大腸内視鏡検査の体験記   2007.08.10

 この手記はこの8月6日に私が経験しました大腸内視鏡検査のことをレポートしたもの
です。当ホームページに集う皆さんの中にも大腸内視鏡検査を受けた人は多くいらっし
ゃるでしょうがその体験記はまだ誰も記していないと思われるので、リワキーノがこれか
らこの検査を受ける人たちのために何らかの参考にでもなればと思って記しました。
 ただ、相も変わらずの饒舌であることはご辛抱いただき、内容の性質上、尾籠な話も
頻繁に出てくるのでお食事中のときはご覧にならないよう、あらかじめよろしくお願い
いたします。

 20年ほど前だったと思います。ある日、突然排便時にお尻をぬぐったトイレットペ
ーパーに鮮血がべっとりと付いているのを発見しました。いわゆる下血といわれるもの
です。それが記録もしてないのに何故20年前前後と判るかと言いますと、「僕にも天
皇陛下と同じ症状が起きたね」と軽口をとばしたことを覚えており、昭和天皇の下血騒
ぎの真っ最中かその後に起きたことが推察されるからです。
 しかし痔の無い私にとって真っ赤な下血は冗談を言っている場合ではなく、すぐに近
くの病院に走りました。そこで注腸検査というお尻から造影剤を注入し、空気を送り込
んで大腸を膨らませてレントゲン写真を撮る検査をやってもらったところ、見事な茎状
のポリープが見つかったのです。写真を見せてもらいましたが根本が細く、さきっちょ
にかけてゆるやかに太くなっていく、いわゆる、春の野原に咲くツクシそっくりな形状
でした。
 「けっこう大きいポリープです。良性とは思いますが、大病院で内視鏡検査を受けて
ください」と言う担当医師の勧めで、紹介された某胃腸専門病院で内視鏡検査を受けま
した。
ところがこのときの検査の痛いの痛くないのって、それはもう拷問を受けるような苦痛
でした。私は29歳のときに十二指腸潰瘍で腸に穴があいて腹膜炎を起こし、七転八倒
の激痛を経験したことがあるのですが、それに匹敵するような痛みだったのです。この
苦痛のことをうかつに話したらみんな怖がってこの検査を忌避するかも知れないと思い
、私はこの苦痛のことを誰にも言わなかったのですが、こりごりしてしまって、一度ポ
リープが発見されたら定期的に検査を受けなくてはいけないということを重々承知して
いながら次の検査を受ける気にはなかなかなれなかったのです。
 同じ頃に受けた知人は全然痛く無かったと言ってましたから人によって違うのかも知
れない、内視鏡が通過しにくいと言われるS字結腸のところが私の場合、通常よりもず
っと通りにくいのかも知れないなどと思いながらそれから20年近くの歳月、放ってお
いたのです。

 それが今年になって何ヶ月前からでしょうか。原因不明の下痢が頻繁に起こるように
なりました。朝、通常の十分な量の排便があったあとに仕事に出かけていった10時こ
ろ、突然お腹の調子がおかしくなり、下痢をするのです。何度、出先でトイレを探して
飛び込んでピーヒャララをやったことでしょう。余談ですが、このときにウオッシュレ
ットのあるトイレを見つけたときの嬉しさといったら地獄で仏という感じでしたね。京
阪電鉄楠葉駅前のくずはモールのトイレは広く、フロアの隔離されたような奥まったと
ころにあるので誰にも音も聞かれず、においも嗅がれず実に心穏やかに排便にひたるこ
とができました。
 下痢があまりにも頻繁に起こるので家内が心配しだし、以前から50代までは私がお
ならするときに音がまったくしなかったのがここ数年、急に音を出して放屁するように
なったことも家内に直腸にポリープか腫瘍が出来ているのではという不安感を抱かせて
いたようでして、一度内視鏡検査を受けたら、と言います。「怖いでしょうけれどどう
か受けてくださいね」と親しい女性友達も心配してくれ、私も受けるつもりでしたが「
今はまだ寒いから6月以降、暑い季節に受ける」と答えました。前回検査を受けたとき
、受ける直前に2リットルの水を飲まされたのですが、短時間で飲む苦しさもさること
ながら、飲んだあとに2リットルの水で体内が冷やされるのでしょうか、歯の根がガチ
ガチ当たるような震えをともなう寒さに苦しめられた経験があるからです。次回受ける
ときは夏の季節にしようと思ったのでした。

