9/5 2003掲載

森脇久雄

小説『調律師の恋』
 
翻訳小説『ピアノ調律師』が角川書店から発刊されました。
前にも画像伝言板でお知らせしておりますが、この小説の編集担当は我らの仲間、東京よ
よい会の世話役として皆様お馴染みの安田修之助君のお嬢さん、安田紗絵さんです。
 
共通の友人、井倉里枝さんの引き合わせで私と紗絵さんは知り合い、たまたまアメリカの小
説’the Pinao Tuner’の版権を手に入れていた紗絵さんは私がピアノ調律師であることを知
って翻訳に際してのアドバイスを依頼されてきたのです。
 
編集担当、もしくは編集委員と一口にいいますが、彼らの役割は海外の小説、随筆、紀行
文を原文で読んでこれはというものを見つけ出し、それの邦訳版権獲得交渉に入り、幸運
にも獲得した後は翻訳者を探し、翻訳に際しての適切な直訳、意訳についてお翻訳者とと
もに検討し、疑問点が生じると翻訳者に代わってその正しく正確な答えを見出すことに奔走
し、表紙カバーデザインについてもデザイナーに注文をつけ、読者の心をひきつける魅力的な
キャッチフレーズを帯カバーに記すために文章を練る、という出版に関するほとんどの作業を
一手に引き受けるのです。
 
その粒粒辛苦のあとに作成された校正刷り原稿ができあがった時点で、まだ疑問点を残し
たために調律師の私に紗絵さんはそれを送ってこられたのでした。
生まれて初めて出版される前の小説の校正刷り(ゲラ刷り)原稿を目にし、私は興奮したも
のでした。
 
そしてその本がとうとう出版されたのでした。

4.jpg
私が予想した以上に美しい装丁の本として仕上がっており、それを背景に調律師というおよ
そ小説の主人公にはなり得ないような地味な私たちの職業名のあとに’恋’という文字が並
んでいるこの表紙カバーに私は何ともいえぬ興奮を覚えたのでした。
表紙カバーのデザイン、帯カバーの書き込み、編集者、安田紗絵さんの苦心の思いがこめら
れているのです。
 
同封されていた紗絵さんの手紙に私はほんのわずかでもこの本の出版に協力できたという実
感を得られ、幸せな気持ちになりました。
 
 
<あらすじ>
ストーリーは、欧米列強の植民地争奪戦がさかんだった19世紀半ばのビルマを舞台にし
わりな英国人の軍医将校とピアノ調律師、そして二人の世話をするビルマ人の若い
物語です。
 
ビルマの辺境の地で英国軍が手を焼く土豪たちの叛乱を、赴任以来手際よく手なずけてい
く軍医将校が突如、エラール製グランドピアノをビルマの奥地に送るように要請してきます。
英国陸軍首脳部は大いに戸惑いながらもその要請とおりピアノを送ると、今度はビルマの高
温多湿によってピアノに変調を来たしたため急ぎ、エラールに熟練したピアノ調律師を派遣さ
れたし、という要請が来るのです。
そして選ばれたのがこの物語の主人公、ピアノ調律師のエドガー・ドレークでした。
子供がいないゆえか余計仲良かった愛する妻を残してエドガーは地球を半周するビルマへと
旅立ちます。
ビルマについてから現地のジャングル奥地まで旅するなかで彼に付き添い、護衛する多くの英
国軍人たちと接するのですが、この軍医将校のやり方に共感を寄せる者と反感、反撥を抱
く者とがそれぞれいることをエドガーは知るのです。
 
そしてやがて現地メールィンに到着して軍医将校キャロル少佐に出会って彼と親しく接する
ようになったとき、この将校がなぜ叛乱勢力中もっとも危険視されていたこの国境近くの土豪
ゲリラたちに信頼されているかの理由を知ったのです。
キャロル少佐はこのビルマの民族、民俗を愛し、彼らの文化に耽溺するだけでなく、彼らに欧
米の文化、つまり詩文や音楽を彼らに紹介し、彼らにその素晴らしさを知らしめていたので
す。つまり、武力ではなく、風土病に悩む現地人たちに先進文明の医術を、本来洗練され
た感受性を持つ人たちへ高雅な西欧の芸術を紹介することによって懐柔する、というキャロ
ル少佐のポリシーを知ったのです。
そのためにはピアノも必要であり、ピアノを送るよう申請し、何事においても審美眼の厳しい
キャロル少佐が選んだのがフランスのエラールピアノだったのです。
軍人嫌いだったエドガーですが、このキャロル少佐に深く共感し、ピアノ修復修理のために彼
は一生懸命努力し、キャロルの要請を引き受けて名のある土豪たちの前で演奏もするので
した。
 
やがてキャロル少佐の依頼でエドガーの日常の世話をしてきたビルマ人女性キョンミーはこの
物静かで風変わりなピアノ調律師に慕情を覚えるようになり、それはやがてエドガーにも伝わ
っていきます。
平穏な日々が過ぎていくように思われていたある日、突然物語りは急転直下激変します。
後は小説を実際に読んでいただけますでしょうか。
 
著者のダニエル・メイスンはハーバード大学を首席で卒業した26歳の生物学者&医学者です。
マラリアの調査のために1年間、ビルマ・タイ国境近くに滞在しフィールドワークに徹したそのと
きの経験をもとにこの小説を書いておりますので現地の風景描写は素晴らしいものがあります。
私はこの小説を読んでから今までさほど関心の無かったビルマへ、その辺境のシャン地方に
無性に行きたくなりました。
 
紗絵さんの了解を得ておりますので、この本の編集に関するメールのやりとりを「紗絵さんとの
やり取り」でご紹介いたします。