Subject: [ML:06376] Re:女性の割礼
Date: Fri, 5 May 2000 01:32:18 +0900
From:海彦

エミータ様
大変興味深い内容のメールをお送りいただき、勉強になります。ただ、微妙な問題を孕ん
でいるので、丁寧に読みとっていく必要性も感じています。

> 山の神さんがおっしゃっていたFGMというのはFemale Genital Mutilationの略
> です。日本では「女性性器切除」という訳が使われています。
> このFGMは、海彦さんがおっしゃっていたように、主に中近東からアフリカ諸国
> で今も行なわれており、現在でも地球上で約1億人の女性がこれを受けていると
> 言われています。マリ、スーダンなど、女性の9割近くが受けているという国も
> あります。イスラム圏の国が多いため、「イスラムの教えだ」といってこれを
> 強制されることも多々あるようですが、もともとイスラム教とは直接関係ない
> 習慣です。

スーフィズムが中近東・アフリカ社会に浸透していく過程において様々な習慣が生まれて
きたようですね。レヴィ・ストロースは「あらゆるタブーは、それだけ切り離しては説明不可
能であり、常に「特権」と結びつけて考えなければならない」と語りましたが、女性の割礼の
問題もそのことだけを取り上げて考えるのではなく、全体的な権力の構造や、その背景に
ある人と人、あるいは人と自然の関係のあり方なども含めて見ていく必要があるかもしれ
ません。
「性」と「食」にまつわる問題には、動物性に依拠する自然的側面と、動物性を逸脱した文
化的側面が入り混じっていることは言うまでもなく、それ故に「性」と「食」は様々な偏見の
対象となりやすく、そこからそれぞれの集団特有のタブーや決め事が生まれてくるわけで
すが、それらは外部から眺めるときには奇妙なものとして目に映りやすいものだと思いま
す。女性の割礼もその典型例の一つかも知れません。

> FGMにはいくつか種類があり、いおり爺さんがおっしゃっていたような、性器に少し
> 傷をつける程度のものから、外性器全体をえぐり取り、それを縫合する、という
> 非常に危険なものまであります。アフリカ諸国ではこの後者が行なわれていると
> ころも多く、そのために命を落とす女性もいます。
> FGMから逃れるため、海外へ亡命する女性も少なくありません。
> 私は残念ながら読んでいませんが、去年かおととし出版された『ファウジアの
> 叫び』という本は、FGMを逃れてアメリカに亡命した女性のノンフィクション
> らしいです。
>
> FGMはたいがい初潮前の少女に行なわれますが、大人になってから嫁入り前にさせ

> れることも多いようです。
> これをしていないとふしだらな女だということで、結婚を断られることもあると
> いいます。
> 性器をえぐりとり、縫合したあとはケロイドのような状態になって盛り上がって
> しまいます。そのため普通に歩けなくなってしまう人もいますし、もちろん出血
> 多量で死んでしまう人もいます。縫合する時は、尿と経血を出すためのほんの小さ

> 穴だけを残して縫い、結婚すると初夜の時、夫がナイフでそこを切り開き、また
> 閉じてしまわないように、毎日繰り返し性交するのだそうです。
> 施術はたいてい、そのコミュニティの産婆さんや床屋の女性が行ないます。
> 消毒されていないカミソリを何人もの手術に使いまわしたりするので、これがエイ

> 感染が広まる大きな原因の一つになっています。
> FGMを受けた女性が出産する時ももちろん大変なことになります。大変な難産にな

> ので、死産も起こり、母体も危険です。膣と直腸の間に穴が開き、便が垂れ流しの
> 状態になってしまい、「臭い女」と呼ばれて家族からも疎んじられ、放置される人

> いるといいます。

フロイトは「トーテムとタブー」などにおいて、男性の割礼を象徴的な去勢であると分析しま
したが、実際にはいおり爺さんが「包茎は男ではない」と喝破されたように、割礼によって
男性の性的能力は向上します。他方、アフリカで行われている女性のクリトリス割礼や小
陰唇割礼はヴァギナによるオーガズムの獲得をほとんど不可能にしてしまうものであり、
女性の性的能力を削いでしまうもののようですね。むしろ男性の割礼よりはるかに去勢に
近いと言っても過言ではないかも知れませんので、残酷な話だと思います。

