乃木神社 
(ウイキペディアの記述)
乃木希典

1912年(明治45年)7月30日に崩御した明治天皇の大喪儀当日である1912年(大正元年)9月13日、乃木希典陸軍大将と妻・静子が天皇に殉じて自刃した。
乃木夫妻の忠誠心に感激した国民は次々と乃木邸を訪れ、その数は日増しに増えていった。
そして、夫妻の葬儀と同時に、乃木邸近くの、当時「幽霊坂」と呼ばれていた坂の名前も「乃木坂」と改められた。

1913年(大正2年)、阪谷芳郎東京市長(当時)が中心となって中央乃木会を設立し、乃木邸内の小社に乃木夫妻の霊を祀った。
そして1919年(大正8年)には乃木神社創建の許可が下り、1923年(大正12年)11月1日に鎮座祭が行われた。設計は大江新太郎が手がけた。

1945年(昭和20年)5月の東京大空襲で社殿を焼失したが、戦後全国の崇敬者の篤志により、1962年(昭和37年)9月13日、祭神50年祭に併せて本殿・幣殿・拝殿が復興された。