甲賀の森の桃源郷・ミホミュージアム  2006.10.06

マリーゴールドさんにだいぶ前から誘われていたミホミュージアムに行ってきました。
行ってみて、予想をはるかに上まわる同ミュージアムの建物、佇まい、コレクションの
素晴らしさに圧倒されました。
滋賀県にこんなところがあるなんて近くを何度も走っていながら全然知らなかった私
の迂闊さを悔いたくらいです。
いえ、ちゃんとマリーゴールドさんに教えてもらっているのにそれに注意を払わなかっ
た私の怠慢だったのです。
マリーゴールドさんに誘われて行った催しや舞台劇、行楽地はすべて感銘を受けるも
のばかりでしたので今後は彼女がお薦めのものには何でも素直に聴き従おうと思った
ものでした。
とにかく、私にそんな思いをさせるくらいこのミホミュージアムは素晴らしかったのです。

同ミュージアムについては下記のサイトをご覧になってください。私の下手な説明より
遙かにこのミュージアムの実体を伝えてます。

http://www.miho.or.jp/japanese/index.htm

特に「コレクション」の中の「主要所蔵品」 「南館」 「北館」 「展示替一覧」の項目はどう
か細部にわたってご覧になってください。「南館」「北館」の配置図に記されている分類
はすべてクリックすると作品の画像が見られます。

10月6日の小雨降る中を近鉄京都線新田辺駅でマリーゴールドさんとツル姫さんと待
ち合わせ、一路307号線を走って信楽に行きます。
信楽の町の手前で信楽焼の店に入りました。
 
もの凄い量の焼き物が置いてあります。
信楽焼きの店のシンボルのような狸の置物ですが、こんな由来があるそうです。

信楽のたぬきには八つの特徴があり、それぞれに縁起ものを備えているとされている。
笠・・・ 災難を避け、用心常に身を守る
目・・・ 四方八方に気を配り、正しく物事が見られるように
顔・・・ 熱心に商売に取り組み、いつも愛想良くふるまう
徳利・・・ 徳がもてるように
道・・・ 世渡りに欠かせない、信用第一の帳面
腹・・・ 慌てず、騒がず、そして大胆な決断力
金袋・・・ 金運に恵まれるように
尾・・・ 事の終わりは、大きく太くしっかりと

昭和27年頃、当時名城大学の講師、石田豪澄氏がこの信楽狸八相縁起を作ったとか。
このなかで”道”とは狸像の何を指すのでしょうかね。

昼食はマリーゴールドさんが前もって調べていたそば粉100%&の店「夢創庵」に入りました。
信楽の町を出て国道307号を進み牧交差点の手前左手にお店があります。

ヘチマがぶら下がっていて大変雰囲気がいい玄関前です。

蕎麦の味も美味しかったです。手打ち庵さんは御存知かな?
大変美味しかったのと、ざる蕎麦一枚だけでは満腹にはなれなかったので私はかけ蕎麦も注文しました。

夢創庵
滋賀県甲賀市信楽町牧1356番地
TEL:0748-83-2338
営業時間:11:30〜15:00(土日・祝17:00まで)
定休日:毎週火曜・第3水曜(休日は営業)

蕎麦屋から4キロほど大阪方面に引き返した信号機の無いT字路(ミホミュージアム方面の標
識あり)を右折して自然林の樹林の道を走ること10数分でミホミュージアムの入り口に到着。
地面が苔で覆われた美しい樹木類に囲まれた素晴らしい駐車場があり、外部からの車は全部
ここに駐めて、ここからミュージアムまでは電気自動車で送迎されるのです。

写真を撮っていると、駐車場の係官の若い男性がシャッターを押しましょうか、と近寄ってきたの
で、それではとお願いいたしました。
このミホミュージアムを所有する神慈秀明会の会員さんなのでしょう、物腰が丁寧で穏やかなし
ゃべり方をする好青年でした。

駐車場の奥にレストハウスがあります。


レストハウスの奥はレストラン。
後に顧客に聞いて知ったのですが、ここで販売されるパンは大変美味だそうで、土日には買い物
客が列をなすそうです。


レストハウス前の広場は電気自動車の発着場所。


電気自動車がやってきました。門の向こうがミホミュージアムに繋がる道です。


歩いても行ける距離なのですが、料金はただですし、可愛らしい電気自動車。乗らぬ理由は見つ
かりません。

モーターの回る音だけがする静かな走行に心地よい風が身体を撫でてくれ、大変に気分よろしいです。
私たち3人は子供のようにはしゃぎました。

アーチを渡って桃源郷に通ずるトンネルです。ミホミュージアムに行くには電気自動車も歩行者も皆、
このトンネルを通るのです。


そしてトンネルをくぐり抜けたところにミホミュージアムのエントランスがあります。

ミホミュージアムは自然保護条例の厳しいこの甲賀の森に建てる認可を得るために、建物の大部分
を地中に埋めるという工法を採用しているのです。
山をいったん取り壊し、そこに建物を構築し終えるとまた、土砂をその上からかぶせ、元あった樹木も
疎開先から持ってきて植えるということをしたそうで、この玄関のようにその最上層部がこのように外
に露出しているそうです。
マリーゴールドさんが開館間もないころに来たときはまさに作りたての公園の山という感じだったそうで
すが、今回、それはとても築山とは思えぬくらい、周りの自然の山と調和していました。

