[ML:06735] Re: ご無沙汰してます。
Date: Thu, 29 Jun 2000 02:29:08 +0900
From:タクラマカン <mizutaku@ci.zool.kyoto-u.ac.jp>

奥深志様

お返事ありがとうございました。
議論するつもりで書いたのではなかったので思わぬ反論に戸惑いましたが、以下でき
る限りでお答えします。

>  ”女性が、配偶者である男性に完全に依存している社会”というものを、ほとんど想
>像
> することが出来ません。家庭内の権力関係を詳細にみていけば、今言われているよう
> なきわめて父権の強い社会でも、かならず、男性が口出しできない分野があるはずで
> す。一方的な男性と女性の支配・被支配関係を前提としていては、それでなくとも内外
> から見えたり見えなかったりする複雑な男と女の様相は、さらにかすんでしまうと思い
>ま
> す。

”女性が、配偶者である男性に完全に依存している社会”
この部分は、前にもちょっと書きました「進化と人間行動」(長谷川寿一・長谷川眞
理子著、東京大学出版会)を読んで書いたものです。正確に引用すると、「(前略)これら
の社会はすべて、強い父系と父方居住の文化を持っており、女性の生活は配偶者であ
る男性に完全に依存しています。(後略)」これらの社会とは、性器切除が行われている
北アフリカ、インドのカースト社会、イスラム世界のなかで、夫のある女性が一人で買い
物に出かけるのを禁止している国、が挙げられています。私の文章では「生活」の部分
が抜けていました。つまり女性が経済的に配偶者である男性に完全に依存している社会
、というくらいの意味でしょうか。
確かに社会や人間関係、男と女の関係は複雑で、社会によっても大きく異なっていると
思います。複雑なものを複雑なままで捉えるのは大変です。しかしごく単純にカテゴライ
ズして、例えば父性の強い社会と弱い社会、とか、父系居住のあるなしなどで分けて文
化を比較してみると、それなりに見えてくる一般的な傾向というものもあるはずです。「配
偶者防衛的(と思われる)慣習がある社会は父性が強い」というのがこの本で述べられて
いる傾向です。もちろんあまりに単純化しすぎるのは問題ですが。

>  果たして人は、それほど効率的に選択しながら生きているいるものなのでしょうか。
>おそらく、自分が今どこにいて、どこに向かっているのか、誰も解っていないでしょう。
>それは、女性性器を切り取る文化の人々と、それを行わないわれわれと、隔てるもので
>はありえません。彼らが奇異なら、われわれも奇異なのです。
>  制度や慣習というものは、とても不思議な性質を持っていると思います。それを考え
>出したら、眠れなくなってしまうので、ここでは、簡単な反論だけ出しておきます。
> 制度や慣習が維持されているのは、”ひとが生きていく上でそれに合わせるのが最良
>の選択だから”では、ありません。

「選択」という言葉は非常に操作的ですね。私が言いたかったのは、ある社会のなかで人
々が積極的に、効率的に、目的を持ってある慣習を選び取っている、ということではあり
ません。たくさんある選択肢をたくさんの人がそれぞれ取ったけれど、結局その文化のな
かで生き残る慣習がある、それを後付けで「選択した」と言っているのです。他の選択肢
が淘汰されたあとで残った選択肢、というくらいの意味です。選択したのではなく、しかた
なくそうなった、と言ってもいいかもしれません。が、決して人々が「自分が今どこにいて、
どこに向かっているのか」わかっていたと言っているのではありません。
単純化して、女性が「性器切除を受け入れる」と「拒否する」というふたつの選択肢があっ
たとしましょう。くだんの社会では「拒否する」という女性が、なんらかの理由で生きづらい
環境であっため(拒否したら結婚できないとか、社会の一員として認めてもらえないとか)
「拒否する」女性はいなくなったのだとします。あとから見るとこの社会の女性は「性器切
除を受け入れる」という選択をしたように見えますが、これは決して積極的に選択したわ
けではありません。
「選択」はそういう意味での言葉でした。

>  ここはとても頷けます。天秤が安定を求めて揺れているのだけれど、実は、その
> 天秤の軸とおもりが、常に変化していて、永久に安定は訪れない、つまり、平衡を
> 求めて永久に揺れ続けるイメージを、僕は社会や自然に対して抱いています。
>
>  「異文化の慣習にみだりに干渉すべきではない」という僕の考えの根拠は、この
> 変化の方向に、価値付けは出来ないだろうと言うことです。女性性器を削除する
> 習慣が、「なにはともあれ、いつかは取り除かれるべき悪習である。」という論さえ
> も、ほんとにそうなの?と、疑っています。あのドキュメンタリーを見ていて、もちろ
> ん、ワリス・ディリーの鋭い訴えに胸が痛くなるけれど、

