鳴門の大塚国際美術館 2014.07.09 by リワキーノ
大塚国際美術館のことを知ったのは、今年3月に初めて調律に伺った某大学の理数
系の教授であるMさんのお話からです。
Mさんご一家は何度も訪れておられ、奥様もお嬢様も一緒になって同美術館へのご
一家の深い愛情が伝わってくるようなお話に魅了され、私は必ず行ってみようと思っ
たのです。
Mさんは同美術館のガイド集と分厚い図録集を私にプレゼントして下さいました。
団体がいくつも来場すると有名な絵の前では混雑するので、来場者が比較的少ない
梅雨の平日に行かれると良い、というMさんのアドバイスに従い、6月26日(木)に決行。
以後、ネットから拝借した画像は(ネットより)と記させてもらいます。
梅雨の真っ最中なのに、少しもやってはいましたがこのような晴天。
淡路サービスエリアから明石大橋を。
鳴門北インターで降りてから美術館の駐車場までは数分。
ここからシャトルバスに乗って美術館へ。
シャトルバスは随時運行のようで、私たちが車から降りたら、すぐにバスが近づいてきました。
美術館のエントランスは地下3階。(1階は淡路鳴門自動車道の高さと同じ位置にある)
(ネットより)
長いエスカレーターは上から見下ろすと怖いくらい、とマリーゴールドさん。
エスカレーターを上がりきったところから正面にシスティナ・ホールが見えます。
(ネットより)
システィナ礼拝堂を原寸大で再現しているのです。
みんな覗き込んで「凄〜い!」
ツアーの集合場所はここなのでまた後でゆっくり見ましょう、ということになり、まずは
腹ごしらえとレストランに行くことにしました。
ツアー参加はマリーゴールドさんの提案だったのですが、大正解でした。
このツアーに参加してなかったら、私たちの感銘度はもっと少なかったかも知れません。
レストランに入ったら客は誰もおらず貸切状態。
背後の絵は美術館オーナー一族の人の手になるものだそうです。
ツアーの時間まで30分ほどあるので別館の現代館に行くことにしました。
いったん屋外に出ますが、涼しい風が吹いてすこぶる気持ちがよいです。
目の前を淡路鳴門自動車道が走っています。
展示されている大半の前衛絵画はイマイチよく判らなかったですが、
思いもかけぬ強烈な印象を受けたのがピカソの「ゲルニカ」
私はゲルニカに対してかねがね、「こどもの悪戯描きみたいなこの絵のどこがいいの
かさっぱり判らない」と周囲の人に広言していたのですが、この原寸大の巨大な作品
を前にしたとき、何とも言えぬ強い衝撃を受けたのです。
一つ一つ描かれている人物や動物の表情、姿態にナチス・ドイツ軍の空爆を受けて
のたうち回って苦しみ、絶望するゲルニカの民衆の姿が凄い迫力で迫ってくるのです。
左端の子供を抱いて泣き叫ぶ女性の姿は今、一緒に住んでいる我が娘と孫たちのこ
とを連想し、身につまされるような思いになりました。
ナチス・ドイツ軍の空爆でゲルニカが壊滅したことを知ったピカソが怒りにまかせて描
いたゲルニカ。
この絵は原寸大で見ないとその迫力は判らないと思いました。
私は今までの広言を完全に撤回します。
ゲルニカでもその継ぎ目がよく判ると思いますが、一枚の陶板画の最大寸法は1メート
ル×3メートルで、これを越える絵画はすべて数多くの陶板で構成されています。
しかし、各作品を鑑賞しているうちにそのような継ぎ目は一切気にならなくなります。
陶板画で特筆すべきことは、陶板に描かれた絵は2000年間、画質を持続することです。
15世紀に沈没したスペイン船を20世紀に引き上げた時、船内にあった景徳鎮や伊万
里などの陶磁器が500年海中に浸かっていてもまったく変色していなかったことから、
陶板への着色は長い年月画質を保つことが証明されているのです。
経年変化による画質の劣化の激しいダビンチの「最後の晩餐」は、現代まで存在した
こと自体が奇跡と言われているそうですが、2000年後にオリジナルが著しく損なわれ
た時でも大塚国際美術館の最後の晩餐はそのおおよその姿を留めるのです。
午後1時からツアーに参加のためにシスティナ・ホールに行きます。
システィナ礼拝堂の原寸大の構造です。
実際のシスティナ礼拝堂は側壁もすべて壁画で覆われていますが、大塚国際美術館
ではそれらは省いています。
(ネットより)
美術館創建時は大型陶板のそりをもたせる技術が進んでいなかったため、天井画の
