医療の歴史〜感染症・6
■医学の分野に古病理学と言う学問があります。
現在の病理学の知識でもって、
過去の人間の疾病を病理学的に解明すると共に、
それらを通して個体あるいは人間集団の、
営みをも明らかにしようとする学問です。
古病理学の先生達は古い文献や遺跡・遺骸・
ミイラ・遺骨などを徹底的に調査分析し、
過去の病気の有様を解明し、
現代医学にフィードバックさせる仕事をしています。
コロンブスがアメリカから持ち帰ったといわれる、
恐怖の性感染症「梅毒」も、
古病理学の対象になりました。
梅毒は1493年、コロンブスの帰港後、
突然パンデミックを起こしています。
しかし果たして真実、
コロンブスがアメリカから持ち帰ったのか、
あるいはそれまでヨーロッパにあった病気が、
何らかの変異を起こして流行したのか?
これらの因果関係は、
解明されてはいませんでした。
ただコロンブスの帰還と梅毒のパンデミックのタイミングが、
非常に接近していたため、
何となく、多分そうだろうと言う程度の認識しかなかった。
そこで梅毒の本当の由来はどこに有るのか?
古病理学の先生達は探求を開始します。
古病理学者達はヨーロッパの文献を、
ローマ時代にまで遡って調査しますが、
それらしい表記はあっても、
明確に梅毒と断言できるものはありませんでした。
また、ヨーロッパ各地に残る古い人骨や、
エジプトのミイラも調査されますが、
梅毒の症状を残したものは見つけられません。
さらに同じ追跡調査は中東やインド、
中国・日本でも行われましたが、
文献からも遺骨などからも、
1493年以前に梅毒が存在した証拠は、
発見されませんでした。
逆にアメリカにおいては、
オハイオ州・ニューメキシコ州・
ペルーやアルゼンチンなどの遺跡から発見された、
古い人骨に明らかに梅毒の痕跡を残したものが、
多数発見されました。
したがって15世紀に出現した梅毒は、
やはりアメリカ起源であろうという説が、
現在のところ有力になっています。
それにしても古病理学者の先生達は、
とんでもない仕事をやるものだと。
ヨーロッパだけでなく、
エジプトや中東・インド・中国・日本などの、
過去の文献を解読するためには、
相当の語学力と読解力が要求されるでしょう。
遺骨やミイラを調査するには、
レントゲンやCTスキャンまで使って
分析するそうで、当然メカの知識も必要です。
よほど強い探究心・知的好奇心がないと、
勤まらない学問ですよね。
しかし有る意味探偵のような仕事でもあるわけで、
事実が解明できれば最高の気分でしょう。
古病理学の発展により、
梅毒以外にも様々な病気の伝播経路が、
次第に明らかになってきており、
人類の叡智は大したものだと思わせますが、
それはさておき。
問題の梅毒ですが、
言うまでもなく性感染症です。
つまり性行為・SEXによって感染する。
そして人間は性欲があり常時性行為が可能です。
動物のように繁殖期だけというわけじゃありませんよね。
これが梅毒を一気にブレイクさせた要因でした、
言わないでも判るでしょうけど。
当時、ヨーロッパはルネッサンス初期。
中世の暗闇が晴れ、自由な空気が横溢していた。
といえば聞こえはいいですが、
どの街にも公認の売春宿が栄えていたんです。
例えばローマでは公認の売春婦だけでも、
6800人が登録されていたそうで。
あるいは当時人口30万人だったヴェネツィアでは、
一流の売春婦だけでも、150人を数え、
全体では1万人を越える売春婦が存在し、
商人や船乗りが集中するため大繁盛していたとか。
シェークスピアのベニスの商人などで描かれる、
ヴェネツィアの富の源泉は貿易だけでなく、
こうした売春婦の存在だったと。
なので当局も手厚く彼女達を保護していました。
そんな状態のところへ梅毒が襲来した。
どうなるか火を見るより明らかです。
「ユスティニアヌスの斑点」や黒死病は、
人類の営みとは関係なくノミとネズミが媒介しますが、
こっちはまさしく人間の「営み」がポイントですからね。
あっと言う間にとんでもない事になったわけですよ