1/27 2004掲載
v.K.の
クララのクリスマス・マルクトめぐり_II
あっという間にクリスマスはおろか、お正月もやや時間の彼方、くららも京都に帰りました。
クリスマスに飲み残したワインを今日くらいに空けてしまわないと、、てな感じでオーストリアの
クリスマス巡り、私 v. K. が代行して紹介いたします。えっ、くららが伝言板に書きこんでる!!
ここはオーストリア、チロルの州都インスブルック。冬季オリンピックが2度ありました。
ドイツ・バイエルン州との国境にそびえる山脈はその名も「北面の鎖」氷河期のイン川が作った谷の中央にあります。
フランツ・ヨーゼフとエリザベートも滞在した、ハプスブルク家の宮殿を見学しました。
白地に金模様の典型的ロココの間。部屋の奥にあるのは陶器製のストーブです。
壁の向こうに召し使い専用通路があって、そっちから薪をくべる。食事なんかもその通路から運び込まれます。
そういう小うるさい説明よりも、女の子はショッピングが楽しみ、特に人形とか。
干支の猿にも目がいきます。
ず〜っと以前、鳴滝のおかあさんが人間が写ってないと面白くないと言ってましたが、
たしかにトナカイさんだけ写しても面白くない、これも前のも。
ところで旅荘「金のライオン」の2階では掃除のおばさんが寝具をパタンパタンはたいていますが、
実はこれ人形だそうです。一日中この窓でパタンパタンやっている。
ビルの窓がアドベント・カレンダーになっています。待降節(アドベント)の間、毎日子供達が一つずつ
窓を開けて中に入っているお菓子やオモチャをもらうのを楽しみにする、アドベント・カレンダーという
のがあります。この窓も毎日一つずつ開いていって、一階のカフェに行くと何かプレゼントがもらえるのかも。
この建物の装飾は結構有名らしくて、建築史の本にも度々出てきます。
インスブルックからザルツブルクに行くには、途中ドイツ領内を横切った方が近道です。
夕方にはザルツブルクに着きました。オレンジ色のフレスコ画が印象的な大聖堂。
大聖堂前広場のクリスマス市。飲んでいるのはグリューワインといって、暖めた赤ワインの中に
いろいろなハーブが入ってる。アルコール分は飛んで5%くらいです。
日本なら甘酒というところかな?クリスマス・マルクトにはこれがなくっちゃ!
お店には掃いて捨てるほどクルミ割り人形。我が家のくららがバレエを習い始めた中学生の頃、
アクロス福岡に「クルミ割り人形」を観に行きました。夢の中でクルミ割り人形と踊る少女の名はクララ。
たしかサンクト・ペテルブルクのマリインスキー劇場バレエ団だったと思います。
ザルツブルク風アクセサリーの店
ザルツァッハ川にかかる旧市街と新市街を結ぶ橋
ここはザルツブルクの少し北、オベルンドルフ(Oberndorf)。ここの聖ニコラウス教会で1818年クリスマスの
深夜歌われた「聖しこの夜」があっという間に世界中に広がりました。
その教会は今は無く、ほんとに小さなメモリアル・チャペルがありました。
教会の中にあるステンドグラスに、その教会が描かれています。
チャペルの前は「聖しこの夜広場」。ここに日本からの団体さんがわんさか。
通りがかりに本場物「エリザベート」
の広告塔がありました。
ここはヴィーン。冬枯れの市民公園。
そこにあるヨハン・シュトラウスの像は、、鹿毛さん、確かにあなたの仰るとおり、いつの間にか金箔ぴかぴかになってますねえ。
市民公園を出るとリンク・シュトラーセ。ああ冬だ
電停にあったお菓子の広告。インパクトを感じてカメラを向けました。
ホテル・ザッハーは国立オペラ劇場裏、フィルハーモニア通りにあります。
しっかりお上りさんになって、ここでザッハートルテを食べなくっちゃあ!
そしてシェーンブルン宮殿にも行きました。モーツァルトがマリー・アントワネットに「僕のお嫁さんにしてあげる」と言ったのはここ。
締めくくりはヴィーン市庁舎前のクリスマス・マルクト。M.
v. K.
さんは2年前ここに来ましたね。
楽しい旅行でした。お友達とかんぱーい。
飲んでいるのはサクランボジュースでした。
また行きたいです。
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(追記)
昨年ののクリスマスは、くらちゃんがドイツから買ってきてくれたおみやげのお陰で、例年よりちょっぴり華やぎました。
ローテンブルクからやって来たシュトレンと
ラインヘッセンのベーレンアウスレーゼ。ベーレンアウスレーゼですぞ!
それにシャウムのクリームチーズ。メルシー
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