ウーマンリブの先駆者だった田中美津さんの思い出 2024.11.03
10月27日、私が敬愛する田中美津さんのことがふと気になってウイキペディアで検索したら(1943年5月
24日 - 2024年8月7日)となっているではないですか。
2ヶ月半前に亡くなっておられることに愕然とし、最後にお会いしたのはいつだっただろうかと思い返すと
もう9年も前のことだったのです。
昨年、上京したときにお会いすれば良かったと後悔の念が湧きました。
早速、美津さんをよく知るMahoさんとハナイさんに知らせたところ、下記のLINEが返ってきました。
(Mahoさん)
そうなんです�。私も先日、新聞の訃報欄で知りました。
アルバトロスクラブで親しくやりとりさせていただいたこともあったのに、私がジャカルタに赴任してからは
一度もお逢いする機会がないままでした。
美津さんは数百万人、数千万人の人に、あたかも親しい友人のお喋りのように特別に響く言葉を発する
ことができる、独特の表現力の持ち主だったかと思います。
鋭い洞察力と表現力を持ちながらも、とてもピュアで少女のような魂を持った方だったように感じます。
もう会えないと思うと寂しいけれど、すぐそこに声が聞こえるような気もしますよね。
私もご冥福をお祈りします
(ハナイさん)
おはようございます。美津さんのことは私も新聞で知り、驚いたのですが、現実感がなくて、認めたくない
気持ちで封じてしまっていました、、。
世の中のとても大きな仕組みのことまで考えながらも、お付き合いされる1人1人の目を見てお話くださる、
そんなお人柄を思い出しました。
(Mahoさん)
ハナイさんのおっしゃる通りですね、、人が大好きで人恋しくて結構寂しがりやなんですよね、きっと。
田中美津さんと初めてお会いしたのは25年前です。
当時、私が所属していたアルバトロスクラブの忘年会ででした。
アルバトロスクラブについてはウイキペディアの記事を参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/
十津川村の旅館で開催された忘年会はアジア学や人類学などの著名な学者、鶴見吉行氏や国立民
族学博物館教授で秋篠宮殿下の師匠でもあった秋道智彌氏など錚々たる顔ぶれの中にウーマンリブ
の闘士という触れ込みで田中美津さんが招かれたのです。
紹介者は今も熊野修験の集まりで懇意にしているMahoさんでした。
そんなおっかないご婦人には近づかないのが賢明と、広い大広間のなるべく離れた席に私は座りました。
そして定例の自己紹介が始まって私に回ってきたとき、私は次のように述べたのです。
「私は若き日に自分が凡人であることに気づいて愕然としたのですが、それなら凡人であっても非凡な
凡人になろうと決めたのです。世の中には優れた才能やユニークな個性を持った非凡な人たちが多く
いますが、これらの人たちは得てして世間との折り合いがうまく行かず、孤独になりがちであることに注
目し、それなら人見知りをせず、誰とでも親しくなれる私はその非凡な人たちと一般の人たちの橋渡しと
なる存在になろうと思ったのです。これを私は30年近くやり続けてきてある程度、世の中のお役にたっ
たのではと自負しています」
そうしてすべての自己紹介が終わって隣席の人と談笑しながらお酒を飲んでいたら、いつの間にかに
田中美津さんが私の後ろに座って声を掛けてこられたのです。
「あなたは何て素敵な話をされるの」と美津さんは言われます。
これが美津さんと私の交流が始まった出会いでした。
その後、アルバトロスクラブの会合には繁く参加されるようになった美津さんは私にもとても関心を寄せ
てくれてアルバトロスクラブとは関係の無い京都におけるウーマンリブ関連の集会にも私を誘ってくれ、
「こんな風通しのよい男性って珍しいわよ」とみんなに紹介されるのです。
私のホームページのレポートなども丁寧に読んでくださり、ついには私が熱中する大峯登山に連れてい
って欲しいとまで言われたのです。
私は大峯の中でももっとも大峯らしさを持つ和佐又山ヒュッテから大普賢岳に登るコースを案内すること
にしました。
今から思えば山登りの初心者を連れて行くにはすこしハードルが高いコースなのですが、熊野修験の
奥駈修行で女人禁制の山上ヶ岳をエスケープするために大普賢岳から女性参加者等を連れて下山す
ることを毎年やっていたのでガイドに自信があったのです。
以下はその記録です。
田中美津さんの大峯登山
田中美津さんと最後に会ったのは9年前に上京したときでした。
「大ニセモノ博覧会-贋造と模倣の文化史」という催しに誘われて千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物
館に一緒し、東京に戻って夕食をご一緒したのが最後の出会いでした。
平凡な人間の私に深い関心を持ち、「もっと自信過剰になってください」と励ましてくれた著名人の田中
美津さんの言葉のおかげで私は自分という人間に自信を持つことができたのでした。
美津さんのご冥福をお祈りします。