 そして6月が来ました。私はインターネットでいろいろ調べた結果、この大腸の内視
鏡検査による病変発見と苦痛軽減は検査医師の技術の熟練度に依るところが大きいこと
を知ったのです。
 そこで私は内視鏡検査を何度も経験していながらケロッと話してくれてた高校同窓生
のフジムラ君のことを思い出しました。彼は今年の4月、定年を迎えて郷里の福岡に戻
ったところですが、電話で相談すると、彼も受けた検査の中で一度だけ激しい苦痛を経
験したことがあったそうです。あちこちの医療機関で検査を受けた彼は大阪では中津済
生会病院の某医師の検査がとても楽だったことを言い、その医師の名前を調べてまた連
絡すると言っていったん電話を切ったのですが、彼は1週間後、ちゃんとその医師の名
を調べて私に知らせてくれました。
 早速家内が病院に電話で問い合わせたところ、紹介状の無い人は待ち時間がかなりか
かるが受診さえすれば某医師の内視鏡検査は受けられる、ということを確かめました。

 そして7月20日、私は3、4時間は待ち時間がかかるという某医師の診察を受けに
済生会病院に行きました。このときのためにとっておきの4冊の本を持参して。
 ところが意外なことに待ち時間は1時間半で、名前を呼ばれたときは面食らったくら
いでした。通された診察室に腰掛けていた某先生は40代半ばのなかなかの風格のある
風貌の持ち主で何となく信頼感をよせたくなるような雰囲気を持っております。
 簡単に症状を聞いただけですぐに内視鏡検査の実施日について私の都合を聞いてきま
す。大変多忙なようで二つあげてくれた期日の後のほう、つまり8月6日午後2時から
と決まりました。
 「検査のときにポリープが見つかったら同時に切除しますがよろしいですか?」
と言うので「それで結構です」と答えるとうなづきながら「別の日に内視鏡を入れ直す
となるともう一度下剤で体内のものを外に出すことをしなければならず、大変ですから
ね」と言います。そのとき、この医師は内視鏡を入れるときの苦痛についてはまったく
ふれず、下剤でお腹の中のものを全部外に出すことの辛さのみを言っていることに私は
大きな安心感をいだきました。きっとこの医師にとって内視鏡挿入で患者に苦痛を与え
ることは全くなく、そのことは全然懸念のうちには入っていないのだと。

 そして検査の前日の8月5日を迎えました。この日は病院から指定されたレトルト食
品の三食以外は水、お茶、スポーツドリンクのみが許される食事となります。
 夕方7時に最後の食事となるポタージュを食べましたが全然満腹感はありません。食
事時間も3分と私の人生で最短の夕食となりました。
 午後8時に前夜に飲む最初の薬を飲みます。大腸を綺麗にする薬だそうです。この薬
を飲んでから43分後、下痢が始まりました。午後9時に二度目の薬を飲みます。今度
は50分後に下痢です。そしてその後20分間、間断無しに出てくる下痢便は完全に水
様状態です。
 これでは夜寝ている間に漏らしてしまうのでは、と家内がおむつをコンビニで買って
こようかと言います。それだけは勘弁してくれ、と私は断り、様子を見たところ、11
時半には下痢も止まりました。というより出尽くしたようでした。
 アルコール抜きでしかも空腹で寝られるだろうかと思いましたが、12時ころには布
団に入り、そのまま翌朝の5時半まで途中目が覚めることも無く眠ったようでした。 
 翌日の朝はもちろん絶食。下剤を溶かした2リットルの水を指定された9時から飲み
ます。前回はわずか30分内で飲まされたのでひどく辛い思いをしましたが、今回は2
時間かけて、それも自宅で飲むのですから実に楽でした。180ccのコップに入れると
11杯分。パソコンに向かって焼酎お湯割りをちびりちびりとやりながらキータイピン
グする要領で飲むのですからあっという間に時間は経っていき、楽々2リットルの水を
飲み干しました。
 この間、小春ページの「またひとり 未来のバレリーナが・・・」欄に書き込みを入
れたり、修理前にバックアップしていたデーターの再挿入など、パソコンの前にずっと
おりました。途中から下痢は始まり、何度も中座して排便し、水を飲み終わってからの
1時間後の12時にはほぼすべての体内のものは出て行きました。最後の排便は目安で
ある無色透明の水便ではなく、薄い黄色でしたが、一応合格だろうと思って午後12時
過ぎ、自宅を出ました。子供じゃないのだから、と断るのに絶食してこの暑さの中を行
って万が一倒れたりすることがあったら大変だからついて行くという家内も一緒でした
。そして結果的には家内が付いていてくれて本当に助かったのです。

