風変わりなロベルトおじさんの話  投稿者: ハミングバード  投稿日: 3月27日(日)10時04分53秒

もう5年も前のことです。
ある男性から電話で娘のピアノのレッスンの依頼を受けました。
お父さんから電話をもらった時は要注意なのです。なぜなら大抵の場合、最初に
かけてくるのは母親で、父親がかけてくるときというのは、子供に過剰な期待を
よせ、子供の才能に幻想を抱くパパ、ということが多いのです。
そしてこのロベルトおじさん、
私の都合も聞かず、「毎週土曜日の5時に来てくれ」といいます。
ブラジルで土曜日にお稽古事をする人は珍しいです。土曜日に働く先生も珍しい
です。
「土曜日はベビーシッターがいないので・・・」とやんわり断ると、
「じゃあ、子供もつれてきなさい」
「え!?でも3歳ですよ」
「いいから、いいから。つれてきなさい」

こうして彼の6歳になる娘アナのレッスンを子連れではじめることになりました。
ロベルトおじさん、年はその時すでに60才。奥さんは24歳年下。娘6歳。
この人、実はとても優秀な地質学者だそうで、アメリカの石油会社に所属して、
インドネシアでもブラジルでも、石油を発見し、アメリカのホワイトハウスにも
招かれたほどの人物。でも家では娘にひじょう〜に甘く、ちょっと常識では考え
られないあまやかしぶりでした。そして彼の困ったクセというのが、偶然何かの
プロである若い女性に出会うと、娘の家庭教師を片っ端から頼むのです。一時は
ピアノ、バイオリン、バレエ、チェス、宗教(ユダヤ教)の先生、そして普通の
勉強の家庭教師、と、これら全員が出入りしていたのです!!!もちろんアナは
ふつうに学校にも行っています。
バレエの出張レッスンなんて、聞いたことがありません。でもそんなことを気に
するロベルトおじさんではありません。

このアナが、また茶目っ気たっぷりのかわいらしい子供なのですが
あまやかされてそだっていますし、とても幼く、レッスンどころではありません。
広いリビングを走り回るのを、声をからして
「こっちにきなさ〜い、すわりなさ〜い」
もちろん練習も全然しません。
最初に書きましたが、子供に過剰な期待をよせるお父さんというのは、ほんとうに
始末に悪い。娘が日ごろ練習しているかなどちっともわかってないくせに、いき
なり私に
「ムソルグスキーの展覧会の絵を教えてくれ」などととんでもないことを言い出し
ます。
プロのピアニストにとっても難曲のひとつですよ!

それからこのおじさん、異常なほどの心配性で、
娘は、友達の家には行ってはいけない(プールに落ちると大変だから)。動物園に
行ってはいけない(ライオンに食べられると大変だから)。サーカスも同じ理由で
ダメです。外の公園もダメ(母親が一緒でも)。歩いてはいけません。移動はどん
なに近くでも全部タクシー。だから太っています。親子3人とも。
実際には母親が内緒で連れて行ったりしていましたけどね。
ほとんどコメディーのようですが、実在の人物です。

でも彼、いいところもあるのです。私がシングルマザーと知ってレッスン料を自分
のほうから引き上げてくれたり、ボーナスをくれたり・・・当時は月謝ではなくワ
ンレッスンいくらでもらっていたのですが、何かの都合でレッスンを休んでも、わ
たしの収入が減らないように、次の週には2回呼んでくれたり・・・なかなかこう
いうことをしてくれる人は少ないのです。しかも私が弁護士にお金を騙し取られた
時に、訴えてやりたいといきりたつ私をおさえ、そんな人間を相手にしてもしかた
ないから忘れなさい、と言って盗られた分のお金を出してくれたのです。
ですから私はいまだにロベルトおじさんにはさからえません。
何事も
「シン・セニョール!(敬礼)」
なのであります。

ロベルトおじさん、ブラジル人です。