> なぜこんなことが行なわれるのか?ごくおおざっぱに言ってしまえば、FGMの目的は
> 女性の性欲を奪い、思い通りの従順な女にするためでしょう。
> 自分の文化のものさしで他の文化を野蛮だとか残酷だと決めつけるのは傲慢だ、野蛮
> だからやめなさいというのはおせっかいだ、といういおり爺さんや奥深志さんのご意見は
> もっともですが、ことFGMに関しては、男性の割礼とは比べ物にならないほど危険な
> ことが行なわれており、これはとても「文化」というものではないと思います。
> 日本でもFGMに反対して活動しているグループがありますが、私の知っているグルー
> プの人たちは非常に慎重に、FGMに反対して立ち上がったアフリカの女性たちのグル
> ープを支援する、という形で活動していました。

FGMの危険さや悲惨さについてはよく理解できましたが、その目的を「女性の性欲を奪い
、思い通りの従順な女にするため」と決めつけてしまうのは、ちょっと短絡的な気がします(
結果的にはそうなっている面もあるのでしょうが....)。そう結論付ける前に私が一番知りた
いのは、アフリカの古俗である割礼が女性をも対象にするようになったのはいつの頃から
なのか、またエミータさんが紹介されているような激しいものになったのはいつの頃からな
のかということです。少なくとも後者については、さほど古くまで歴史をさかのぼる必要はな
いのではないかという直感を私は抱いているのですが、この点についてエミータさんは何
かご存じでしょうか? 

> 『戦士の刻印』のビデオは横浜の「横浜女性フォーラム」、「フォーラムよこは
ま」、
> 東京の「東京ウイメンズ・プラザ」、大阪の「ドーン・センター」などの主な女性
セン
> ターのライブラリで見られます。横浜市女性協会情報グループ(TEL045?22
4?
> 2002)に連絡していただければ、購入も可能です。
> このビデオの他の資料としては、海彦さんがあげられていた『女子割礼』や、アリ
ス・
> ウォーカーが映像製作と同時に書き上げた小説『喜びの秘密』柳沢由実子訳(集英
社)
> 、『ファウジアの叫び』(出版社はわかりません。読んでいないのでおすすめでき
るも
> の
> かどうかもわかりません。)、それにユニセフなどの国際機関が出している女性と
リプ
> ロダクティブ・ライツに関する報告書などもあるはずです。
> これも女性センターのライブラリで聞いてみて下さい。
> 関連のウェブサイトもいくつもあるはずです。
>
> すっかり長くなってしまいました。私が書いたことの中にも間違いがあるかもしれ
> ません。関心をお持ちの方はぜひ他の資料でも調べてみて下さい。
>
> 深入りしない方が身のため、というのはその通りかもしれません。
> 思い出すだけで胸が痛くなるようなしんどい話ですので...。
> でも、これは日本の私たちに全く関係ない話ではなく、同じ根を持つ問題は他の国
にも
> 、
> 日本にも、たくさんあると思っています。
>
> 疑問に感じたことを納得がいくまで調べようとされるリワキーノさんの姿勢は本当に大事

> ことだと思います。事実誤認からくる新たな偏見を生まないためにも...。
> とてもセンシティブな問題ですが、国際機関も腰を上げ、次第に人権問題としてと

> あげられるようになってきています。
> 一日も早く、FGMが地球上から無くなる日がくればいいと思います。
>
> 『戦士の刻印』の映像の中に、切除前の儀式で不安に怯えている幼い少女たちが出

> きます。まだ5才ぐらいのあどけない子です。あの目は忘れられません。
> ちなみにこの映像の中に直接手術場面を写すようなえげつないシーンはありません
ので
> 安心して見て下さい。

