私の思い入れ深い、ある京都芸大ピアノ科の受験生

今から40年前、私の顧客のR.Tさんは中学生のときから私が調律を担当していたのですが、京都芸大
ピアノ科を目指し、当時、関西音楽会の大御所的存在だったK.Yさんに師事したました。
K.Yさんは幕末の傑物、K.Y小楠の曾孫だそうで、その鬼のように厳しいレッスンはつとに有名で、
私の別の顧客の父親は娘のレッスンについていってK.Yさんのあまりにも激しい折檻めいた指導に「娘
の人格が損なわれる」と言って通うのをやめさせたほどで、R.Tさんもレッスンのときに母親が近くまで
一緒に行き、離れたところで娘がK.Yさん宅を訪れるのを見守っていたら、R.Tさんは門の前まで行く
と立ちすくんだようにしばらく動かなかったそうです。
こんな厳しいレッスンを耐え抜いてきたR.Tさんともう一人京都芸大を受験をする弟子たちのためにK.Y
さんは当時梅田の駅前ビルの中にあったヤマハのショールームを借り切って模擬受験の演奏をさせたの
です。
最後のレッスンが終わったとき、K.YさんはR.Tさんに「これを付けて受験にいきなさい」と肘まで覆う革
製の手袋をプレゼントしたのです。
K.Yさんの思いもかけぬ温情にR.Tさんは親子で泣いたとのこと。

これまでの一部始終をお母様から聞いていた私の合格に対する思いは身内の受験のようなものがあっ
ただけに、第一次試験はパスしたのに第二次試験で残れなかったことを知ったとき、受けたショックは
40年経った今も覚えています。
R.Tさんは相愛大学のピアノ科に進み、卒業後は様々なコンサートに出演し、NHKFMでもその演奏が
流れるほど活躍し、そしてその娘さんはドイツに留学して今年、帰国したときの演奏会に私も聴きに行っ
たのですが、素晴らしい演奏を披露してくれたものでした。
K.Yさんは昨年101歳の長寿で亡くなられました。