「怖い話」　・・・ある勇敢な女性の話

これは10年前に小春ページの伝言板に載せた話です。
9月になっても毎日猛暑が続きますが、こんなときには背筋が少しゾーッとする話しも
いいのではないかと思い、再掲載させてもらいます。

これは我が息子から聞いた話です。
息子は大学生のとき、その話を高校時代の友人山口君から聞きましたが、それは今
から20年以上も前のことです。
ああ、山口君、懐かしいなぁ。礼儀正しく端正な風貌の若者でした。

山口君の彼女（仮にＡさんとしましょう）が友人と２人でディズニーランドに遊びに行
きました。
都内のホテルに戻って入浴し、Ａさんがドア近くのドレッサーの前で髪をすいていた
とき、ふと鏡に写る部屋の反対方向に友人が寝そべって雑誌を読んでいるベッドの
下にキラリと光るものがあるのに気づきました。
おや、何だろう、とじっと見つめたたら、何と！包丁を握った男の手が見えるではな
いですか！
（・・・・・！ベッドの下に男が潜んでいる！しかも包丁を持って！）
愕然としたＡさんは、しばらく髪をすき続けた後、友人に言いました。
「ドアの鍵をかけた？」
友人は雑誌から目をそらさず答えました。
「かけたよ」
Ａさんは再び言いました。
「でもドアがキチッとしまっていない感じよ」
「建て付けが悪いからでしょ。あなたがシャワー浴びている間に鍵はかけたわ」
Ａさんは鏡に映るベッドの下の男がぴくりとも身動きもせず、しかも顔が見えないの
を横目で確かめながらしばらく思案した後、再び言いました。
「ねえ、本当に鍵をかけたの？あなたってよくポカをするじゃない」
友人は初めて雑誌から視線を上げ、Ａさんの方を見つめました。
「ちゃんとかけたわよー！いったい何を言いたいの！そんなに私が信じられないの
なら自分で確かめたらいいじゃないの」
「私、今、手が放せない状態でしょう！」
Ａさんは必死でした。何が何でも友人をベッドのそばから離させなければならない。
「うるさいわねー！」
怒りだした友人はとうとうベッドの上で身を起こし、降りてつかつかとドアのそばに
近づいてきました。
同時にそっと立ち上がったＡさんは友人がドアのノブに触れる直前に瞬間的に施錠
を解除してドアを開け放ち、友人を引きずるようにして廊下に飛び出し、脱兎のごとく
階下に降りていってフロントに駆けつけたのです。
「強盗です！包丁を持った強盗が部屋に居ます！」

この後、この包丁強盗は通報によって警察に捕まり、調べでそのころ新聞紙上を賑
わせていた銀座のクラブ・ホステス殺害事件の犯人であることが判明したとのこと。
Ａさんは強盗の存在に気付いたとき、自分一人なら何とか逃げられると思ったが、友
人を如何にして救うかに心をくだいたそうです。

皆さん、この話しをノンフィクションとして信じられますか？
この話を息子から聞いたとき、あまりのことに私は信じられませんでした。
しかし、息子の友人、山口君は高校時代、息子とロックバンドを組んでボーカルを
担当した若者であり、私も家内もしばしば会ったことがあるのですが、そんな荒唐無
稽な虚偽談を語るような人間には私ら夫婦も息子も思えなかったのです。

その後、山口君に会ったとき、その冷静沈着で勇敢な彼女のことに強い関心を抱い
た私は、是非、一度Ａさんを紹介してくれ、と頼んだのですが、彼は引き受けてくれた
にもかかわらず、ついにＡさんに会うチャンスはありませんでした。