家族で吉野熊野へ・その2 2004.08.21

朝5時半に起床して顔を洗いに行くと既に女学校の生徒達は出かける支度も整い、朝食を
とる寸前でした。
昨夜も食事前に神への祈りを捧げるときはとてもしおらしく、ゲームに打ち興じるときはとても
活発に嬌声を挙げてはしゃぐ彼女たちは、声をかけるととても感じの良い対応をしてくれ、
街中で見かける今日日の女子高校生とは全然雰囲気の違うナイーブな感じでして、その
初々しさに私の家内や娘は最初、中学生かと思ったくらいでした。
引率の男の先生に聞いたら、今日は大普賢岳に登り、行者還岳まで縦走し、トンネル口に
下山するとのこと。
クラブ活動の一環として4年前から毎年実施しているそうです。
これらのそんなに山慣れしているとも思えぬ女生徒達を大勢連れて、あの厳しい奥駈のコー
スを縦走することに私は驚く思いです。公立学校では考えられないことでしょうね。

午前6時15分、彼等は出発していきました。
修験道の奥駈修行の道をキリスト教の女学校の生徒達が縦走していくというのもなかなか
に微笑ましい光景です。
下山口までは6時間はかかるでしょう。無事を祈りました。

私たちも朝食を済ませ、7時半ヒュッテを出発しました。
今日は前鬼の不動七重の滝の遊歩道を歩き、さらに南下して大丹倉を見物し、十津川温泉
で温泉に浸かって大阪に帰る予定です。
ところが、前鬼の不動の滝まで行ったところ、この前の大水で沢沿いの道が荒れたらしく、
滝への遊歩路は通行止めとなっておりました。
仕方なく、展望台で記念撮影をして国道に引き返します。

国道まで9キロもあって時折落石や崖崩れの後を目撃する地道の林道をくねくねカーブの
連続を続けながら走るのを見て家内が言います。
「大峯と熊野に入り浸りのあなたはこんな恐そうな道をあっちこっち走っているのね・・・」と。

国道169に出て紀伊半島を一路南下し、1時間半後に到着したのは絶壁が売り物の大丹倉。
何人もの人をここに案内しましたが家族を連れてくるのは初めて。
家内は怖がって崖近くには寄りたがらないですが、私のコピーとよく家内に言われる我が娘
はいたくここが気に入ったようでした。
知り合いのミュージシャンである、”絶壁フェチ”のリナさんにここの風景を見せたいと娘が
思ったことから、このレポートを作るようにと珍しく娘から要望があったのでした。
つまり、娘の画像を出すことに娘は了解してくれたのでした。
そこで、私は6年ほど前にアルバトロスクラブの仲間達を連れてきたときに、二人の女性が
勝手にたどり着いた岩場に行くことにしました。
マホさんとノブコさんが腰掛けるのは絶壁の上からみても数段下のところにある独立した
岩場です。
上から見ててもその岩場の向こう側は遮るもののない絶壁の上であることが見てとれます。
いつの間にかにそこに行った彼女らを見つけた我々は「危ない!勝手なことをしないで!」
と口々に叫んだものでした。
アルバトロスクラブ内では恐いもの知らずで知られた二人の女傑だからこそ行けた危険箇所
と思ってたのですが、時間的に余裕のある今回、私はそこに行ってみようと思ったのでした。
そしたら、岩場のところまで近づくのは予測したよりはるかに簡単でした。
しかし、樹林帯から岩場の上にくるとやはり緊張します。何しろ、岩場の三方は絶壁なのです。

振り仰ぐと家内と娘が立つ岩場が見えます。
何だ、そんな言うほどの絶壁か?と思われるかも知れませんが、そのすぐ下はかように。
じっと見ているとだんだん恐くなってき、岩場から樹林帯に戻るときは這いつくばるように
して行ったものでした。