 午後1時半、済生会病院の内視鏡検査の待合室に着きました。10人ほどの男女が待
ち受けています。年配者が多い中、若い女性が二人おり、一人は欧米人でした。いずれ
の人も浮かぬ顔をして座っており、読書しているのはたった一人でした。後で判ったの
ですがその人はこの検査の常連だったのです。私は大病院に行くとき私なりのポリシー
がありまして、キチッとした服装で行きます。夏でもスーツ上下にネクタイをして行く
のです。病院というところはあまり気分が弾むところではなく、ただでさえ沈滞ムード
が漂いやすいので、それを吹き払うかのようにバリッとした格好で行って胸を張って堂
々としていたらその雰囲気は周囲にも伝わり、来院者だけでなく、病院で働く医師と看
護婦の気分も多少は変わるのではないかと思うからです。表情も努めて明るく装います
。当然、家内にもドレスアップした装いを求めますから私たちカップルはかなり目立っ
た存在になります。
 その効果のせいでも無いでしょうが隣に腰掛けていた私よりも年配の男性が「ポリー
プを切るときは痛いのでしょうかね?」と話しかけてきます。私の泰然自若とした態度
が経験者と思わせたのでしょうね。経験者であることには間違いなく、私は「全然痛く
ありません。モニターで見てなければいつ切られたのか分からないくらいですよ」とき
っぱりと答えるとその男性は「初めてなもので何か不安でして・・・」と言います。注
腸検査でポリープが発見されたのでここに来たとのこと。「ここの医師たちの腕前は評
判がよいそうで私も友人に紹介されてここに来たのです」と私はその男性を勇気づける
ように言いました。

 1時間半ほど待って私の番が来ました。検査用の服に着替えます。お尻のところだけ
丸い穴が開いている半ズボンをはき、お尻まで覆うようなガウンを着るのです。ガウン
がお尻まで覆ってなかったら実にマヌケなスタイルであり、患者の自尊心をよく考慮し
た検査着だなと思いました。
 そしてその姿で待つこと十分ほどで検査室に招じ入れられました。このとき、20年
前の検査のときと全然室内の雰囲気が違うことが印象深かったですね。
20年前のときは室内は薄暗く、検査台はベッドというより実験台に乗るという感じで
して、台の上に上がるときは何か潜水艇の中に入ったような閉塞感を感じ、しかもその
とき数人いた看護婦たちがみんな緊張しているのを私は敏感に感じ取ったのです。急に
怖じ気づいたというのか恐怖心に襲われ、私の心は動揺しました。クリスチャンだった
らこんなときイエスキリストに祈って心を落ち着かせ、創価学会の人たちなら「南無妙
法連華経」と唱え、真宗を奉じる人たちは「南無阿弥陀仏」と念じて心を落ち着かせる
のだろうに、私が深く帰依している原始仏教の世界には人間を超えた超能力者の存在は
無く、そう思いこんでいる自分は誰に祈って心を落ち着かせればいいのだ、と自問した
ものでした。そして私が心の中で唱えたのは「この世にもあの世にも存在しないと仰る
釈尊よ、私の心を落ち着かせてください」という実に矛盾した内容のものでした。そし
不思議なことに私はこの祈りで自分の心の動揺をどうにか抑えることができたのです。いわゆる観念したのでしょう。
 その後の経過は先にも記したように大変過酷なものでしたが、私は検査を拒否するこ
となく最後まで辛抱し続けることができたのです。(どうしても痛がって途中で検査を
中断せざるを得ない患者もいるそうです)
 当時は私のように激痛に苦しむ患者を多く目撃してきているため、看護婦たちはどう
しても緊張した気分になってしまうのだと思います。

