ハンブルク・バレエは今年2月に神戸国際会館で公演された
「ニジンスキー」を観て以来、私が大変
贔屓するバレエ団です。
そして、私は観劇回数こそ少ないですが、ここ10年来宝塚歌劇のファンを自認しております。
そのハンブルク・バレエ団と宝塚歌劇団が共演するというニュースを談話室仲間のEguchi氏から知
らされたとき、即座に観劇を決意し、チケットの手配を彼にお願いしたのは至極当然の成り行きでし
た。
この公演で演じられるのはハンブルク・バレエのソリストのダンサーである服部有吉がハンブルク・
バレエ団から10人、宝塚歌劇団からは11人の出演者を得て、演出・振付・構成を手がけた
作品です。
服部有吉に関しては、あるサイトに下記のように記されてます。
有吉は、国民栄誉賞の作曲家服部良一の10番目の孫。6歳からクラシックバレエを始め、13歳で
自ら決めてドイツハンブルグバレエ団のバレエスクールに単身留学。卒業間際、プロになるために
バレエ団のオーディションを受けるが、不合格。受けたオーディションは12。
名だたるバレエ団はそのほとんどが「東洋人、そして小さな体」を理由に有吉の入団を拒んだ。
彼の技術や才能には関係なく。それでも、ひたむきに踊り続けていた彼を、ジョン・ノイマイヤー
が認め、自身のハンブルグ州立バレエ団に受け入れた。有吉は徐々に頭角を現し、2001年12
月彼を主役にした新作「冬の旅」が上演された。スタンディングオベーションの中、有吉の名は 一
躍ヨーロッパのバレエ界に知れ渡ることになった。
ジョン・ノイマイヤーと服部有吉
演目及び、服部有吉について詳しくは下記のサイトをご参照下さい。
http://www.umegei.com/s2005/hattori.html
梅田芸術劇場
公演の7月24日。暑い日でした。
開演30分前の午前12時半に一緒に観劇するルーメイさん、佳墨さんと梅田芸術劇場の正面玄関
前で待ち合わせたのですが、15分前に着いた私はシアター・ドラマシティーの入り口になる建物の
中に入って外が見透せるガラス戸の側で正面玄関前を見ていますと、いつの間にかに側に若く綺
麗な女性が立って同じく外をじっと見ているではありませんか。
明るい茶髪にタカラジェンヌかな、と一瞬思ったのですが、休日の水曜日以外の日に外でタカラジェ
ンヌを見ることは無いので違うだろう、と思ってまた外を眺めていたら、3人の若く、茶髪のそろいも
そろって綺麗な女性達がやってきて、ガラス戸越しに私の隣の女性に手を挙げて合図するのです。
中に入ってきたその3人の女性は件の女性に挨拶の声をかけてそのまますぐ側の喫茶店に入って
いきます。もう、間違いはない、と私は思いました。まだ来ぬ別の仲間を待っているタカラジェンヌに
違いないと思った私は話しかけました。
「失礼ですが、タカラジェンヌさんですね?」
「ええ、はい・・・」
「こんな近くでタカラジェンヌさんに会えて光栄です」
そのタカラジェンヌははにかんだ顔をします。
タカラジェンヌ=美人、とは必ずしも限らないのですが、この女性は美しい風貌をしており、特に眼
が印象的で、風貌だけだったら女役トップも夢ではないのではという感じの美形です。アルバトロ
スクラブで親しかったある若い女性によく似ており、フランスに行ったきり4年も会っていないその
女性のことが強く思い出されてそのことで余計このタカラジェンヌに惹きつけられるものを感じまし
た。
「アール・ハッターを観に来られたのですか?」
「はい」
「ハンブルク・バレエは観られたことあります?」
「いいえ。初めてなのです」
「私は一回、ニジンスキーという演目を観たことあるのですが、素晴らしかったです」
「まあ、そうなのですか」
希代のバレエダンサーであり、振付師でもあったニジンスキーの名をこのタカラジェンヌも知ってい