ミホミュージアムに入っていきます。塵一つ落ちていない実に美しい建物です。左側の椅子の上に籠が
ありますね?


雨に濡れたらこれで拭いてください、と置かれているタオルの容器でした。

このミホミュージアムの敷地内では駐車場も含めてあちこちに傘置き場が設置しており、客はどこの
傘置き場でも傘を調達し、放置できるようになっているのですが、その延長線上のサービスなので
すね。至れり尽くせりという感じで、ロッカーコーナーもあります。

エントランスを入ったところから振り返るとこのように。


正面はかように。


ホールの真ん中あたりからもう一度振り返るとこのように。

このホールの天井ですが、同ミュージアム発行のパンフの載っていた画像をご覧になってください。


映画「ダ・ビンチ・コード」を観られた方はこの天井図に何かを連想されませんか?
そうです。ルーブル美術館のガラスのピラミッドに雰囲気が似ていると思われたでしょう?
それもそのはず、ルーブルのピラミッドの制作者I.Mペイ(ヨー・ミン・ペイ)がこのミホミュージアム
の建設をすべて手がけたのですから。

エントランス・ホールの窓際に行くと甲賀の広大な山林の景色のなかに異形の雰囲気を持つ建物
が二つ見受けられます。

そこはミホミュージアムを所有する宗教法人神慈秀明会の本部となるところらしく、左のカリヨン塔は
I.Mペイ氏の設計で、右側の教祖堂(礼拝堂?)はニューヨーク同時多発テロで崩壊したアメリカの
世界貿易センタービルを設計した設計者の一人であるミノル・ヤマサキの設計によるそうです。
ちなみにミホミュージアムのミホという名称はこの教団の会主・小山美秀子(こやまみほこ)氏の名に
由来するそうです。

北館に向かいます。


北館です。階段を上がって中庭を囲むようにして展示室があります。


階段下のホールからの外の眺めです。


このホールには売店もあります。


階段をあがるとこのような中庭を囲んで通路があり、展示室がいくつかに分けられています。
マリーゴールドさんも言ってましたが、ミホミュージアムの建物とその環境の素晴らしさは、そのコレク
ションを抜きにして、しばらくの一時を過ごすだけのためにも訪れる価値がある場所だと思いました。
しかし、ミュージアムに訪れたのですからそこのコレクションを観なければなりません。
この北館では秋期特別展「青山二郎の眼」をやってるのでそれを観ることにしました。
その前にお手洗いにと入ったトイレがこれがまた綺麗で素晴らしかったのです
「ええっ!トイレまで撮ったのですか?」2人の女性は呆れた声を挙げました。
「だって、あまりにも綺麗なんだもの」

「青山二郎の眼」展は見ごたえのあるものでした。焼き物の好きな人は堪えられないようなコレク
ションだろうなと思いました。
もっともこの特別展の展示物は全部外部から借りてきた物ばかりのようです。
ミホミュージアムのホームページに載っていた画像を紹介いたします。

澱青釉紫紅斑鉢  時代 金〜元  世紀 13-14 
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010025.jpg
五彩牡丹文碗(宋赤絵)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010011.jpg
 
五彩方位帆船「近悦遠来」文盤(呉州赤絵)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010095.jpg
五彩牡丹龍文盤(呉州赤絵)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010107.jpg
五彩玉取獅子花卉鳳凰文盤(呉州赤絵)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010109.jpg 
五彩水族火龍文盤(呉州赤絵)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010081.jpg
 
柿地白花草花文大皿(呉州餅花手)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010087.jpg
 
五彩舟人物文盤(呉州赤絵)
http://www.miho.or.jp/booth/img-big/00010075.jpg

北館の2階から見るとこのように。


北館から長い通路を歩いて南館に行きます。こちらがミホミュージアムのコレクションが集まってい
るところです。
最初に度肝を抜かれたのが通路の南館手前広間の床に敷かれたディオニュソス・モザイクです。

