責任を問う前に 小松浩 2005.07.14毎日新聞・発信箱
ケン・リビングストン・ロンドン市長が同時テロの発生を知ったのは、12年五輪開催
決定の興奮が残るシンガポールだった。怒りを押し殺して市長は言った。「人を殺すた
めロンドンにやってきた連中に言いたい。たとえ君たちが何人殺そうが、誰もが支えあ
って自由に暮らすこの街の生活をとめることはできないのだ、と」
11日の党首討論。野党・保守党のハワード党首はいつもの攻撃的な姿勢を捨て、
ブレア首相に語りかけた。「政府はこれまで多くの困難な決定をしてきた。これからも
そうだろう。私は全面的に支えていく」。首相は少し声を詰まらせた。「ありがとう。あな
たがたのような存在が、私たちの社会を強じんにしているのだと思う」。これまで見た
中で、最も静かな対峙(たいじ)の場面だった。
リビングストン市長はイラク戦争がテロの危険を高める、と警告してきた。ハワード
党首は、ブレア政権の入国管理や治安対策の甘さを批判してきた。その政敵2人の
抑制された憤りと首相への連帯は、いち早く冷静な対応を呼びかけた首相とともに、
英国の空気を決定づけた。
いずれ、テロを防げたかどうかについて激しい論戦が始まるだろう。市長の指摘は
正しかった、と英国民が考える日が来るかもしれない。
だが、テロが起きたとたん責任追及に走ることは、傷を癒やし、立ち直ろうとする国家
に分裂をもたらす。テロリストの思うツボだ。危機における優先順位の判断ほど難しい
ものはない。それを間違わない指導者がどれだけいるかで、社会の成熟度は左右さ
れる。(欧州総局)
毎日新聞 2005年7月14日 0時12分