宇治源氏物語ミュージアム&平等院巡り その2  2021.08.01

源氏物語ミュージアムを出たあと、宇治茶のカフェに入って冷たいものを飲んで元気を回復し、平等院を目指しました。
宇治川を渡って7分ほどの歩行です。

宇治川


平等院の表門


敷地内の随所に咲く蓮。平等院蓮として有名だそうです。


鳳凰堂。
藤原道長が別荘としていたのを子の頼道が寺院に建て替えて名を平等院とし、その時に鳳凰堂が建てられたそうです。
当時は鳳凰堂とは言わず阿弥陀堂という呼称で、鳳凰堂と言われるようになったのは江戸時代からとのこと。
鳳凰堂は別途拝観料を払えば中に入れますが、人数制限があるようです。

私たちはここを左回りに鳳凰堂を一周します。

10円玉のデザインとして親しまれている正面からの姿です。


前に平等院を訪れたのはk.mitikoさんら二人の姉とで、もう40年も昔のことです。
平成の大修理の前なので建物も下記のような色合いです。


そばの池にはこのような蓮が。


鳳凰堂の西側に来ました。

左側に正面からは見えない回廊が見えます。これが鳳凰堂の胴体にあたるところなのでしょうか。

地図で見ると鳳凰堂の西側端、鳳翔館入り口のそばのところです。


鳳翔館は平等院の宝物館です。
画像は中に入ったところですが、丘陵の斜面に作られた入り口はまるで防空壕のような感じ。
(ネットから)

この鳳翔館の展示物が素晴らしかったのです。
屋根の金の鳳凰の像をはじめ、阿弥陀如来像を除く鳳凰堂内にあった仏像群や鐘楼の梵鐘などがす
べて収容されています。

鳳凰堂の壁には雲中供養菩薩という雲に乗った仏像群が52体懸けならべられてたのをすべて鳳翔館
に保管され、そのうち26体が展示されています。
(ネットから)

仏像にはあまり関心がない私なのですが、ガラスケースの中に陳列されて至近距離から見る雲中供
養菩薩には強く惹かれ、娘たちが去ってしまったあとも離れがたいものがありました。
画像は売店で求めた写真集から採ったものです。
 









鳳凰堂の阿弥陀像(国宝)の回りの壁にはレプリカの雲中供養菩薩が懸けられています。
(ネットから)

鳳凰堂の屋根に鎮座していた一対の鳳凰。
(ネットから)

梵鐘
(ネットから)

鳳翔館の2階に上がったらそこは休憩室と売店となっています。
(ネットから)

外に出ると目の前が鐘楼です。


このあたりは鳳凰堂より高いところに位置しています。


鐘楼の高台から順路を下りて行くと鳳凰堂の裏手に来ます。


順路を挟んで鳳凰堂の向かい側に最勝院という塔頭があり、この境内に源三位頼政の墓があります。

源三位という呼称は源氏の武将で初めて従三位という高位の位階に昇れたためです。
有名な八幡太郎義家でも正四位でした。
頼政は以仁王と謀り、反平家の旗揚げをしようとして事前に漏れたため、以仁王と共に奈良に逃れよう
とするのですが、ここ宇治で平家勢に追いつかれ、平等院の境内で戦う中、敗北して自害するのです。

頼政の墓に詣でたあと、入ってきた表門を目指します。


そして表門の近くを右側に入り込んだところに扇之芝があります。
源三位頼政が自害した地です。

「埋もれ木の 花咲くこともなかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける」
頼政の辞世の句です。
このとき頼政は77歳。当時としてはかなりの高齢です。
小学生の長男と初めてここを訪れたとき、戦の真っ最中に自害するのにそんな辞世の歌なんか詠めた
のだろうかと疑問に思った私は平家物語を調べたのです。


これで見ると、頼政が自害するために平等院の境内に入るのを追撃してきた平家勢を息子たちや甥た
ちが奮戦して防いでいる間に頼政は自害をしたようです。
西に向かって10回、大声で念仏を唱えたあと切腹しているので、辞世の歌を詠む時間もあり、介錯した
家来がその辞世を覚えていてそれが残ったのでしょう。
「源平盛衰記」では介錯した家来は首を持って東国に落ち延びたとなっています。
頼政は歌人としても高名だった人で、娘の二条院讃岐も百人一首にも選ばれるような高名な歌人です。

文中に記されている故帯刀の先生(せんじょう)義賢の嫡子、仲家は木曽(源)義仲の兄です。
父の義賢が甥の悪源太義平(源義朝の嫡男。頼朝、義経の兄)によって攻められて殺されたために孤
児となったのを源三位頼政が養子として引き取ったのです。
後に弟の木曽義仲もこの宇治川で頼朝から派遣された義経・範頼の鎌倉勢と戦い、大敗北を喫して滋
賀に逃れますが討ち死にします。
源氏は一族内の争いが多く、それが極端に少なかった平家とは対称的です。

しかし、源三位頼政のとき、木曽義仲のとき、そして応仁の乱のときにも平等院で戦があったのに、鳳
凰堂、鐘楼はおろか、庭園から宝物まですべてが残ったと言うのは奇跡に近いことだと思います。

下記の記事はあるサイトに載っていたものです。
https://wondertrip.jp/93055/
実は京都に寺社が多いとはいえ、平安貴族が建てたお寺で仏像、仏画、庭園灯を含めて、今もって現
存するのは平等院のみです。
この平等院は仏像や壁が庭園まで残されており、貴重な存在となっています。
平等院の境内が現在のようになったのは、南北朝時代の争乱以降のことだそうです。
宇治という地が郊外にあるとはいえ、この辺りも楠木正成と足利氏の軍勢の戦いをはじめ、色々な戦い
の場となり多くの建物は焼き払われたのだから、目立つ風貌の平等院鳳凰堂が残ったことは奇跡に近
いといわれています。


宇治の平等院は法隆寺とともに我が国にとってかけがえのない宝であり、遺産です。


拝観時間
庭園 8:30~17:30(受付終了17:15)
鳳凰堂内部拝観 9:30~16:10(各回20名定員)
*内部拝観希望者が多数の場合は最終受付以前に終了することもあります。
鳳翔館 9:00~17:00(受付終了16:45)
ミュージアムショップ 9:00~17:00
茶房藤花 10:00~16:30(ラストオーダー16:00)

定休日 
庭園、鳳翔館、ミュージアムショップは年中無休
茶房藤花 火曜日定休日。火曜日が祝日の場合は営業

拝観料
大人 600円
中高生 400円
小学生 300円

鳳凰堂内部拝観 300円のご志納