最初、イミテーションかと思って近くにいた職員に尋ねたところ、本物をそのまま床に敷いたとのこと。
紀元3〜4世紀にシリアで出土したものなのです。

そろっと、ツル姫さんが手で触れてましたが、「あやまってこのなかに土足で踏み込む人もあるでしょ
うに!」とマリーゴールドさんが驚くと、「小さなお子様方がときおり中に入られることがあります」と職員
の人は言ってました。

南館の、つまりミホミュージアムのコレクションは素晴らしいものでしたが、展示室は撮影はご遠慮くだ
さい、とのことでしたのでミホミュージアムのホームページで皆さん、どうか作品群をご覧になって下さい。
私にとって圧巻だったのは、アッシリアの精霊と従者レリーフ像でした。
(画像はミホミュージアム発行のパンフからのコピー)

このレリーフ像は新アッシリア王アッシュールナシルパル(アッシュールナツィルパル)2世の宮殿
の壁を飾っていたもので、何と紀元前9世紀のころのものなのです。
イスラエル王国を滅亡に追いやったアッシリア王サルゴン2世はこのアッシュールナシルパル2世
の120年後に王位に就いており、旧約聖書に馴染みの深いアッシリア王の遺物を実際に見るとや
はり感慨深いものがありました。

古さを言えばこのエジプトのナクト像など、紀元前20世紀の時代のものだそうです。
4千年の年月を経たとはとても思えないような損傷の少なさに眼を奪われる木像でした。


ミホミュージアムには金銀細工のコレクションが多いですが、この「牡牛装飾杯」は紀元前12〜11
世紀のもの。


ミホミュージアムコレクションの目玉となっているらしい「隼頭の神像」

エジプト第19王朝の時代で紀元前13世紀のもの。
いったい、時価いくらでこれらの作品を購入したのだろう、と下世話なことを想像しました。

さて、次の塑像に注目してください。

ギリシャ・ローマの展示室に飾ってあったのですが紀元前2000年紀、と表示されているのを
見たマリーゴールドさんが不審の気持ちを抱きました。
この服装、どう見ても近世のヨーロッパ女性のもののように思える。4千年前にこんなスカート
があったとは信じられない。紀元前2000年紀って書き間違いなのではないだろうか、と。
私もまさに同感で、すぐさま、近くに居た職員に尋ねたところ、「このミュージアム所蔵の展示
物は全部鑑定済みなのですが」と答えます。
「しかし、このスカート姿を見てください。私もギリシャ・ローマの文物には多少知識を持ってい
る者ですが、こんなスカート姿を見たことがないのです」と言うとその職員は「調べて来ますの
でしばらくお待ちいただけるでしょうか?」と言うのです。
そして5分ほど経ってからでしょうか、一人の若い女性を連れて来ました。その女性はここの
職員の制服を着ておらず、黒っぽい色のスカートに真っ赤なセーターを着たスラッとした美人で
小脇に分厚い洋書を3冊ほど抱えておりました。
ミホミュージアムの学芸員であることを自己紹介し、「お客様がこの塑像の解説にご不審の念
を抱かれるのはもっともなことでございます」
にこやかな笑顔で語りかけるのです。
そしてその学芸員の説明は私を十分すぎるほどに納得させてくれるものでした。
その内容について詳しく知りたい方は下記をクリックしてください。

学芸員とのやりとり


その学芸員のセカンドネームはヨウコさんというのですが、ヨウコの名を持つ女性はみんな知的
で上品な女性が多いなと思いました。(少なくとも私の知る限りでは)
こんな素敵な学芸員との出会いも今日のミホミュージアム訪問に大きく彩りを添えてくれたので
した。

ミホミュージアムの建物をすべて見終えたあと、雨の日に電気自動車が発着するホールにやっ
てきました。

二人の足もとに水たまりがあるのが見えますね。
上に、明かり窓があるのです。

この二つの画像の雰囲気、映画「ダ・ビンチ・コード」を連想されませんか?
窓はこんな感じ。青空が見えてます


ミホミュージアムは素晴らしいところでした。
所有する宗教法人神慈秀明会は芳しからぬ話題でマスコミにも取り上げられたことがあり、
ネット上でも批判的な記事が多いですが、このミホミュージアムではこの宗教団体の存在を
アッピールする掲示物、標識は何もありません。宗教団体の建築物であることは間違いない
ですが、一般の人達はただ、ここの素晴らしいコレクションと建築物を楽しまれたらよいので
はと私は思いました。
「バックにどんな宗教団体があるのか知らないけれど、私はこのミホミュージアムが大好き!」
これはマリーゴールドさんのお言葉ですが、私も同感です。

春の櫻のシーズンには下記の光景も見られるとか。





枝垂れ桜には眼のないCapt. Senoh も行きたくなるのではないでしょうか。
その折りには私の車で案内したいものです。