4/21 2003掲載

森脇久雄
 
 
ピアノ教師Nさんのこと
 
3/7の会員便り欄でご紹介した末期ガンと闘うピアノの先生Nさんのことを皆さん、ご記
憶でしょうか?
昨夕、そのNさんから電話を頂戴しました。
容態が急激に悪化して、郷里鳥取のホスピスに入院したそうです。
黄疸も出ており、医者の診立ては余命1ヶ月とのこと。
 
放射線&化学療法は一切やらないつもりだったそうですが、医師の勧めで肝臓に直接
カテーテルを通し、抗がん剤を注入する治療だけは始められたそうです。それによって
黄疸の数値がいくらか下がったとか。
 
そのような状況下でNさんは二度と大阪に戻ることもあるまいと思われて所蔵される2台
のグランドピアノのうち1台をお弟子さんに譲ることを決め、その移動手配を私に依頼さ
れてきたのです。
その弟子はNさんがピアノ教師としてとてもいい思いをさせてくれた自慢の弟子たちだそ
うで、3人の兄弟なのです。
Nさんはご自分のグランドピアノをその兄弟たちに譲るのに運送料も全部、Nさん負担と
することを条件にされました。
依頼を受けて、その3人兄弟のお母様に電話を入れさせてもらったところ、そのお母様
はあらかじめNさんからそのことを聞いておられたにも関わらず、私への電話対応に嗚
咽されかねない絶句を繰り返されました。無理からぬことです。男の私でも内容が内容
だけにときには声が震えそうになるのですから。
 
Nさんはそれらの依頼ごとを済まされると、こう言われました。
「私は今、余命1ヶ月と言われても一つも悲壮な気持ちでは無いのですよ。心の底から
信頼できる病院で私は苦痛を感じることなく毎日を過ごさせてもらい、最愛の弟子(3人
兄弟の真ん中のひろのぶ君)がわざわざ尋ねてきてくれてショパンの曲を病院のアップ
ライトピアノでいくつも弾いてくれるのです。院長先生が、我が診療所のピアノでこんな
素晴らしい演奏を聴かせてもらえるなんて、と感激されるのを見て私がどんなに誇らしく
思ったことでしょうか」
「私の葬式はこちら鳥取で極内輪の身内だけでの密葬を予定しています。生徒や鈴木
才能教育の同僚たる先生たち、そして親しい友人たちなどがいらっしゃる大阪における
葬儀は湿っぽいものにならないような音楽会形式の追悼会のようなものを希望して吉行
さんにすべてお任せしております」
 
これらを語られるNさんの語調はまるでご自分の結婚式のことを話題にしているかのよ
うであり、「森脇さんも出席してくださったら嬉しいです」というニュアンスが感じられました。
私はこの電話の後、私の顧客でもあり、山登りを一緒する友人でもある吉行さんに電話
してNさんの語られたことがすべて私が把握したとおりであることを確認しました。葬式
云々のところは私は本当に私の耳がそのように電話で聞いたのか確認せずにはおれ
ませんでした。
吉行さんはお嬢さんがNさんにピアノを教えてもらったことからNさんと知り合い、やがて
はNさんの心の友となるような存在となった女性です。今日も日帰りで3人兄弟のお母様
とその二番目の高校2年生の息子さんと一緒に鳥取まで見舞いに行って来られたのです。
吉行さんの話によると、ひろのぶ君は病院のサロン代わりの小さなホールでNさんを含む
入院患者さんたちの前でショパンの「スケルツォ3番」、「アンダンテスピアナートと華麗な
る大ポロネーズ」、そして「さくら変奏曲」を弾いたそうです。演奏終了後、鳴り止まない拍
手のあいだじゅう呆然と立ちすくむひろのぶ君の姿に、吉行さんはこの少年の先生への
思いを感じ取り、凄く崇高なものを感じたそうです。
 
彫刻家でもある吉行さんは女性にしては珍しいほど冷静な方であり、感傷に浸ることなく、
Nさんのその時が来たらどのようにリアクションすべきかを既に色々検討されておりました。
その中の一つに、大阪における追悼音楽会では私がこのHPの会員便り欄に3/7に掲載
した手記をプリントアウトし、参列者全員に配布する、という案もあるそうで、それはNさん
の快諾も得ているそうです。
私はその計画がいつまでも先延ばしとなり、Nさんの充実した人生が愛嬢クーちゃんの
寿命を越えて続くことを祈ってやみません。
 
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