駐車場から大丹倉までは往復わずか10分以内の歩行。
歩くことが大好きな家内はかなり不満のようでして、そこで私は前から行ってみたいと思っ
ていた表丹倉に行ってみることにしました。
駐車場から徒歩25分と記されているのです。
ところがこれがどうやら道を間違えたらしいのです。
駐車場から樹林帯の中に入ってすぐのところを右手に登っていく階段があったのですが、
それは違うだろうと思ってまっすぐ続く水平道を行ったら、これが最初は苔むす良く踏ま
れた良い道だったのですが、徐々に下草が生い茂る道となり、やがては足もとは絶壁の
上を歩いているのではないかと思わせるような、狭く切れ落ちていくようになるのです。
樹木が生えているからまだ恐怖感が薄まりますが、実際の話、転落したとき、これらの
樹木が支えてくれるかどうかとなると、とんと安心できないような繁り方なのです。

道が大きくカーブしたところの比較的視界が開けるところで振り返ってみると、我々が歩い
てきた山腹は岩肌も一部露わとなった崖となっているではありませんか。向こう側には大
丹倉もほんのわずかのぞいています。

やがて、道は足もとの繁りぐあいもまばらになり、深い谷がかなり下まで見えるところに
来たのでこれ以上山の初心者を連れて見知らぬコースを行くのは危険と思い、ここで引き
返すことにしたのでした。
時間的にもそろそろ目的地に着くのでは、と家内はいささか残念そうでしたが、私は嫌な
予感がしたときの自分自身の直感を信じてきたからこそ20年間、山で無事だったことを
実感しておりますので、迷いはありませんでした。
引き返す途次、行きの時には気がつかなかった大丹倉の絶壁の景色をカメラに残すことが
できたのはこのコースにやってきた収穫だったと思いました。
画像は望遠で写したものであり、実際はもっと遠い距離にあります。

大丹倉の駐車場を後にしてつづら折れの山道を降りに降りて、赤倉の谷沿いの道を走らせ
ると、前方に大丹倉がそびえています。
時折樹林の間から見え隠れする尾川川の河原の美しい姿に家内と娘があそこに降りたい、
と言います。
狭い車道に一箇所、車1台停められるようなスペースがあり、そこからは樹林の中を降りて
いけば河原に到達しそうだったのでそこに車を停め、私たちは傾斜のあるゆるやかな杉林の
斜面の中を右往左往しながら降り口を探して何とか河原に到達しました。
大峯の美しい谷川の多くを知る私からすれば、熊野ではごく平凡な河原に映るのですが、
家内と娘は感激ひとかたならぬという感じでして「どうしてこんな綺麗な河原に宣伝する標識
が無いの?」と娘は問い、「上高地の梓川を小規模にした感じ」と家内は感嘆します。

やがて三重県育生町の村落に入ります。
最初、大丹倉に行くためにこの村落を通り抜けたとき、娘が絶対この村の風景を写真に撮り
たい、と言っていたので田んぼのあぜ道のような引っ込み線に車を停め、娘にデジカメを持た
せて好きなように写させます。
娘は、大阪近郊の田園風景では味わえない素朴さ、のどかさをこの育生町の村落の風景の
なかに見て取ったのでしょうか。

この村落から西方に、笠捨山に連なる雨谷山、茶臼山の切り立ったピークが見えます。
南部大峯の名峰・笠捨山への最難関ルートです。
山中泊1泊2日の厳しいこの登山路をいつか登りたいな、とKO−BUNさんとよく語り合った
ものですが、多分、その実現は難しいでしょう。

十津川村に抜ける途次、桃源郷の北山村で昼食休憩をしましたが、大雨の影響で湖水が濁り、
美しさはイマイチでした。

玉置山越えでは初めて宝冠ノ森(右端の三角ピーク)を撮影することができました。
修験道の奥駈における番外編修行、一千回の般若心経を唱える霊場です。

玉置山を下山して十津川村・折立に着きます。
十津川の川の色が美しいです。

十津川村の湯泉地(とうせんじ)温泉に入ります。
5人も入ると狭くて快適というわけにはいきませんでしたが、温泉質は良く、上がった
あともなかなか身体の火照りがとれませんでした。夏向きではないようです。
十津川村の温泉は全泉、掛け流しの湯だそうで、そのことをアッピールしたために他
の温泉はどうなんだ、ということで白骨温泉のことが発覚したとのこと。
温泉そばの川は美しい色合いの流れと河床でした。
このあと、一路寝屋川に向かいます。

家族が急に思い立って出かけていった夏の避暑の旅でした。
(完)