私が出演した演劇の世界

ある団体の2千人収容のホールにおける演劇で、春、夏、秋と年に3回公演され、1回の公演数は20公演です。
脚本作成も監督、演出その他のスタッフも全員団体の会員で、部外者は一切いないのです。
出演者ももちろん会員で、オーディションで選ばれますが、私は指名されて出演しました。
稽古は上演の一か月半前の毎週土日・祝日に行われ、それは厳しいもので、立ち居振る舞いは細かいところまで指摘され、棒読みのセリフが治らない出演者は途中で代えられたり、東京が舞台の劇では関西弁のアクセントを矯正させられたりで、振り付けと総監督を兼任する女性のことを出演者たちは「鬼の〇〇女史」と陰で言っておりました。
このため、劇は完成度の高いものとなり、私の友人で演劇やミュージカルなどの舞台芸術に詳しい男性に観てもらったとき、「素人の演劇とはとても思えない」と絶賛してくれました。

下記の「秘められた動乱」は1993年にこのホールができたときの初回の演劇で、唐と新羅の連合軍が日本に攻めてきて占領するという架空の話です。
観客のカメラの使用は禁じられているので、画像はすべて主催者側のスタッフが撮影したものです。
私は連合軍司令官の副官という役割で、舞台右側の高いところにいる二人のうちの左側が私です。
私が47歳のときでした。


左側が私。
高台から降りてきた私が舞台を縦横に闊歩しながら「蘇我入鹿はどこだ!」と怒鳴るのですが、ワイヤレスマイクをつけているのでホール内に響き、実に気分爽快な感じになります。
「乞食と役者は3日やったらやめられない」という言葉を実感するのです。


占領した大和朝廷の宮殿での宴会のシーン。
大和の豪族たちが訪れて来たことを女官から知らされた私が「大和の豪族たちよ、これへ!」と大きな声で呼ぶのです。


功績を競い合う論争から険悪になった大僧正に詰め寄る衝突のシーン。


2008年の出演は現代劇で、私は主人公女性の仲人役です。
下の画像の中央にいる明るいグレーのスーツ姿で役柄は銀行マン。
この画像は公演が始まる前に撮影されたものなのですが、銀行マンがあんな白っぽいスーツを着るだろうか、と問題視され、公演はダークスーツとなりました。
私が相手しているバカ息子役の青年は天性の役者で、彼の演技に毎回、場内は大爆笑に包まれました。



2012年の出演は酒造組合の会長役で、終幕の第5場の祝賀会でスピーチを述べると言う実に簡単な役なのに、とても目立ったそうで、知り合いの女性から「酒造組合の会長という雰囲気ではなく、明治天皇のような威厳がありましたよ」と言われました。



私は出演していませんが、海外物も上演します。
夏の公演は夏休みで来る子どもたちのために「小公子」、「ペリーヌ物語」、「宝島」、「シャーロック・ホームズ」などが取り上げられましたが、いずれ一般公開しても絶対に受けるだろうという内容で、「小公子」のセドリック役の少年や、「ペリーヌ物語」のペリーヌ役の少女なんかはよくもこんな適役の子がいたものだと思うくらいでした。


残念ながら、この劇は団体に入会しないと観ることはできません。