八十八になったら   喜多内 十三造

八十八になったら
気持ちの運転がとても上手になります
角張ったものや曲がりくねったものには
決してクラクションを鳴らしたり
急ブレーキを掛けたりはしません
美しく滑らかなカーブを切って
平常心で走り抜けることを
ハンドリングの信条と致します

八十八になったら
突然笑ったりまた急に
目頭が熱くなったりする事があります
そのために
笑っている心の部屋を覗かれたり
揺れている
思いの底を測られたりしないよう
巧みに乱れを繕う術にも長けて行きます
でもその習いは
時に相手の心を量り過ぎて
大切な人を遠ざけてしまう危うさも
持ち合わせているのです

八十八になったら
よし!今日からは
心静かに生きることを信条としようと
強く覚悟を決めて日々を過ごします
しかしその悟りが
脆くも崩れてしまう日に出会うのです
いくら齢を重ねても悟れないまま
突如襲って来る死の荒波に抗って
一日がおろおろ過ぎてしまうそんな時

真っ赤な夕陽に真向かいながら
独り立ち尽くす己の影が
長く長く尾を引くのを
暫し見入ってしまうのです

八十八になったら
これからの行く手に続く道のりの最果てを
決して決して探してはなりません
八十八になったら
足元に続く心の野道に
幸せの花の種を蒔き続けることです
八十八になったら
曇りなく晴れやかな一日の終わりには
明日は明るい日だと
心のキャンバスに大書きしましょう
ああそして
決して忘れてはなりません
雲一つない澄み渡った空へ
高らかに大きなジョッキを傾けて
ビールを
ビールを飲み干しましょう
有り難う八十八!
私は今”八十八歳だ”と歌い上げながら・・・