文化は基本的に相対的なものであり、異なる文化を比較して、どちらが正しいとか間違っ
ていると言うことも、どちらが進んでいるとか後れているとか言うことも出来ないと思います
。人権の問題についても、それが文化的なコンテクストの中で語られるものである以上、
やはり相対的なものとして捉えざるをえない面はあるでしょう。ただ、そうした文化の多様
性を越えて守られるべき基本的・普遍的な人権という概念を創出せざるをえない時代に私
たちが生きていることもまた事実です。今回の女性の割礼の問題が突き当たるのもその
点だと思うのですが、長らく女性問題に取り組んでこられたエミータさんや、「子どもの権利
」問題に関わっておられる菜穂子さんのご意見をうかがいたいと思います。
海彦

Subject: [ML:06382] Re:女性の割礼
Date: Sat, 6 May 2000 00:25:09 +0900
From: 海彦

菜穂子様

> 女性の割礼が切腹、小指詰め、入れ墨、ピアスが同位とは思えません。切腹、小
> 指詰め、入れ墨、ピアスは性的ではないから。性に関わる問題が、切腹ほど単純
> だとは思わないです。リワキーノさんが「私が女性の割礼に感じる嫌悪感は切腹や指つ
> めなどに感じるものとは違います」というのも、そうじゃないですか? 

色々な感じ方があるのは当然ですが、私には切腹も小指詰めも入れ墨もピアスも全て性
的に見えますし、切腹が女性の割礼よりも単純だとは思えません。いずれの事象につい
ても、それを可能ならしめた、あるいはそれを必要とした社会の関係性に対する視点は不
可欠だと思います。

> 女性の割礼に戻りますが、これで得をする人はいるんですか? 傷つく人がいる
> のみです。文化の壁はありますが、たとえば捕鯨の問題より、その問題のアクタ
> ーの関係性がとっても単純のように思います。やはり明らかに直接傷つけられる
> 人がいる慣習は改善されるべきだと思います。誰がどのように、という段階に進
> むときに、文化の壁が出てくるわけですが、でも、これって文化の問題かな? 
> という気がする。やはり男と女の壁でしょうか?

文化の多様性を認め、それぞれの文化を尊重していく「文化相対主義」は、基本的に素晴
らしいことだと思いますし、私も常々そういう立場で考え、発言しているつもりです。ただし
、「文化相対主義」という大義のもとに思索や追求を停止してしまうのは必ずしも健全では
ないようにも思います。
世界中の諸民族の文化や伝統には固有のものなど一つもなく、それは様々な関係性の
中で伝えられ(外発的)、作り出されてきた(内発的)ものです。また、民族というアイデンテ
ィティすら様々な関係性の中から人為的に芽生えてきた部分が多いことは言うまでもあり
ません。
従い、アフリカにおける女性の割礼の問題にしても、それが全て内発的なものである筈は
なく、外発的な要因もあって生まれてきたものでしょうし、それは常に内外からの揺さぶり
の中で変化し続ける文化、伝統の一つではないかと思います(イスラムに由来しない古俗
がいつの間にかイスラム法に則るものであるかの如くになってしまったということ自体がそ
の証左だと言えましょう)。
人が人と関わる時に、必ず人は互いを傷つけ合います。そこに誠意があろうが、愛情が
あろうが、正義があろうが、そんなこととは関わりなく人は傷を負います。そして、その際に
互いが置かれた関係のあり方によっては、一方は自らが受けた傷について全く気づきもし
ないのに、他方は思いの他の傷の深さにのたうち回るということもよくあるものだと思いま
す。
私たちが異文化と接する際に最も重要なことは、そのことを十二分に認識しておくことであ
り、己に誠意があり、愛情があり、正義があるということを意識的にも無意識的にも武器
にしてしまわぬことだと思います。これは口で言うのは簡単ですが、実はなかなか難しいこ
となのです。
異文化との関係は、男と女の関係とも似たところがあるようです。
海彦

Subject: [ML:06383] Re: 女性の割礼
Date: Sat, 6 May 2000 09:49:51 +0900
From: 奥深志

奥深志です。
[[""ETANI HIROSHI" <hellosea@poppy.ocn.ne.jp>"]]さん

>ただし、「文化相対主義」という大義のもとに思索や追求を停止
>してしまうのは必ずしも健全ではないようにも思います。

 相対的な視点さえもが、大儀となりうるという点が、いつも悩ましいところですね。
 絶対的な仮想点を否定したつもりが、それ自体が絶対化されてしまうなんて、悲劇としか
いいようがありませんから。

