訪日中国人:政冷旅熱、旅行客戻る 
1〜9月は8割増、年200万人も 「普通の日本」に興味

毎日新聞 2014年11月03日 東京朝刊

沖縄県・尖閣諸島を巡り中国で反日デモが起きた2012年秋から2年。中国の訪日
旅行客数が今年、V字回復している。1〜9月は179万人で前年同期比8割増となり、
年間での200万人突破が見えてきた。領土や歴史問題、最近では中国漁船による
サンゴ密漁など、日中間の摩擦が続く。だが、そんな中でも訪日旅行はなぜ熱を帯び
るのか。「政冷旅熱」の現場を歩いた。

 「これが日本か」。2日前に上海を出港した大型クルーズ船「コスタ・ビクトリア」が博
多港の岸壁に近づくと、乗客たちがカメラで撮影し始めた。船は約2400人の中国人
観光客で満員。福岡県と韓国の済州島を巡る5日間の旅だ。料金は4299元(約8万
円)からと抑え気味で、初めての訪日という参加者が多い。

 浙江省から近所の夫婦3組で参加した姜徳雲さん(70)は「絶対に炊飯器を買う。
日本製は何でも安心できる」と話した。旅行といえば国内だったが、定年退職して時
間的な余裕ができ、初めて海外に。「経済的にも豊かになって世界を見てみたいとい
う人は増えている。私もその一人」。海外旅行に行く中国人は年20%の割合で増え
続け、今や年約1億人に達している。

 多くの情報が手に入る時代とはいえ、「日本人」といえば抗日ドラマに登場する悪役
のイメージがつきまとう。だが、実際の日本人は同じなのかという思いが交錯する。
「両国関係は複雑だけど、普通の日本人はいい人が多いんじゃないのか。実際に中
国人と日本人が会えばどんな感情が生まれるのか知ってみたい」

 約50台のバスに分乗した一行は、太宰府天満宮やショッピング施設などを巡った。
バスの中で中国人ガイドが窓の外を指さしながら解説した。「中国と違って、日本の家
はあんなに小さいのに地震で崩れないし、死者も少ない。資源も少ない国がなぜこん
な豊かになったのか。学ぶところはたくさんあります」。一行はうなずきながら外を見た。

 中国で反日デモが広がった12年秋以降、訪日旅行客は激減した。ビザ発給件数が
最多の上海の日本総領事館では、政治の影響を受けやすい団体観光ビザの発給が、
同年11月に673件と前年比で9割も減少。昨年秋から回復し、月別の訪日旅行客
数は昨年9月以降、過去最多が続く。元高・円安が進んだことも背景にある。

 2年前、中国には「訪日旅行を提案すれば売国奴と非難される雰囲気」(上海の大
手旅行会社)が漂っていた。だが、観光庁の調査では、訪日旅行の満足度は9割に
上り、日本は「行きたい旅行先」の上位だ。あの時の空気は何だったのか。日中外
交筋は「政治の問題と民間交流は分けて考えるという姿勢が鮮明になっている」と指
摘する。

 浙江省の女性会社員、呂暁原さん(23)は働き始めたばかり。都市部の大卒初任
給が4500元(約8万円)に満たない中国では、4300元のツアーは高いが、中国で
は高価な日本の化粧品を買いたいという。

 「ネットで日本のドラマを見たことはあるけど、それで日本を知っているとは言えない」。
政治は影響しないのか。船内で仲良くなった同世代4人組で議論を始めて、こう言った。

 「歴史問題があるからといって私たちが日本を知るのをやめる理由にならない。
日本に行く本当の理由。それは私が知らない歴史以外の普通の日本を知ること。
化粧品だって私には知りたい普通の日本なんです」【隅俊之】