あのドキュメンタリーのなかでひとつ気になる点を挙げるとすれば、ワリス・ディリーの、性
器切除について隠そうとするアフリカ出身の女性に対する攻撃的な口調でした。あの攻
撃性は当事者である彼女だからこそ許され共感されるものであり、アメリカ人が同じこと
をやっていたら私自身はちょっと共感できないな、と思いました。ということは「異文化の
慣習にみだりに干渉すべきではない」という考え方は、多少は私のなかにもあるのだと思います。
「価値付け」に関しては、非常に難しいです。たぶん個人によってその線引きする場所は
異なっていると思うので。でもみんなどこかで線を引いているのではないかなあと思いま
す。うそをついてはいけない、人のものを盗んではいけない、人を傷つけてはいけない、
人を殺してはいけない。どこまでが許されどこからが倫理的に許されないか、人によって
異なってもどこかで線は引かれるはずです。
「異文化」という言葉もあいまいです。アフリカと日本は異文化だというのは受け入れやす
いですが、じゃあ韓国と日本は、とか、沖縄と本州は?東京と大阪は?この町ととなり町
は?わたしととなりの山田さんは?異文化か否か?などと考えていくと、どこで異文化の
線を引くかは個人によっても取り上げる文化の内容によっても異なりますね。
仮に日本で問題になっている部落差別のような慣習がアフリカであったとして、それに対
し反対することと、日本で部落差別に反対することと、違いはどこにあるのでしょうか。あ
るいは日本のある地域で性器切除の慣習が行われていたとして、それに対してはどのよ
うなスタンスが考えられるでしょうか。
あまり的確でない例ばかり並べましたが、性器切除だけ見ても様々な考え方があり、ど
れが正しいとかどれが間違っているとかではないような気もします。いろんな人の意見を
聞いて自分のスタンスを確かめる、ことができれば議論の意義は大きいと思います。

> アメリカにやってきた西ア
> フリカからの移民たちが、その国の刑法に抵触する慣習を辞めようとしないのは
> どうしてだろう、という問いも、とても重要だと思いました。

冷たい言い方をすれば、単に無知だからとか頑迷だからとか、自分も受けたことなのだ
から自分の子供も受けるべきだと考えているからだとか、いろいろ考えられますが、決し
てそれだけではありませんね。当事者になってみなくては(当事者になっても?)答えを出
すのは難しいでしょう。日本人でも、仏滅の日に結婚式を挙げることはできても、友引の
日にお葬式をすることのできる人はあまりいないでしょう。ばかばかしいとは思っても、そ
れが文化なのかもしれません。
では。
タクラマカン

[ML:06741] Re: ご無沙汰してます。
Date: Thu, 29 Jun 2000 23:49:52 +0900
From:奥深志 <masakatu@zoma.co.jp>

奥深志です。
タクラマカン さん

> お返事ありがとうございました。
> 議論するつもりで書いたのではなかったので思わぬ反論に戸惑いましたが、以下でき
> る限りでお答えします。

 予期されてないところへ、ちょっと書き方が乱暴だったのなら、お許し下さい。

> あのドキュメンタリーのなかでひとつ気になる点を挙げるとすれば、ワリス・ディリ
> ーの、性器切除について隠そうとするアフリカ出身の女性に対する攻撃的な口調でし
> た。あの攻撃性は当事者である彼女だからこそ許され共感されるものであり、アメリ
> カ人が同じことをやっていたら私自身はちょっと共感できないな、と思いました。と
> いうことは「異文化の慣習にみだりに干渉すべきではない」という考え方は、多少は
> 私のなかにもあるのだと思います。

 結局、当事者自身が解決すべき問題であって、外部がとやかく言うべき性質のもので
はないと、思いますね。たとえ、見るに見かねるような慣習であったとしても、それ外部の
価値観で「やめろ。」と言うのは、「やめろ。」と言える根拠を示さない限り、無効であり、
内部干渉、価値の押しつけのそしりを免れないと思います。

> > アメリカにやってきた西ア
> > フリカからの移民たちが、その国の刑法に抵触する慣習を辞めようとしないのは
> > どうしてだろう、という問いも、とても重要だと思いました。
>
> 冷たい言い方をすれば、単に無知だからとか頑迷だからとか、自分も受けたことなの
> だから自分の子供も受けるべきだと考えているからだとか、いろいろ考えられますが
> 、決してそれだけではありませんね。当事者になってみなくては(当事者になっても
> ?)答えを出すのは難しいでしょう。日本人でも、仏滅の日に結婚式を挙げることは
> できても、友引の日にお葬式をすることのできる人はあまりいないでしょう。ばかば
> かしいとは思っても、それが文化なのかもしれません。