たようで、急に私を見つめる目が変わったように感じました。
「何組さんですか?」
「花組です」
「花組と言えば、初輝よしやさんをご存じですね?」
「!!! ええ、もちろん知ってます。仲間ですもの・・・」
まだ駆け出しの端役の芸名まですらすら口に出てくるこのおっさんはいったい何者?と思ったらし
く、まじまじと私を見つめます。
初輝よしやのお父さんと私は高校時代の友達であることを伝えると納得、という何か安心したよう
な表情をそのタカラジェンヌは見せます。
「では、福岡のお方なのですね?私たち花組は来月博多座で公演しますので是非、いらっしてく
ださい」
初輝よしやさんが福岡出身ということを知っていなければ有り得ない発言ですから、相当に親しい
ことが推察されます。
「いえ、私は大阪に住んでます。しかし花組さんの公演が博多座であるのでしたら私のホームペー
ジと仲間のホームページに宣伝しておきましょう。多くの仲間が博多におりますので」
「ホームページをお持ちなのですか?」
このとき、私は名刺入れを持ってこなかったことを後悔したものでした。
「ええ。私も宝塚ファンなので観劇記など、宝塚歌劇関連のことをよく載せております。
ところで、あなたの写真を撮ってはいけませんか?」
一瞬、彼女は迷ったようだが、すぐに答えました。
「写真はご勘弁ください」
「そうですか。それではお名前もダメでしょうか。もちろん、芸名ですが」
「それはかまいません。○○□□と申します」
「あなたとここで会ったことをホームページに記すのにあなたの芸名を載せてもかまいませんか?」
やはり一瞬考え込む風でしたが首を振ります。
「申し訳ありません。それはなさらないで下さい」
宝塚音楽学校の生徒だったらいざ知らず、彼女は下級生と言えども身分は立派な宝塚歌劇団の
女優なのです。
名前を多く知られてこそなんぼの世界に生きていく芸能人であることには違いないはずなのに、
この慎み深さはタカラジェンヌの世界における自分の立場の分相応さをよくわきまえなければなら
ない、と常日頃心がけている証左の表れではないかと私は思いました。
「そうですか。承知いたしました」
話していながらふと気付くとガラス戸越しにルーメイさんの姿が見えました。私に気付いてこちらに
やってくるようでした。
「友人が来ましたのでこれで失礼させてもらいます。タカラジェンヌさんとこのようにお話できて嬉し
かったです」
そのタカラジェンヌもにこやかにお辞儀をしてくれました。
後に帰宅してからこのタカラジェンヌのことを調べて驚いたのですが、彼女は男役でした。髪型か
ら判断つきそうなものですが、とても女性らしい雰囲気にてっきり女役と思い込んでいたのでした。
全然、男役には見えなかったのは彼女にとってはあまり良い賛辞ではないでしょうが、私に応対
するときの彼女の物言いも仕草も実に丁寧で「タカラジェンヌは良質の女性ばかり」という私の信
念を裏付けるものでした。
※宝塚歌劇花組の博多座公演については下記のURLを参照のこと。
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/05/05flower/index.html
【このタカラジェンヌについては
ここを参照】
「どなたと話しているのかしらと思ったらタカラジェンヌですって!?」
誰とでもすぐに打ち解ける私に常々驚いているルーメイさんは呆れかえってました。
私たちはEguchi氏が手配してくれたチケットをシアター・ドラマシティーのエントランスに設けられた
受付まで取りに行ったのですが、Eguchi氏が依頼した花組の蘭寿とむさんは肉筆の礼状を同封し
てくださっていたのには感激しました。
