『モンテ・クリスト伯』は少年向けの『巌窟王』のときから愛読し、中学生になってから父所蔵の原作の『モンテ・クリスト伯』を読むようになり、それから何十年経った今も、私は読み返すことがあり、終生の愛読書と言える小説なのです。
そして私が社会人となってから盆休みに長期休暇を取って実家に帰省したときのある日、私の父が『モンテ・クリスト伯』を読んでいるのを見て、今も『モンテ・クリスト伯』を読むのですか?と尋ねたら、時々読みたくなる時がある、と父は答えたのです。
わが父のことをこのように言うのは何ですが、父は大変な教養人でした。
私の卒業した修猷館高校の3年生の時の担任の金山先生は、私を含む多くの学生から尊敬されるほどの人格者で教養人でした。
数学が専門なのに授業中に「近ごろ、芭蕉とベートーヴェンを対比して考えることが多くなった」と突然語りだしたり、「唯物論では人間は幸せにはなれない」などとポツリと言われるのですが、この金山先生が最も印象に残っている本を挙げるようにとアンケートを取ったことがありました。
そこは秀才の多く集う名門校の生徒たちですから、難しそうな本が多く挙げられたのです。
先生はそれらをふむふむという感じで声にして列挙したあと、「私はこの本が一番印象に残っている」と言われて黒板に記されたのが『モンテ・クリスト伯』でした。
私はこんな大衆小説を記すのはバカにされるのではと思ってドストエフスキーの小説を記したのですが、金山先生も『モンテ・クリスト伯』を高く評価していることを知った時の喜びは今も覚えています。
私の家内は読書家というほどではないのですが、ある新宗教に傾倒してから定年後は毎日のようにそこに通うようになった時、片道1時間はかかる電車の中で読めるような本はないかと尋ねるので、私は『モンテ・クリスト伯』を勧めました。
所有の単行本はかさがあり重いので図書館から文庫本を借りて家内に渡したのですが、家内は読書に熱中し、下車駅を乗り過ごすこともあったくらいはまったのです。
このような経緯があったため、ユタカさんが『モンテ・クリスト伯』を挙げた時、まさに我が意を得たりという想いになったのでした。