 昨日だったか、「徹子の部屋」で引退した舞の海が断髪した”おおいちょう”を見せてい
ました。合理的な格闘技を追求して行けば、髷もまわしもじゃまなだけなのでしょうが、神
への奉納の儀式としての相撲という性格が名目的にも残っている限りは、無くならないで
しょうし、その名目が失われたとしても、合理性に逆らうなんらかの力学は継続するんだ
ろうなと思いました。男女平等の原理を掲げる人が、土俵に女性も上がらせろなどと、的
はづれな要求をやってますが、それこそ、土俵が違うんじゃない?って思ったりします。
 本来慣習が持っていた存在理由が、社会の変化の中で失われても、慣習そのものは
存続し続け、無知だ頑迷だと開化的な人々から批判を浴びても、けっこう図太く残ってい
る例は、たくさんありますよね。
 <がんばれよ、悪習達。>ってのも、ちょっと悪趣味か。

[ML:06745] Re:ご無沙汰してます。
Date: Sat, 1 Jul 2000 00:28:01 +0900
From: リワキーノ

タクラマカンさま
海彦さんからタクラマカンさんへのメールにしゃしゃり出ました。
海彦さんの論議はいつものごとく凄く説得性がありますね。
特に、

>たとえばフロイトが提唱したエディプス理論にしても彼自身が属するユダヤ社会の分
>析においては妥当性があるとしても、その他の社会全てにおいて当てはまるとは言いが
>たいものだったように、心理学に普遍性を与えるのは容易ではないように私は思います。

のフロイト批判は、最近、菜穂子さんからご紹介いただいた『生命の意味論』(素晴らしい
本でした!)の著者、多田富雄氏の下記のような記述を読んだ直後だっただけにインパ
クト大でした。

「同性愛の成立の要因として、従来はフロイト的解釈に基づく、幼時体験や生活環境を重
視してきたが、どうやらそれは、もっと生物学的、解剖学的なものに規定されているらし
い」

いや、ここで私がしゃしゃり出たのは海彦さんのメールへの感想を述べるためではありせ
ん。
「議論するつもりで書いたのではなかったので思わぬ反論に戸惑いましたが」のタクラマ
カンさんの奥深志さんに対するコメントに深い印象を受けましたので、もし、タクラマカンさ
んが引用された「進化心理学」のことを疑問視する海彦さんの論調に当惑され、十分反
駁を見出せない状況下で、「以下できる限りでお答えします。」なんて返事メールを書か
れることを恐れて、あえて忠告メールを出す次第なのです。
どうぞ、ゆっくりと熟考されてお返事を書いて下さい。
アルバトロス・クラブMLでは少々のタイムラグ(こんな一般の社会人には意味不明の外
来語なんか使いたくないけれど)は許されるのです。
過去、いくつもそういった例はございました。
タイムラグどころか、ML上で問いかけても返事もしてもらえない経験を私は何度もしてお
ります。
海彦さんがアルバトロス・クラブの世話役代表ということは一切考慮する必要はなく、ML
上での発言はまったくの一個人のものとしてとらえたら良いのです。そう、私のような存在
と思って欲しい。
タクラマカンさんの発した発言の反応はすべて発したご自身にはねかえってきます。すで
に十分、体験ずみでしょう?
どうか心おきなく熟考し、お暇なときに返事をされたら良いのです。
そういうお節介が若者をなめてかかっている、という批判が出ましたら甘んじて私は受け
ます。
誠実な対応をされるタクラマカンさんへの老婆心と思って下さい。
リワキーノ

[ML:06746] Re: ご無沙汰してます。
Date: Sat, 1 Jul 2000 02:11:22 +0900
From:タクラマカン <mizutaku@ci.zool.kyoto-u.ac.jp>

海彦様、リワキーノ様

コメントありがとうございます。
お返事、もちろん書かせていただきますが、来週の水曜日までに学位論文の再提出をし
ないといけないので、少し待ってくださいね。知ったかぶりして「進化心理学」のお話をし
たからには、それについてももう少し勉強してみます。
ところで。