> 人が人と関わる時に、必ず人は互いを傷つけ合います。そこに誠意があ
>ろうが、愛情があろうが、正義があろうが、そんなこととは関わりなく人
>は傷を負います。そして、その際に互いが置かれた関係のあり方によって
>は、一方は自らが受けた傷について全く気づきもしないのに、他方は思い
>の他の傷の深さにのたうち回るということもよくあるものだと思います。
> 私たちが異文化と接する際に最も重要なことは、そのことを十二分に認
>識しておくことであり、己に誠意があり、愛情があり、正義があるという
>ことを意識的にも無意識的にも武器にしてしまわぬことだと思います。こ
>れは口で言うのは簡単ですが、実はなかなか難しいことなのです。

 このお話、とてもよく理解できます。割礼の話題に踏み込んだのも、やめさせなければな
らないという一方的な思いこみに、アンバランスを感じてしまったからです。しかし、

> 異文化との関係は、男と女の関係とも似たところがあるようです。

 文化相対主義が自縄自縛に陥っている姿は、思いやりが深すぎて、性の大冒険に踏み
出せない恋人たちを連想させます。さぐり合い、傷つけ合い、慰め合うことが、大きな意味
でのコミュニケーションなのに、相手の中に踏み込まないことを正しい姿勢だと自己規制し
てしまえば、愛はうすっぺらなものに終わらざるを得ません。
 文化と文化も、接触し、摩擦し、争い、侵し合うことで、相手を発見し、自分を発見してき
たのだと思うと、お節介を揶揄するということも、お節介なんですね。まったく。
 文化相対主義って、つまるところ、中華思想なわけで、最近、商人たちの欲望のままの
他者との接触が、もっとも合理的な態度じゃないのかなんて思っています。
奥深志 

Subject: [ML:06387] Re:女性の割礼
Date:Sat, 6 May 2000 19:05:46 +0900
From: リワキーノ

リワキーノです。
> >  社会がある慣習を維持するためには、男だけの論理では無理でしょう。
> > なんらかの形で、その慣習の維持に女が関わっていると見るのが、自然
> > だと思います。

私もそう見るのが自然だろうと思います。

> > エミータさんの報告でも、施術は女性がやってるわけで、泣
> > き叫んでいやがる被術者を説得するのも、彼女たちの役割じゃなんでし
> > ょうか。

しかし、この場合、女性達が納得してそういう慣習に関わっているのではない、つまり、
そうしないと我が娘が不利益を被るという観点で協力しているという見方と、その慣習に
従わなければ結婚で不利となるとか人から忌避されるからという理由からではなく、純粋
に娘自身のために必要かつ妥当なものであると信じてやっているのとでは同じ関与でも意
味合いはまったく違ってきますね。
前者の場合だったら、この「女性の割礼」は男と女の対立という観点からの見方も妥当な
のではないでしょうか。

> >  男と女の対立と、加害被害の関係図のなかにこの問題を位置づけると、
> > 人間の厚みが見えて来なくなるように思うのですが。

奥深志さんは位置づけることがまずいと思われますか?
もしかしたらそれのみを強調することの危うさを仰っているのではないでしょうか。
不倫とか戦争とか国防問題で私がしばしば感じる危惧感です。

> 男がいつも悪者、女はいつも被害者、という気は毛頭ありません。
> 実際この性器切除も、施術で生計をたてているのも女だし、自分が痛い思いをした
> にもかかわらず、幼い娘が将来村八分になったり結婚できなくなることを怖れて
> 施術を受けさせるのも母親なのですから。

エミータさんの記述で見る限り、女性にそうさせてしまうその社会の責任であり、関与して
しまう女性達には罪は無いように思われます。
ただし、その慣習が男の女性に対する性的抑圧からのみ生じた、と断言したりはしません
が。もっと深いものが関与している可能性があるかもしれません。その点は留保いたします。

