に撮ってもらったのですが、「大学の先生ですか?」と尋ねられました。
若い男女を伴っているからそう見えたのでしょうね。
前列左端はサトコさん、一人置いてマドカさん。
いずれもよっころりんさんが初めてアルバトロスクラブの集まりにお連れした彼女の友人たちです。


この日の夜は作家の宇江利勝さん宅にお邪魔しました。
私の右横から宇江さん、お母様、奥様。
ここからアルバトロスクラブ代表のE.ヒロシさん(後列右から3人目)と新宮市でウツボ料理の店を経
営している矢濱さん(後列左から二人目)が参加。






エイジさんはこのような酒席では必ず、自身のしでかした失敗談を語るのですが、それがいつも一同
を湧かせるのです。

これはエイジさんが2001年5月に東京本社にもどるときの送別会。
エイジさんの失敗談にKO-BUNさんと小田さん、I.リエさんがどんなに笑いころげたことか。
この時にはよっころりんさんは中国に、巫女のぶさんはフランスにとそれぞれ外国にいましたので
4人だけの送別会となったのです。
 

酔いが進むとエイジさんはこのように咆哮することもあります。

東大卒に会うのは初めてというサトコさんとマドカさんは、エイジさんのイメージで東大卒を印象付けら
れたことでしょう。

宇江さんご夫妻が休まれたあとも、宴会は続き、最後はこのように女性たちが後片付けをしてくれま
した。

朝食が始まる前。


宇江さん宅を辞したあと、龍神温泉に。






龍神では温泉には入らず、E.ヒロシさんとエイジさんは川に飛び込みました。


君たちも泳いだら、とE.ヒロシが女性たちを誘います。


すると巫女のぶさんが服を着たままE.ヒロシさんを追うようにして泳ぎだしました。


そうしたら何と、よっころりんさんもエイジさんと一緒に泳ぎ出します。

まあ、アルバトロスクラブのメンバーは何事も積極的であり、果敢です。
橋の上で私と一緒に見ていたサトコさんとマドカさんも呆れながらも羨ましそうでした。


昼食を取り、龍神スカイラインを通って高野山を見物して、そこからは奈良方面の巫女のぶさんは私
の車に、その他の大阪、神戸方面のメンバーはエイジさんの車に分乗して帰りました。

(了)