海彦さん:
> 進化心理学の説明はいつも大変面白いのですが、かつてのフロイトの理論と同様にあ
> まりに物語的に過ぎるように感じています。両者に共通するのは、個別の文化の体系
> や文脈をまったく無視した上で、全部意図された物語の構図の中に収めてしまう点で
> あるように思われ、私自身はちょっと眉唾のような気がしています。心理学に携わる
> 人は一つの理論で何でも説明がつく「包括理論」が好きなようですが、たとえばフロイ
>トが提唱したエディプス理論にしても彼自身が属するユダヤ社会の分析においては妥
>当性があるとしても、その他の社会全てにおいて当てはまるとは言いがたいものだった
>ように、心理学に普遍性を与えるのは容易ではないように私は思います。

海彦さんの言われる「物語的に過ぎる」というのは、具体的にどのようなお話を読まれて(
あるいは聞かれて)のことなのでしょうか。進化心理学なる学問分野については私もつい
最近知ったばかりですが、確かに人間の行動を科学的に検証するという名目で眉唾な話
を書いている本もかなりあるみたいです。

リワキーノさん:
> 「議論するつもりで書いたのではなかったので思わぬ反論に戸惑いましたが」のタクラマカンさ
>んの奥深志さんに対するコメントに深い印象を受けましたので、もし、タクラマカンさんが引用さ
>れた「進化心理学」のことを疑問視する海彦さんの論調に当惑され、十分反駁を見出せ
>な状況下で、「以下できる限りでお答えします。」なんて返事メールを書かれることを恐
>れて、あえて忠告メールを出す次第なのです。

よろしければ「深い印象」の部分を具体的にご指摘いただけますか。「できる限りでお答
え」したつもりですが、気になりますのでもしひっかかる部分がありましたらお教えください


> タクラマカンさんの発した発言の反応はすべて発したご自身にはねかえってきます。すでに十分
>、体験ずみでしょう?
> どうか心おきなく熟考し、お暇なときに返事をされたら良いのです。

ははあ、身にしみてわかりました。
では、熟考してお返事させていただきます。
タクラマカン

[ML:06747] Re:ご無沙汰してます。
Date: Sat, 1 Jul 2000 10:06:16 +0900
From:リワキーノ

タクラマカン 様

> よろしければ「深い印象」の部分を具体的にご指摘いただけますか。「できる限りで
> お答え」したつもりですが、気になりますのでもしひっかかる部分がありましたらお
> 教えください。

すみません。
オーバーな表現をしたため、余計なご心配をかけさせてしまったようです。
深い印象を受けた、ではなく、印象深かったとでも言うべきだったでしょうね。
深い意味はございません。
女子割礼の話題についてやっと自分の感じていることを言えた、というタクラマカンさんは
、まさかそれに反論が来るだろうと予測していなかったことが私には印象深かったのです

タクラマカンさんのメールの内容にひっかかるものは先のメールで私が挙げた点以外ひ
っかかるものは何もございません。その点についてもタクラマカンさんはキチッと説明して
くれましたので、今は引っかかっておりません。
疑問を投げかけられると誠実にすぐさま、対応しようとされるそのご姿勢に感じ入り、以
後もこのスタイルで対応されていたら大変だろうな、と思って、「以下できる限りのお答え
します」なんて返事メールを書かれることを恐れて、という言い方をしました。
リワキーノ

[ML:06749] RE::ご無沙汰してます。
Date: Sat, 1 Jul 2000 12:59:42 +0900
From:海彦

リワキーノ様
タクラマカン様

>いや、ここで私がしゃしゃり出たのは海彦さんのメールへの感想を述べるためではあり
>ん。
>「議論するつもりで書いたのではなかったので思わぬ反論に戸惑いましたが」のタクラマカンさ
>の奥深志さんに対するコメントに深い印象を受けましたので、もし、タクラマカンさんが引用され
>「進化心理学」のことを疑問視する海彦さんの論調に当惑され、十分反駁を見出せない
>況下で、「以下できる限りでお答えします。」なんて返事メールを書かれることを恐れて、
>えて忠告メールを出す次第なのです。

ちょっと誤解のないようにしておきたいのですが、私は進化心理学そのものに対してはこ
れからの学問であり、とても面白いと思っています。ただ、その名のもとに飛び交ってい
る諸説の中に「解釈」という名の「物語」に過ぎないものもあるようなので、あえて懐疑的
な書き方をしたのですが、タクラマカンさんが書かれた文章では冒頭部において進化心
理学の説を紹介されているものの、そこで展開されている内容は必ずしもそれに依拠し
たものではないように思われますので、あまり進化心理学のことで論争する必要はない
ように思います。むしろ私はタクラマカンさんの意見に共感する点が多いことをご理解くだ
さい。