両サイドの湾曲部分は無かったようです。
(大塚国際美術館ガイド本より))
背の高いマリーゴールドさんでもこのように見えるくらい、巨大な壁画です。
天井は高く、どの人物も小さく見えるのですが、その一枚をフロアに展示(右端)してい
るのを見ても大き
なものです。
(いずれもネットから)
ガイドは若い女性ですが、壁画の目的部分をピンポイントで緑色の携帯用ライトで照ら
しながら実に面白く、興味深い話をしてくれるのです。
そのエピソードを一つ一つ紹介してしまうと実際に行かれてガイドを受ける時に興趣が
減るといけませんので一つだけ紹介します。
「最後の審判」はミケランジェロの死後、裸体を腰布や衣装で覆われたそうで、20世紀
後半の修復作業のときに腰布や衣装の取り除き作業が行われるまで、オリジナルで
あった登場人物全員の裸体は500年間も人目に触れなかったのです。
腰布が取り払われて性器もまるだしの裸体が表れた時、多くの人が衝撃を受けたの
が下記の画像。
(ネットより)
片眼を押さえて恐怖の表情を見せるこの人物を、誰もが男性と思いこんでいたのに
女性だったのです。
私も家にあった古い美術全集で、この恐怖の表情は幼心にも強い印象を残し、この
美術館に来るまで男性だとばかり思っていました。
大塚国際美術館の大きな特徴は、システィナ・ホールに代表されるように、絵画のあ
る空間をいくつも実現させていることです。
「ストゥディオーロ」(イタリア・ウルビーノ)
ルネサンスにおけるもっとも重要な世俗建築といわれた城館の当主の書斎です。
部屋の壁は寄せ木細工の極地とも言われる造りだそうです。
周囲の肖像画はホメロスやダンテなどの文人で占められているとのこと。
「聖ニコラオス・オルファノス聖堂壁画」(ギリシャ・テサロニケ)
聖堂の内部をそのまま復元しており、まさに古色蒼然とした雰囲気で、厳粛な思いに
とらわれる空間でした。
ガイド嬢(右端)によると、祭壇に外国の紙幣が供えられたり、外国人が跪いて祈る姿
を見かけることがあるそうです。
ギリシャ正教の国々から訪れた人たちなのでしょうか。
大塚国際美術館展示物の迫真性を物語るエピソードのように思いました。
対面の壁のステンドグラス
ポンペイの「秘儀の間」
ヴェスビオス火山の噴火で地中に埋まっていたポンペイの町が発掘されたときの状態
を、床のタイル張りまでそのまま復元しているそうです。
実際のポンペイの秘儀の間はこのように中まで入れないそうで、目の当たりにこの有
名な壁画にさわったり、見入ったりすることができるのもこの美術館の大きな利点です。
同じくポンペイの庭園の壁画
同じくポンペイのモザイク画「アレキサンダー・モザイク」
アレキサンダー大王とダレイオス3世ペルシャ王が描かれた有名な画像で、原寸大を
見ると、まあ、モザイク模様の細かい描写に驚かされます。
ローマ人は、なぜギリシャの大王より目立つ位置にペルシャ王をもってきたのでしょう
ね。
ジョットのスクローヴェニ大聖堂壁画
青い色が涼しげで心休まる空間でした。
この聖堂では結婚式もできるそうです。
ちなみに横綱白鵬はシスティナ・ホールで挙式したとのこと。
回廊を行くとどこもかしこも名画だらけ。(美術館ですから当たり前ですが・・・)
「皇帝ユスティニアヌスと随臣たち」とその左側は「皇妃テオドラと侍女たち」
美術書や歴史書では見慣れたモザイク壁画ですが、実物大を見るのは勿論初めて。
ギリシャ・ローマ時代のリアリズムに徹した描写が廃れ、遠近法を無視した平板な画
風に変わっていったのがこの時代だそうです。
あまりにも有名な「モナ・リザ」
実物をルーブルで見る時、多くの人が想像していたよりも小さいと驚くらしいですが、
私はそんな話ばかり聞いてきたので、ここで見た時は意外と大きいではないかと思
いました。
先入観によって人間の受ける印象は随分変わるようですね。
そして「バプテスマのヨハネ」の右の入り口を入ると「最後の晩餐」の間です。
修復前と修復後が向かい合う壁に描かれています。
修復前の絵
修復後の絵
修復後の絵には、これがダビンチの最後の晩餐?とすごく当惑しました。
私が美術書で慣れ親しんだ最後の晩餐のイメージは、痛みによる色むらのある色彩
の修復前のものでした。
そして顔をくっつけんばかりに側で見られるのですが、キリストの顔がなにかとても単
純稚拙な表情に見えるのです。
「モナ・リザ」や「岩窟の聖母」で描かれている女性の風貌は美しく高貴なのに、このキ
