医療の歴史〜感染症・15

■古来から感染症は、
歴史に大きな影響を与えてきましたが、
天然痘も例外ではありませんでした。
東アジアでは5世紀末に遊牧騎馬民族が、
中国に天然痘を持ち込み、
エピデミック(地域的流行)を起こします。
さらに朝鮮にも引き続いて流入し、
6世紀初頭に大流行が見られました。

天然痘は日本には元々存在しなかったものが、
6世紀半ば仏教伝来と共に、
中国・朝鮮を経由して渡来人によって、
もたらされたと推測されています。
従って飛鳥時代から天然痘が慢性的に流行。
西洋から天然痘ワクチンが輸入され、
本格的な種痘が実施される19世紀になるまで、
様々な歴史上の人物がこの病で斃れます。

何しろ天然痘ウィルスは、
ハンパじゃない感染力を持っているため、
階級など全くお構いなし。
天皇だけでも判っているだけで、

用命天皇(第31代・587年死去)

後光明天皇(第110代・1654年死去)

東山天皇(第113代・1710年死去)

孝明天皇(第121代・1867年死去)←謀殺の疑いもアリ

の4人が天然痘で亡くなったとされています。

が、さらに影響が大きかったのは、
支配階級を形成していた貴族層。
平安時代、天平年間に政権を握った、
大化の改新で活躍した藤原鎌足の孫である、
藤原四兄弟、

藤原武智麻呂(たけちまろ・737年8月29日死去)、


藤原房前(ふささき・737年5月25日死去)、

藤原宇合(うまかい・737年9月3日死去)、

藤原麻呂(まろ・737年8月17日死去)

は4人が4人とも737年の5月〜9月のうちに、
天然痘で亡くなり当時の政界を混乱させました。

また死は免れましたが、
天然痘に罹患した有名人は枚挙の暇がないほど。
ちょっと挙げただけでも、

舎人親王(日本書紀編纂)

源実朝(鎌倉幕府第三代将軍)


伊達政宗(戦国武将)

豊臣秀頼(豊臣秀吉の息子)

春日局(徳川家光の乳母)

徳川家光(徳川幕府第三代将軍)

大石主税(ちから・大石内蔵助の息子)

高杉晋作(江戸末期の長州藩士)

夏目漱石(作家)

とバラエティー豊かな面々が、
天然痘に罹患していた記録があります。
ちょっと当っただけでも、
これだけの名前が出てくるほど、
天然痘は普通に脅威だったんですね。

従って現在でも天然痘は、
厚生労働省の定める、
「感染症の予防及び感染症の
患者に対する医療に関する法律」
において最も危険な、
「一類感染症」に分類されています。

ちなみに「一類感染症」に分類されているのは、
1号「エボラ出血熱」
2号「クリミア・コンゴ出血熱」
3号「痘そう(天然痘)」
4号「南米出血熱」
5号「ペスト」
6号「マールブルグ病」
7号「ラッサ熱」

3号の天然痘と5号のペスト以外は、
見た事も聞いた事もない病気ばかり。
いずれも致死率50%前後の、
非常に危険な感染症です。
(しかもここ40年前後で見つかったものばかり)
天然痘はこれらと同等である、
こう理解されていると。

またこの法律においては、
危険度に応じて5段階に分かれていまして。
で、あのエイズは5類。
最近流行った鳥インフルエンザや、
SARSが2類に指定されています。
いかに天然痘が危険か良く判りかと。
医療の発達によって、
こんな病気と縁が切れたのは、
まことに慶賀の至りでござりまする。