> >  見るに見かねてと言うのが、異文化への介入の第一歩でしょう。人道
> > 主義も帝国主義も国連PKOもその意味では同じだと思います。こちらは
> > 同じではないと言っても、介入される側は同じです。最近のとても明快
> > な例が、ソマリアでもあったし、コソボでもありましたよね。
> >
> >  逆な立場で言えば、鯨を食う習慣を地球環境保護の立場から糾弾され
> > ると、昔からそうしてることにくちばし入れるんじゃねぇ、ってなりま
> > すよね。地球がいまにも滅びるんじゃないかと恐れおののく人々には、
> > 鯨なんか喰う習慣は、それこそ放ってはおけない重大事です。

帝国主義と国連PKO、ソマリア、コソボを同列化したり、女性の割礼と鯨問題とを同列
化するのは論議の分かれるところだろうと思います。

> 「異文化への“介入”」はすべて悪なのでしょうか...。
> 「異文化」の中にも老若男女いろいろな人がいて、それぞれの利害は異なる
> と思います。介入を嫌がっている人は誰なのか、必要としている人は誰なのか
> によってとるべき行動は違ってくるのではないでしょうか。

私は「異文化の介入はすべて悪」とは思ってませんし、奥深志さんも恐らくそうではないか
と思います。
この論議を進めていく上では、女性の割礼を異文化介入(悪)の代表的例としてとるか、
特殊なものとしてとるのかについての論議も必要なのではと思うのですが、これはミクロ
的な発想でしょうか。

> >  女性の割礼自体は、たしかに、とても残酷な慣習だと思います。ただ、
> > そのことが存在する理由を、単純に男が女を支配するための手段と決め
> > つけ、禁止させることが唯一の解決だとする考え方は、人間がその歴史
> > を通じて行ってきた一連の似たような慣習の存在の意義を考慮できてい
> > ないと思うのです。

奥深志さんのご指摘はもっともだと思います。

> なぜ、ひとはそんなことをするのか、もちろん僕に
> > はわかりません。ただ、ずっとひとはやめないし、忘れられていた場所
> > にでも突然浮上するこれらの行為は、人間の存在の根元に関わっている
> > ように思えるのです。

鋭いご指摘だと思います。
それは論理や倫理以前の人間が生まれつき遺伝子に組み込まれている本能のようなも
の、難しい哲学用語で言えばアプリオリ的なものなのでしょうか。

> 外からの圧力で「禁止させる」ことなどできはしないし、似たようなことは
> すぐどこかでまた起こるのでしょう。
> でも、実際に今苦しんでいる人たちを目の当たりにしてほうっておくことが
> できず、何かしようとする、というのも人間が歴史を通じてずっと行なって
> きたことだと思います。

まさに仰るとおりだと思います。
放っておくことができず何とかしようとする感情も人間に自然と備わったものであり、そ
れは否定できないと思います。
この論議ではそれがどんな場合、どこまで許されるか、ということを慎重に追求していく
ことも大切なのでしょうね。
リワキーノ

Subject: [ML:06388] Re:女性の割礼
Date: Sat, 6 May 2000 19:08:32 +0900
From: リワキーノ

海彦様
いおり爺さんがスタンダードなエタニ氏と言われましたが、女性の割礼に関するそれは標
準的というよりも非常に丁寧な海彦さんの意見開陳とでもいうべきものでして、解りやすく
、感銘を受けました。
あえてコメントすることも無いくらいなのですが、海彦さんの意見に関しての私の反応(賛
否の別)を表名することはこのような論議を進めていく上でも必要と思い、簡単ですが、述
べさせてもらいます。


> スーフィズムが中近東・アフリカ社会に浸透していく過程において様々な習慣が
> 生まれてきたようですね。

スーフィズムとはどういう意味ですか?

