医療の歴史〜感染症・16
■21世紀に生きる私達は、
病気には原因がある。
病気は細菌やウィルスといった、
極微小の病原体が引き起こす事を知っています。
またそれら細菌やウィルスを、
肉眼で直接観察する事も可能です。
しかし僅か150年ほど前までは、
人間は何が病気を引き起こすのか、
全く判りませんでしたし、
病原体を見る事もできませんでした。
人類が誕生してから数十万年の期間の大半は、
一旦病気にかかったら、
せいぜい薬草を煎じて飲んだり、
祈祷師のおまじないを聞いて、
ひたすら自分の体に備わった、
免疫力で回復するしかなかったんですね。
無論、医師は古くから存在していました。
また薬も、それなりにあったのは事実です。
が、どんな優秀な医師であっても、
何が病気を引き起こすのかは、
近代になるまで判らないまま、
患者の治療にあたらざるをえませんでした。
そして患者がかかった病気が、
風邪や軽い食中毒くらいなら、
自然治癒する事も可能だったはず、
現代と同じように。
ところが天然痘やペストのような重い病気だと、
如何なる医師であってもお手上げ。
運を天に任せるしかなかった。
特に天然痘は18世紀にジェンナーによって、
種痘が有効である事が証明されますが、
これにしたって、
一旦天然痘にかかった人は、
二度と天然痘に罹患しないという経験則に基づき、
いわば偶発的に導き出された治療法で、
決して科学的根拠に立脚し、
編み出された治療法ではありませんでした。
(その経験則を見抜いた慧眼は凄いですが)
しかし人類はついに、
病気を引き起こす真の敵と対峙する時が来ます。
その強力な武器になったのが顕微鏡でした。
人類は顕微鏡によって、
病原体を肉眼で観察する事が可能になり、
その振る舞いを徹底的に研究解析することで、
病気を引き起こすプロセスも明らかにされ、
科学的・合理的・論理的根拠に基づく、
的確な治療法を手に入れたんですね。
で、その顕微鏡ですが、
実は発明されたのは産業革命以前。
1590年ごろ、オランダの眼鏡屋ヤンセン親子が、
2枚のレンズを組み合わせて、
倍率3〜9倍のモデルを作っていました。
1590年と言やあ、
豊臣秀吉が小田原征伐で、
チャンチャンバラバラやってた頃。
そんな時期に既に眼鏡屋があって、
しかも顕微鏡の原型が作り出されていたとは。
ヨーロッパ、恐るべし!
こうやって発明された顕微鏡ですが、
正確には光学顕微鏡というタイプで、
対物レンズを組み合わせ
自然光・人口光を当てて、
対象物を拡大して観察します。
現在では様々な技術が発達して、
1000倍もの倍率を実現できていますが、
近代になる前まではレンズの加工技術などが未熟なため、
実用になるものは数十倍前後の倍率でした。
しかしそれでも医学者達は、
ジワジワと顕微鏡に改良を加え、
病原体を日の元に暴き出していきます。
何と言っても画期的だったのは、
近代医学の父とも呼ばれる、
ドイツのロベルト・コッホ博士の業績でしょう。
かれは光学顕微鏡を用いて、
1871年・炭疽菌(たんそきん)
1882年・結核菌
1883年・コレラ菌
と破竹の勢いで細菌を発見。
この業績によって、初めて病原体と人間が対峙でき、
科学的根拠に基づいた治療法が確立できました。
人類は丸腰で病気に立ち向かうのではなく、
客観的・論理的な対策を持って、
病を治す道が切り開かれたんですね。
なおコッホ博士の活躍の影には、
ロマンチックなエピソードがあるんですが、
それはいずれご紹介するとして。
病原体となる細菌を発見し、
病気治療に新たな可能性を見出した、
コッホ博士を始めとする医学者・研究者でしたが、
直ぐに壁にぶつかってしまいます。
天然痘など一部の病気は、
どんなに検索しても、
病原体が見つからない。
いかに倍率の高い光学顕微鏡でも、
絶対に発見できない病原体が、
どうやら存在するらしい事が分かってきたのです。
その病原体は、
考えられる限りキメの細かい濾過(ろか)装置も、
簡単に通過できるほど小さい。
しかもその振る舞いは、
生命体とは呼べないような側面がある。
その病原体は細胞の中でなければ増殖できず、
場合によっては結晶化する。
こういった理論が唱えられました。
言うまでもなくこれがウィルスなのです。
ウィルスの存在が本格的に確認されたのは1935年!
僅か80年前なんですよ、これが。
そして時を同じくして、
1931年最初の電子顕微鏡が発明されます。
電子顕微鏡は対象物に、
光の代わりに電子を当てて拡大します。
電子顕微鏡は光学顕微鏡とは比較にならない、
1mmの10万分の一の大きさで、
対象物を識別できる解像度を持っており、
ついにウィルスが肉眼で確認されました。
さらに以前お伝えした、
抗生物質の発見などとも相まって、
医学・医療は爆発的といってよいほど発展。
これまで人類を苦しめられてきた大半の病気が
科学的根拠に基づき治療する事が可能になったわけです。
無論、天然痘も天然痘ウィルスが確認され、
WHO(世界保険機構)の強力な指導のもと、
徹底的な封じ込め作戦が展開された結果、
1977年ソマリアで患者が発生したのを最後に、
発病が途絶えます
1978年事故で研究者が罹患・死亡しますが、
これはあくまでも人為的なトラブルであり、
天然環境での天然痘は姿を消し、
1980年、WHOは根絶宣言を発しました。
これは人類の叡智・科学・医学が病気に対し、
初めて完全勝利した瞬間だったんですね。
WHO(世界保険機構ビル)
しかし油断は禁物。
世間はそれほど甘くは無いっ!
人類に脅威をもたらす感染症は、
まだまだ事欠きません、はい。
という事で次回に続きます。