医療の歴史〜感染症・5

■1347年に始まったペストのパンデミック(世界的流行)は、
特にヨーロッパ社会に大きなダメージを与えました。
人口の激減に伴う生産力の減退。
数百年続いた中世社会の崩壊。
ギリシア・ローマ時代からの、
宗教的権威や古典医学の学問的権威失墜。
そして新しい社会秩序や文化の探求。
こうした激動がルネサンスを生み出します。

ところで現代文明はルネサンス以降ヨーロッパで培われた、
知識や技術が基盤となっています。
しかしこの頃の世界においては、
ヨーロッパ社会は先進文明とはいえませんでした。
特に医学の分野では。
ローマ帝国崩壊の後、中世社会では、
500年以上文化が停滞していたんです。

黒死病が蔓延した当時、
世界を俯瞰するとヨーロッパ以外にも、
中国には元(モンゴル)帝国から明帝国、
中東にはオスマン帝国が成立していました。
特にイスラム教を信奉するオスマン帝国などでは、
文物が栄え医学もヨーロッパよりも発達していたんですね。

当時、現在のスペインがあるイベリア半島にあった、
ナスル帝国で活躍した
イブン・アルハティーブは、
ペストが衣類や食器などの接触で起きる、
感染症である事を見抜きます。
さらにオスマン帝国のイブン・ハーティマは、
人間の体内に目には見えない生き物が侵入し、
ペストを発症させるという仮説を打ち立てました。

こうした理論的な背景があったため、
病人の衣類などが焼却・破却され、
ヨーロッパに比較してイスラム世界では
ペストの蔓延が抑えられたという説が唱えられています。
そしてアルハティーブやハーティマの理論は、
時間を経て16世紀にはヨーロッパ社会にも伝えられ、
広く受け入れられたのです。

その後これらイスラム世界からの情報を基盤にして、
ルネッサンス時代以降における、
医学の飛躍的発展が促されたと。
純粋な科学視点から人体や病気に取り組んだ、
ダヴィンチらの活躍も、
イスラム世界無しには有り得なかったでしょう。

で、そのルネサンスです。
歴史では華やかな面だけが注目されますが、
医学的側面から見ると、
非常に興味深い事象が発生していました。
「ユスティニアヌスの斑点」や、
黒死病にも劣らない、恐ろしい感染症の、
パンデミックがおきていたんですね。

しかもこのパンデミック、
授業では絶対習わない類のもので。
歴史の本にもあまり出てきません。
累計で見れば恐らくペスト以上の犠牲者が、
世界中で発生しただろうにも拘らず。
そしてこの感染症は皆さんのドクター婚活とも、
深い関わりがあるんですよ。

カンのいい人はお分かりかもしれません。
その感染症の名前は「梅毒」。
細菌の一種スピロヘータのうち、
梅毒トレポネーマが起こす感染症です。
現在では抗生物質で完治するので、
あまり重視されてはいませんが、
ルネサンス時代には死病でした。

梅毒の起源はアメリカであろうと考えられています。
ルネサンスによって始まった大航海時代、
クリストファー・コロンブスは、
1492年8月、インドを目指してスペインのバロス港を出港。
そして10月に西インド諸島・サン・サルバドル島に到着。
12月にはイスパニョーラ島にたどり着きます。
現代、これをもって新大陸発見とされていますが、
同時にそれは梅毒トレポネーマが、
世界に蔓延するきっかけでもあったんですね。


コロンブス