自閉症児の父として 知ってほしい先天性障害 (毎日新聞4/21朝刊「記者の目」から)

 「自衛隊は今までやゆ的に『自閉隊』と言われてきた」と発言した石破茂防衛庁長官が、3月19日、「(自閉症者や親などに)つらい思いを抱かせた」と謝罪した。自閉症は、先天性の発達障害で、引きこもりや引っ込み思案という意味での「自閉的」とは全く違う。私も自閉症児の父となるまで違いを知らなかった。これを機会に伝えたい。「自閉症は先天性の障害で、新生児の1000人に1人以上もいるんです」

 現在37歳の私が長男の金佑(5歳)を「ほかの子と少し違うのでは」と思い始めたのは99年、1歳を過ぎてからだ。首や腰のすわりなど発育が遅かった。だが「成長には個人差がある」と心配していなかった。しかし、妻圭子(37)は違った。長男は抱っこを嫌がり、のけぞって暴れた。のぞき込んでも目を合わせようとしない。幼児用ブロックを投げてガラスに当たる音が面白いらしく、1時間以上も続けた。1歳になる前から、妻は知的障害などの解説書を読み出していた。

 自閉症は、脳の中枢神経の機能障害に由来する。行動や興味が限られていて、コミュニケーションに問題がある。障害の度合いは個人差が大きく、言葉を持たない人から、オウム返しのように相手と同じ言葉を繰り返す人、知的障害を伴わず大学に進む人までいる。

 自閉症者は視覚、触覚などから得る無数の情報を整理できないように思える。長男は2歳のころ、人の声と自動車の騒音の区別もできないようだった。私がいくら呼んでも声だけでは分からない。一直線に走って公園を飛び出し、道路を横切ろうとする。怒っても意思が通じない。手を出せばパニックになる。泣き叫ぶ長男を引っ張って買い物に行く妻は、周囲の「虐待してんじゃないの?」という視線に何度も涙した。

 2年前、前任地の福岡で自閉症児がいる家庭を訪ねた。父として勉強したい。記者として自閉症を世に知らせたい。そう思った。

 6歳の男の子は流しの横の調理台の上にひざを抱えて座っていた。下ろそうとするとパニックになるという。表情は乏しく、母親や私の存在は眼中にない。長男よりも障害は重かった。

 自閉症者でも、心は健常者と変わらない。子供から見れば、周囲の世界は「これをするな」「こうしろ」という理不尽な指示や暴力に満ちており、ストレスに苦しんでいる。男の子は夜も眠れない睡眠障害を起こしていた。「あなたをどう思っているんでしょう」と母親に尋ねた。「騒げばご飯が出てくる便利なロボットでしょうね」。言葉を失った。取材の意欲はかき消え、目の前が暗くなった。

 長男とどうしたら意思疎通できるか。妻は声をかける時、同じ目の高さで肩をたたき、身振り手振りを加えた。指を差すことの意味を伝えるのに1年かかった。妻は私の写真を見せ、いつも親指を立ててみせた。4歳になった長男が、私に親指を立てた時は忘れられない。私も親指を立てて言った。「そうだ、俺がお父さんだ」。初めて意思が通じ合った瞬間だった。

 私が自閉症への理解を広めたいと考えるもう一つの理由がある。妻から「長男が2歳のころ、このままでは殺してしまうかもしれないと感じたことがある」と聞いてから、「虐待を受けている一部の幼児は自閉症なのではないか」という疑念を捨て切れないのだ。目も合わせず、表情も乏しく、愛しても愛が返ってこない子……。追い詰められた親が自閉症を知らず虐待に走っていたとしたら、悲劇としか言いようがない。

 米国では、ダスティン・ホフマンが自閉症者を演じた映画「レインマン」が88年のアカデミー賞4部門を取ったように社会的認知が進んでいる。日本でも理解が広まれば、その子に合った意思疎通の方法も見つけられ、無理解に由来する悲劇を防げるかもしれない。

 妻は車や自宅、病院などの写真や、地下鉄の駅を示す路線図を書いたカードを何百枚も作り、行動の度に見せてきた。今、5歳の長男は、食べたいものや行きたい場所のカードを持ってくる。意思疎通の方法を持ってから、急に成長してきた。いつかはカードに頼らず自己表現できるように−−。妻と私の遠い目標だ。

 自閉症は、外見ではよく分からない。みぢかにいても、健常者が気付かないだけだ。それを知ってほしいと思い、妻とも相談して長男のことを書き、写真を掲載した。もし私たちの意思が分かったならば長男も反対しないだろう。

 石破長官の言葉は私たちの胸をえぐった。だがすぐ謝罪し、誤解の拡大は防いでくれた。石破さんにお願いがある。ぜひこれを機に、自閉症のよき理解者になっていただきたい。 【社会部・神戸金史】

写真の説明: (By Eguchi氏)

右手奥のシャツ姿は長男の真己人(言葉がないので障害認定は最重度のA−1

V字サインは妻・秀子 手にしている緑色の冊子は障害手帳。これを提示すれば博物館等の公共施設は本人とその介護者一名が無料です。従って一家4人でこのように上野の国立博物館などに休日は良く出かけました。このため、休日がつぶれるゴルフは彼の自閉症が判明した時点でやめました。(運動にがて、というのがもっと大きな理由ですけど・・・)