医療の歴史〜感染症・12

■天然痘と言う病気名を聞いても、
ほとんどの人はピンと来ないでしょう。
それもそのはず、
日本で最後に天然痘の患者が出たのは、
1955年、今から58年前!
私が生まれる3年も前ですよ!
つまりここ半世紀以上、
日本では天然痘患者を見た人はいないと。

そして世界でも最後に天然痘患者が出たのは、
1977年、今から46年前!
アフリカ・ソマリアで罹患した患者が最後でした。
という事は世界的にみても、
半世紀近く天然痘患者を見た人がいないわけで。
ちなみに1980年、WHO(国連保健機構)は、
天然痘の撲滅宣言を行っています。

それから約半世紀、天然痘は姿を現していませんから、
多分旧来の天然痘ウィルスは絶滅したのかも。
天然痘はウィルスによって発症する疾病で、
ペストや梅毒のような接触感染ではなく、
飛沫感染・空気感染で伝染する、
極めて強力な感染力を持った病気でした。

天然痘に罹患すると高熱を発し、
全身に発疹が生じ化膿します。
さらにそれが内臓まで現れ、
特には肺機能を害し呼吸不全などで死にいたる。
またこの発疹は快癒しても、
あばたとなって残るんです。
記録された最も高い致死率は60%近く。
全く治療方法が無いため、
悪魔の病気として、
2000年以上に渡って恐れられてきました。

しかも発疹が乾燥し剥がれ落ちたかさぶたにさえ、
天然痘ウィルスが潜んでおり、
1年以上も感染力を持続させる。
後述しますがこの強力でしぶとい感染力が、
人類に大きな影響を与えてきたのですが、
それは一先ず置いておいて。

天然痘ウィルスはここ50年前後、
誰も見た人がいない。
無論医療関係者でも。
天然痘ほど強力な感染症が、
ここまでキレイさっぱり根絶された例は、
他にはありません。
まあ、それくらい人間にとって脅威だったんでしょう。

天然痘撲滅の立役者は、
言うまでもなく種痘・天然痘ワクチンでした。
古来から一度天然痘に罹患し快癒したものは、
二度と天然痘に罹患しない事が、
経験的に知られていました。
しかしそのメカニズムは、
18世紀末まで不明だったのです。
解明のきっかけとなったのは、
イギリスの田舎で開業医をやっていた、
エドワード・ジェンナーの研究でした。
彼は牛の天然痘、牛痘に注目しました。


牛痘にかかった牛の乳搾り携わった女性は、
手に発疹ができるだけで治癒してしまう。
牛痘は人間に感染するが症状は軽くてすむ。
そしてその人は二度と人の天然痘(人痘)に罹患しない。
牛痘によって人痘に罹患しない、
抵抗力のようなものができるのではないか。
ジェンナーは人間の免疫システムを、
直感で察知したわけです。

その後牛痘を利用して、人痘用のワクチンを開発。
1796年、見事に天然痘の予防に成功しました。
それまで種痘自体は行われていたのですが、
人痘を薄めたものだったために、
本当に天然痘を発症してしまう事もあり、
一か八かの予防法だったのですが、
ジェンナーは全く安全な予防法を開発できたと。

ただ、当時は光学顕微鏡の性能も低く、
電子顕微鏡なんてものは存在しません。
天然痘ウィルスは200ナノメートルのサイズで、
(10億分の200ミリ!)
肉眼で見る事はできませんでした。
つまりジェンナーは自分が相手にしている、
病原体の正体を知らないまま、
鋭い観察力・洞察力だけで、
基本的な免疫作用を見抜いたということ!
彼のこの慧眼が無ければ、
人間は未だに天然痘に悩まされていたかもしれません。