心に残る卒業式のエピソード

 我が娘が卒業した京都橘女子高等学校の卒業式でのことです。
 厳粛な雰囲気の中、壇上に立つ先生が自分のクラスの生徒の名前を一人一人読みあげると、生徒は次々と席から立ち上がり、最後に代表の生徒が壇上に上って校長先生から卒業証書を授与されます。よく見る卒業式の光景です。
 いくつかのクラスが終わった後、若い女の先生が同じように生徒の名前を読み上げます。
 5、6人読み上げたときでしょうか、その先生の声が震えだし、嗚咽しそうに音調がか細さを帯びてきました。担任した教え子たちの名前を読み上げていくうちに万感胸に迫るものがあったのでしょう。私も目頭が熱くなって胸にぐーっと来るものがあり、この若い先生がしばし絶句しようともそれは当然のことと思いました。
 しかし、その先生は必死に呼吸を整えるような仕草をして再び、しっかりした声で残りの生徒たちの名前を最後まで読み上げたのです。

 大阪の府立高校に勤めていた私の知人の女教師から今を去ること20数年前に聞いた話です。
 その高校、20数年前に新設なった東寝屋川高校は校舎建設が間に合わず、一部の生徒は急ごしらえのプレハブ教室で授業を受けていたそうです。
 その高校の初回の卒業生を送り出すときの卒業式の卒業生代表の答辞の中で、代表の生徒が「夏のうだるような暑いプレハブ教室の中で私たちが模擬テストを受けているとき、先生方は後ろの方で、うちわで一生懸命私たちをあおってくださいましたね」というエピソードを披露したそうです。
 「男の先生まで、教師みんながそのスピーチに泣きました」とその知人の教師は話してくれました。

 我が娘が卒業した神戸松蔭女子大学・短期大学合同の卒業式でのことです。
 学長や来賓の挨拶が終わった後、同窓会会長の挨拶が始まりました。
 その会長は小柄なご婦人でしたが、当時、大氷河期と言われた就職状況の厳しさをふまえておおむね下記のような趣旨の祝辞を言われたのでした。
 「あなた方は、こんな就職状況が厳しい時代に社会に巣立っていくわけですが、そのことを決して不運と思ってはなりません。この厳しい時代に巣立っていって立派な社会人となったとき、どの時代の卒業生にも劣らぬ優れてたくましい人間となるのです。それはあなた方にとってきっと生涯を通じて大きな財産になることと私は信じます」
 凛々と響く声のその会長の祝辞に、それまで式典の最中、多少ざわついていた講堂内が水を打ったように静まりかえったものでした。