 そして今回です。部屋はモニターを見ながら内視鏡を操作するのですから照明が明る
すぎるということは無いはずですが、室内インテリアの明るい色調のせいなのでしょう
か明るい感じで、しかもベッドは極普通の病院で手当を受けるものと似たようなデザイ
ンであり、すぐ左側に密着した壁にはベッドから20センチくらいの高さのところに1
9インチくらいのモニター画面と、その上もう少し高いところにもう一つ、大きさはも
う忘れたのですが、モニター画面が取り付けられております。下が内視鏡のモニター画
面、上は心電図を写すモニターらしいです。
 若い看護婦が「リワキーノさん、ベッドに仰向けになって横になり、やや左側に体を
傾けるようにして下さいね」と実に明るく優しい声音で言い、「今から右腕に注射しま
すが検査中の痛み止め薬の注入とその後眠りを催す薬を注入しますから」と言いながら
私の視界外のところでてきぱきと注射の準備をしていきます。「眠り薬って眠った状態
で検査をするのですか?」と聞き返すと看護婦は「いいえ。少し眠気を感じるくらいで
気持ちがゆったりとくつろぐようになる程度です」と答えてくれます。
 私は顔を壁の方に向けているので後ろの様子が判りませんでしたが、やがて医師が入
ってきたのが気配で感じられたと思ったら検査はすぐに始まりました。肛門から挿入さ
れた時点から異物が小刻みに前後に行ったり来たりしているような何かとてもリズミカ
ルな動きでファイバースコープが大腸内部にどんどん入っていくのが実感され、画面に
もそれが鮮明に写し出されていくのです。操作しながらしきりに医師は誰かに語りかけ
ているようで後で判ったのですが、見学の若い医師が3人待機していたのです。
 大腸の内部は実に明るく、カメラは腸壁をくまなく写しまくり、時々特定の何も突起
物の無い腸壁面を何度も観察するところがあり、ああ、あそこは専門医から見ると多少
色が変わっているのだろな、突起物とならない腫瘍があのような形で見えるとインター
ネットに載っていたな、と思っていたらひょいと細い器具が画面に現れ、そこの壁面を
こする動きをしたので「ああ、標本を取っているのだな。あれが悪性の腫瘍だったらち
ょっとやばいな」と多少の不安感を感じながら検査の進展を見ているとやがて二つのは
っきりとポリープと判る突起の前でカメラは止まりました。そしてそこからまた先にカ
メラは進んで行くのですがその先でも一つポリープと別のところで二つポリープを見つ
かった時点で医師は作業を中断し、私に語りかけるのです。
「大きなポリープが4つ見つかりました。このポリープを切除するのに今日、明日の二
日間の入院を承諾してもらわなければなりません。明日、明後日休むことは可能ですか
?」
明日は別の病院で血液の精密検査の予約をしていたのですが、そんなのは日延べできる
ことなので、「はい。予約はキャンセルしますので切除してください」と答えると「わ
かりました。小さいのが他にもいくつかあるのですがそれまでやっていたらキリがない
ので今回はこの4つだけにし、後のは次回まで様子をみましょう」
 そう言って医師は4つのポリープをループ状のワイヤで次々と捕獲し、高周波電流で
焼き切るのですが、その手際は鮮やかなものでした。高周波電流で焼き切るために傷口
が凝固し、出血を防げるらしいです。
 ただ一つ、面白いことがありました。先に切ったポリープの切れ端の行方が分からな
くなったらしく、あれ、どこに行ったのだろう、とカメラをあちこちと移動しているよ
うなのです。なかなか見つからないらしく、「一度抜いてみよう」と言って内視鏡を抜
いてもう一度挿入したらしく、すぐに「あった、あったこんなところにあった」と言う
ので何だか可笑しくなってきました。
 そしてその後、すぐに検査は終了したのです。
 そして驚くべきなのはこの30分要した検査、切除の中で痛みらしい痛みというもの
がほとんど無かったことです。これだったら下剤で腹の中のものを全部出す処置の方が
ずっと大変だという医師の認識がよく理解できます。
 これだったら私は毎年この検査を受けてもいいし、いや、医師の口ぶりではまだ切っ
ていない小さなポリープがいくつかあるようだから是非、受けようと思ったものでした。
 「リワキーノさん、お疲れさまでした」と看護婦のねぎらうような優しい声が聞こえ
ましたが彼女はずっと私の腕をつかんでいたのでしょう。何とも言えぬ感謝と親愛感を
感じたものでした。

 検査室を出ると心配そうな面持ちで家内が寄ってきます。「今日明日と入院するよ」
と言うと「ええ?なんで」と驚くので状況を話したところ、少なくとも現在の時点では
開腹手術をするような事態ではないことを知って安心したようでした。
 その後の入院手続きや入院に必要なものを用意してくれるのに家内がいてくれたおか
げで私は大助かりでした。
 4つのポリープの病理検査の結果は8月31日に判ります。