遅れるかも知れないと言っていた佳墨さんもわずか5分の遅れで到着。
席は9列の13、14、15と素晴らしいところでした。
開演直前になって場内がかすかにどよめいたと思ったら10数名のタカラジェンヌの一群が入場し
てきました。
先頭はかなり年輩の女性でしたが、いずれも茶髪で一目でそれと判るタカラジェンヌたちでして、
私が玄関でお話をした女性もいました。
彼女らは私たちの席の5列前に陣取りました。
今日の演目は第一部が「薮の中」
「薮の中」は芥川龍之介の同名の小説から題材を得て、服部有吉が振付し、曲を有吉の従兄弟、
服部隆之が担当しています。
舞台のこしらえや衣裳はギリシア悲劇や能のようなストイック的簡素さであり、音楽は如何にも現
代曲らしい無調性のものでありながら、琵琶や尺八らしき日本の楽器を使用して東洋的幻想の世
界をかもしだし、大変印象深いのですが、舞踊が床上体操のような無機質的な動きが多く、「ニジ
ンスキー」で強い感銘を受けた前衛的な踊りの中にも優美で叙情性を帯びた動きを取り入れてい
るという点が少なかったようでな気がし、ニジンスキーのときのような耽美的な美しさに酔いしれた
経験をしていると今ひとつ物足りないものを感じるところがありました。
ハンブルク・バレエ団練習風景
それと、3人一組で踊るシーンでしょっちゅう動きが揃わないところが随所に見られて、ニジンスキ
ーのときのような完璧といってもいいような一糸乱れぬそろい方とあまりにも違うのが本当に意外
でした。
もしかしたら、これはわざと意識してずらしている可能性も考えられるのですが、どう見てもそれが
集団の舞踊が与える印象により良い効果を添えているとは思えませんでした。しかし見る者を決
してだれさせない緊迫感は常に持続し続け、無機質でありながらも、丈の長いスカートという衣裳
からも来るのでしょうが、得も言われぬエロスを漂わせるというところがあります。
バレエの舞台で強姦シーンが演じられるというのも驚きでしたが、それは見事に振付されていて、
明らかに性交を思わせる動きが一つも猥褻ではなく、澁澤龍彦的耽美主義の世界を表出させて
いるかのように映りました。最も印象深かったシーンです。
「薮の中」全体を通じて言えることは、現代舞踊、現代音楽、アヴァンギャルドの概念に慣れてい
ない人には何が何だかさっぱり解らない、という舞踊劇かも知れません。
第二部が公演演目になっている「アール・ハッター」こちらにもハンブルク・バレエのダンサー達は
出演するのですが、もうこうも対照的に作れるかと呆れるばかりに楽しく、優美で、愉快で、一緒
に踊りたくなるような如何にも宝塚歌劇そのものの世界でした。
宝塚歌劇団&ハンブルク・バレエ団の練習風景
蘭寿とむさん(左)とハンブルク・バレエの大石裕香さん(右)
念のために断っておきますが、宝塚歌劇のすべてがそのようだと言っているのではありません。
宝塚歌劇にも難解な演出もありますし、奥行きの深く広い演出をされた演目ももちろんあります。
しかし、宝塚歌劇は大衆エンターテイメントを高い格調のもとに演じるのが多分、基本的ポリシーな
のではないかと推察している私にとってはこれぞ、宝塚歌劇の真骨頂と思われたのがこの二部の
「アール・ハッター」でした。
「アール・ハッター」とは服部良一が戦時下で使用したもう一つの作曲家名で、 敵国の音楽とされ
た洋楽・ジャズを作曲し続けるために、同盟国ドイツの名前を使ったそうですが、このタイトルの下
に服部良一の作った曲に孫の有吉が踊りを振付したのがこの作品です。
想像もしてください。
「わて、ほんまによいわんわ」の歌詞で有名なあの「買い物ブギウギ」をバックにハンブルク・バレ
エの精鋭たちがクイックテンポで踊り続けるシーンの滑稽さと優美さがどんな印象を観客に与えた
ことかを!
