医療の歴史〜感染症・9

■梅毒の症状はだいたい4期に分かれています。

第1期:感染後3カ月以内、陰部にしこり、潰瘍ができる。
第2期:3カ月以降、全身の皮膚に紅斑(ばら疹)や膿疱を生じる。
第3期:3年以降、臓器、筋肉、骨に結節やゴム腫が生じる。
第4期:10年以降、中枢神経系と循環器系を中心に全身が冒され、
麻痺や痴呆、精神障害を生じる。

梅毒は軟骨などの柔らかい組織を侵すため、
鼻が欠損する事が多く、
これが梅毒を代表する症状となりました。

徳川家康の次男結城秀康も梅毒に罹患し、
鼻が欠けてしまいました。
秀康は家康の招きを受け会いにますが、
その際、欠けた鼻を隠すため膏薬を張っていったところ
家康に、「病気で体が欠損することは、
自然であり何ら恥じるべきことではない。
表を飾るのは公卿か町人のやることであり、
武士のすべきことではない。」
と追い返されてしまったそうで。

ともかく梅毒は日本にやってきてから、
近代になるまでは治療不能な病気でした。
それは最初にパンデミックにあった、
ヨーロッパでも同じでした。
ただその後、試行錯誤が繰り返され、
ある物質がこの病気に効くらしいという事が分かってきます。

その物質とは水銀。元素記号HG。
水銀は古来から不死の薬などと言われ珍重されてきました。
言うまでもなく水銀は毒性が高く、
こんなものを体に取り込めば、
水銀中毒を起こしてしまうのですが。
迷信深い近代以前にあっては、
梅毒の症状から逃れるためには、
水銀こそ最良の薬と信じられていたんですね。

梅毒にかかった患者は、
水銀を軟膏にして体に塗ったり、
蒸気にして吸い込んだりして、
ひたすら水銀を体に取り込みました。
自分から梅毒にかかり、
挙げくの果てに毒を取り込む事になったと。
その結果は悲惨極まりなく、
水銀中毒で死にいたるものが続出。
しかしそれでも水銀治療は衰えず、
梅毒に対し唯一の治療法として、
近代まで実施されています。

というわけで梅毒はパンデミックを起こし、
膨大な人命を死に至らしめただけでなく、
水銀療法という誤った治療によって、
さらに多くの人命を失わせました。
特にクラシック音楽の世界では、
貴重な人材がこの病によって失われています。

ベートーヴェンの後継者となりえたであろう、
フランツ・シューベルトも梅毒によって、
弱ったところへ腸チフスを患い亡くなりました。


あるいはロマン派音楽の旗手として、
作曲・評論・古典復興に超一流のマルチな天才ぶりを発揮した、
ロベルト・シューマンも、
梅毒から来る精神疾患と肺炎で亡くなっています。


「モルダウ」で今も人気の高い、
ベドジフ・スメタナも梅毒で命を落としているし、


歌曲の天才と謳われたフーゴー・ヴォルフ、


イギリスを代表する作曲家の一人、
フレデリック・ディーリアスもこの病に斃れました。


また小説「女の一生」で有名な、
ギ・ド・モーパッサンも梅毒によって若死にしています。


シューマン、スメタナ、ディーリアス、
モーパッサンはいずれも梅毒に脳を侵され、
その結果、精神障害を起こし自殺を図って、
それがさらに体を弱らせる、
この悪循環に陥り亡くなっています。
なんとまあ多くの惜しい才能が梅毒で失われたことか。

ただ考えてみるとですね。
梅毒は元の行為があって罹患するわけですから、
因果応報的な側面も有るわけで。
コロンブスによって新大陸から、
タバコ・ジャガイモ・カカオなどがもたらされ、
その上植民地として金銀財宝が搾取した代償として、
ヨーロッパを中心とする文明世界は、
人間の業に密接に関わる、
忌まわしい病を受け取ってしまたとも言えます。
梅毒は1929年、ペニシリンが発見されるまでは、
人類にとって大きな脅威だったんですね。

※モーパッサンの場合母子感染だったようです。
しかしいずれにしても原因は同じことかと。