リストの顔はなに?と思ってしまいました。
マリーゴールドさんに私の感想を言うと、「修復前の顔の方がいいわね」と彼女も同感
のようです。
「修復後の最後の晩餐は今でもミラノに行けば見ることはできますが、修復前の絵は
世界中でここにしか存在しないのです」と言うガイド嬢の言葉が印象深かったですね。
そして私の好きなボッティチェリの「春」
私が写そうとするとガイド嬢が絵の前から遠ざかるので、「一緒に写っていただかない
と絵の大きさが判りませんから」と言って元の位置に戻ってもらいました。
左側に「ビーナス誕生」があるのですが、撮ったつもりなのに写ってませんでした。
モナ・リザとともに知らない人のいない超有名な絵ですから、「春」と同じ寸法ということ
が判っていただければいいのです。
ラファエロの「アテネの学堂」
これも私が実物大を見たいと願っていた絵画です。
期待にそむかない大きな絵画でした。
中央左の人物がダビンチ、最前面左に肩肘ついているのがミケランジェロであること
は知ってましたが、作者のラファエロが描かれていることは初めて知りました。
「さて、ラファエロはどこでしょう?」のガイド嬢の問に、私は美男子のほまれ高かった
ラファエロを捜し出し、言い当てました。
ガイド嬢は場所をルネサンス回廊からバロックへいざない、フェルメールの部屋に案
内します。
有名な「真珠の耳飾りの少女」
日本に来た時に実物を見たマリーゴールドさんが、本物と見分けがつかないのではと
言いました。
彼女は京都女子大の美術部のときから仲間たちとグループ展を30年間続けてきなが
ら絵を描き続けているのです。
驚かされたのがラ・トゥールの「大工の聖ヨセフ」
少年のイエスが左手をロウソクに添えているところを筒状のもので見ると、手を透かし
てロウソクの光が伝わってくるように感じるというガイド嬢の解説に、両手を丸めて筒
状にして見たら、何と本当にロウソクの光が透けて見えるのです。
行かれた方は是非、試してみてください。
我が友、フロイ香さんが熱烈に贔屓するカラバッジョの作品がいくつも並んでいますが、
ガイド嬢はそこまでは行かずに先へ進みます。
カラバッジョの「マタイの召命」
私たちがたびたび質問したりするものですから、2時間予定のツアーが大幅に時間が
ずれこみ、レンブラントなどの大物を残したまま、
解散の場所、睡蓮の池まで行ってそこでガイド嬢と別れました。
本当に感じがよく、ユーモア精神もある素敵なガイド嬢でした。
パリのオランジュリー美術館にある一室を再現した屋外展示のモネの「大睡蓮」
大山崎美術館に行った時も、モネの良さがさっぱり判らなかった私ですが、ここの壁
画は良いなと思いました。
(ネットより)
さすがに疲れましたので喫茶店でティータイムをとることにしました。私以外の人は
皆ケーキセット。
午後4時20分にシスティナ・ホールで待ち合わせることにして、残り1時間はそれぞれ
自由行動をすることにしました。
私の見た絵で印象に残ったもの。
ダビッドの「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式」
巨大なものと想像はしていましたが、本当に大きい。
ムンクの部屋
ムンクの絵は40数年前に京都の美術館で見たことがありますが、原画の色彩など覚
えているわけが無く、比較は無理でした。
ゴッホやルノアール、セザンヌ、モネなどの絵画を見てきたマリーゴールドさんは、印象
派の絵画は陶板画ではタッチ感が弱いような感じ、という感想を述べてました。
午後4時半、美術館を後にし、一路大阪に向かいました。
皆さん、想像以上に素晴らしかった、また行きたい、という感想で、誘った私も本当に
嬉しく思ったものでした。
明石大橋を渡る時にもやがかなりひどかったのですが、寝屋川に着いた時はもの凄い
土砂降りとなりました。
よくもそれまで天候がもってくれたものと感謝しきりです。
タイル張りの絵、所詮イミテーションと批評する人たちもいるそうですが、海外に一度も
行ったことのない私がかねてから知っていた名画の数々を原寸大で見られたこと、そし
てそれは私の感じる限り色彩も美しく、期待を裏切られなかったのですから、私は大塚
国際美術館を一見の価値のあるものと思いますし、声を大にして喧伝したい気持ちに
なりました。
この美術館を紹介してくださったMさんに感謝です。