爆笑、拍手、手拍子が入り交じってまさに舞台と観客席が一体となった感じなのです。
そしてこのアール・ハッターの舞台でハンブルク・バレエのバレエリナーが長い長いフェッテ(回転)
を見せてくれるのですが、それは本公演では初めてのことなので強い印象を残しましたね。
何しろ、前から9列目という距離で見ているのですから、美しいバレエリナが一回転するたびに眼
がキッと一点に定まるのを何度も続けて眺めるのはそれだけでも迫力がありました。
終わったときの観衆の拍手は凄いものがありました。
終演後に佳墨さんが「白鳥の湖」の黒鳥の32回転のフェッテを連想した、と言ってましたから、如
何に印象深いものだったかがご想像できるでしょう。
そして我らが宝塚歌劇のダンサー達の踊りが何と素晴らしかったことでしょう。
そう、男役も女役も一糸乱れず群舞を踊るのです。
宝塚歌劇を見慣れている人にはそんなこと当たり前のように思うかも知れませんが、第一部のハ
ンブルク・バレエがそうでなかっただけにそれはとても光りました。
スリーピースを着込んだ男役たちの踊りの何とスマートでカッコのよいことでしょうか。
ハンブルク・バレエのダンサーたちのうち特に女性達は抜群にスタイルがいい人たちばかりなの
ですが、宝塚歌劇のダンサーたちと入り交じって踊る群舞のとき、タカラジェンヌたちは毫も見劣り
するところはなく、特に男役たちのスタイルのかっこよさはハンブルク・バレエのそれよりも上まっ
てましたね。
いえ、もちろん、私も決して贔屓の引き倒しなどはしたくありません。
鬼才ジョン・ノイマイヤーに鍛えられたハンブルク・バレエ団の精鋭たちの踊りがタカラジェンヌの
それよりも下だなどとは決して思ってません。
それは「ニジンスキー」を見ているからよく解っています。
しかし世界的に有名なハンブルク・バレエ団の精鋭たちと一緒の舞台に上がったときに、タカラジ
ェンヌたちが少しも見劣りしなかったこと、それが私には嬉しくて嬉しくてしょうがないのです。だか
ら少し興奮してこのように記述することをご勘弁ください。
前の方で激しく手拍子を打っていた観客席のタカラジェンヌたちも仲間達の素晴らしい踊りに感極
まるのでしょうか、奇声のようなものを挙げる子もいました。
私は上品で外では慎み深い彼女たちがそのようになるその仲間意識に胸がうづくような共感を
抱きます。
素顔のタカラジェンヌたち
そして終演はあっという間にやってきました。
カーテンコールはいったい何度あったのか数えていなかったので記せませんが、凄まじい拍手の
繰り返しでした。
「良かったわねぇ〜、明日からの生活に活力が出てくるわ」
「\8500、高くないわ」
とルーメイさんと佳墨さんは女性らしい感想をもらします。
第一部の「薮の中」は難解な作品ですが、佳墨さんは「薮の中」の方が強く印象に残ったそうで、
バレエを良く知る彼女の感想は多くのバレエファンの共通する印象かな、とも思いました。
公演が終わったのは午後3時半。
ハイな気分になっている我々はもちろん、そのまま別れるわけがありません。
どこかで飲みながら今日見た観劇及び受けた感激のことを語り合いましょうということになりました。
こんな時間に飲み会ができるのは決まってます。
私たちは近畿よいよい会もよく利用するヒルトンプラザの割烹処”たちばな”に直行。
充実した一日でした。
梅田芸術劇場で出会ったタカラジェンヌ・後日談(2013年記述)
このタカラジェンヌは2011年に退団しましたので、本名と画像も公開いたします。
芸名は天宮菜生(あまみやなお)。
2005年当時の男役だったころ
彼女とはその後、ご縁があり、退団時のお別れパーティへの誘いを受け、私は間近で再会できたの
です。
彼女は男役から女役に変わっており、タカラジェンヌ全般に言えることですが、明るく、お茶目であり、
それでいて何とも言えぬ気品があるという本当に魅力的な女性でした。
事前にハンブルクバレエと宝塚歌劇の共演観劇記をプリントアウトしたものを送ったところ、大変喜ん
でくれ、お会いしたときは彼女は両手で私の手を握りしめてくれたのです。
タカラジェンヌの手に触れるなんて予想もしない展開にどぎまぎしてしまって緊張し、ツーショットを撮
るときは写真は表情がこわばっています。
彼女は2年間のアメリカ留学を終えてこの3月に帰国し、ディナーショーやコンサートで活躍しているよ
うで、
6月に大阪にも来ることが解り、難波の小さなスタジオでしたが、私は行ってきました。
同期生と二人のショーでしたが、宝塚歌劇における男役と娘約の独特の声音による二重唱を間近で聞
くことができ、とても素晴らしかったです。
(写真左端は伴奏ピアニスト)