> レヴィ・ストロースは「あらゆるタブーは、それだけ切り
> 離しては説明不可能であり、常に「特権」と結びつけて考えなければならない」と
> 語りましたが、女性の割礼の問題もそのことだけを取り上げて考えるのではなく、
> 全体的な権力の構造や、その背景にある人と人、あるいは人と自然の関係の
> あり方なども含めて見ていく必要があるかもしれません。

よく解ります。

> FGMの危険さや悲惨さについてはよく理解できましたが、その目的を「女性の性
> 欲を奪い、思い通りの従順な女にするため」と決めつけてしまうのは、ちょっと短
> 絡的な気がします(結果的にはそうなっている面もあるのでしょうが....)。

それがすべてとは言いませんが、女性の割礼には男のエゴの影響も多分に一つの要素と
して存在するのではと思ってます。

> そう結論付ける前に私が一番知りたいのは、アフリカの古俗である割礼が女性をも対象
> にするようになったのはいつの頃からなのか、またエミータさんが紹介されているような
> 激しいものになったのはいつの頃からなのかということです。少なくとも後者につい
> ては、さほど古くまで歴史をさかのぼる必要はないのではないかという直感を私は
> 抱いているのですが、この点についてエミータさんは何かご存じでしょうか? 

大切なことを海彦さんは示唆してくれたように思います。私も大変知りたいですね。

> 文化は基本的に相対的なものであり、異なる文化を比較して、どちらが正しいとか
> 間違っていると言うことも、どちらが進んでいるとか後れているとか言うことも出来
> ないと思います。人権の問題についても、それが文化的なコンテクストの中で語ら
> れるものである以上、やはり相対的なものとして捉えざるをえない面はあるでしょ
> う。

よく解ります。

> ただ、そうした文化の多様性を越えて守られるべき基本的・普遍的な人権とい
> う概念を創出せざるをえない時代に私たちが生きていることもまた事実です。今回
> の女性の割礼の問題が突き当たるのもその点だと思うのですが、

素晴らしい表現ですね。海彦さんは今回の論議のかみ合いにくいところを適切についてお
られます。
リワキーノ

Subject: [ML:06390] Re:女性の割礼
Date: Sat, 6 May 2000 19:21:42 +0900
From: リワキーノ

リワキーノです。

> > 人が人と関わる時に、必ず人は互いを傷つけ合います。そこに誠意があ
> >ろうが、愛情があろうが、正義があろうが、そんなこととは関わりなく人
> >は傷を負います。そして、その際に互いが置かれた関係のあり方によって
> >は、一方は自らが受けた傷について全く気づきもしないのに、他方は思い
> >の他の傷の深さにのたうち回るということもよくあるものだと思います。
> > 私たちが異文化と接する際に最も重要なことは、そのことを十二分に認
> >識しておくことであり、己に誠意があり、愛情があり、正義があるという
> >ことを意識的にも無意識的にも武器にしてしまわぬことだと思います。こ
> >れは口で言うのは簡単ですが、実はなかなか難しいことなのです。
>
>  このお話、とてもよく理解できます。割礼の話題に踏み込んだのも、や
> めさせなければならないという一方的な思いこみに、アンバランスを感じ
> てしまったからです。

女性の割礼に対しての私の嫌悪感を一方的な思いこみ、アンバランスなもの
と奥深志さんは思われるのでしょうが、海彦さんがいみじくも言われた、

>そうした文化の多様性を越えて守られるべき基本的・普遍的な人権とい
>う概念を創出せざるをえない時代に私たちが生きていることもまた事実です。

という立場からの感じ方という風には考えられませんでしょうか?

>  文化と文化も、接触し、摩擦し、争い、侵し合うことで、相手を発見し、
> 自分を発見してきたのだと思うと、お節介を揶揄するということも、お節
> 介なんですね。まったく。

そういうことになるでしょうね。しかし揶揄しているとは思いませんでしたが。

>  文化相対主義って、つまるところ、中華思想なわけで、最近、商人たち
> の欲望のままの他者との接触が、もっとも合理的な態度じゃないのかなん
> て思っています。

ある真理を突いていると思います。
この論議には関係ないことですが、欲望のままの他者との接触という意味でし
たら基本的には国と国との関係も同じではないでしょうか。民主主義という装
置でずいぶんぼやかされておりますが。
リワキーノ