1月17日月曜日、調律師協会の新年会会場ホテルグランビア京都に着いたのはちょうど
某大手ピアノメーカーの会長の講演が終わって演奏会に入る間の休憩時間でした。
一番後列の荷物やパンフレット類が何も置いていない席に座って演奏会が始まるのを待
っていたら、私の左隣にスラッとした痩身黒ずくめのパンツ姿の若い女性が座りました。
彼女は私をチラッと見てから「まあ!」と言った風な声を挙げます。
振り向くとタカラジェンヌのようなキリッとした風貌の女性が私を見つめているではないです
か。
「わたし・・数年前に・・・キョウト・ピアノアートでお会いした・・・」とその女性が必ずしも流ち
ょうとはいえない、ためらいがちの口調で語りだすので、こんな美女、知らないぞ、と思っ
た私は彼女の胸元の名札を覗き込んだら女性調律師のK.アキさんではないですか。
「Kさん!嗚呼、こんなところで貴女に会えようとは。きっと私の念が天に通じたのだ!」と
私は叫びました。
「え、本当ですか?私のこと覚えてくださってたのですか」と彼女が言うので「覚えているど
ころか、あなたに連絡をとらなければと思っていた矢先だったのです」
「そうなんですか。長いこと調律師協会の集まりには来ていなかったので知らない人ばか
りだろうなと思ってましたのにリワキーノさんにお会いできて嬉しいです。それで私へどんな
用件で?」とK.アキさんは言います。
しかし、ピアノ演奏が始まりそうになりました。
「あなた、この後の懇親会にも出ます?」
「はい、出ます」
「では、同じテーブルでご一緒してもいいかしら」
「もちろんです。喜んで」
「ではそのときにお話しましょう」
調律師協会関西支部が招いたピアニスト萩原由美さんのピアノ演奏は素晴らしいものでし
た。
冒頭に演奏されたのはショパンの「エチュード 嬰ハ短調 Op10-3」
”別れの曲”であまりにも有名なこの名曲を耳の肥えた調律師たちの集まりの中で弾くと
はかなりの度胸と自信がある証拠です。
続いてショパンと同時代に生きたフィンランドの作曲家二人の曲の演奏。
カスキの「激流」とメリカントの「ロマンス」。どちらもなかなか良い曲でした。
そして最後が安達元彦の「MINYO 1」
曲名は民謡の意味です。
ジョンカラと副題があるように津軽三味線を模倣したようなピアノ演奏。パーカッション的に
ピアノを弾きますがそのリズム感と盛り上がっていく迫力は凄いものがあり、そう若い人で
はないのですがかなりのパワーを感じさせました。
演奏会が終わって皆が懇親会場に移っていくのを尻目に私は彼女に椅子に座ったまま、
用件を話しました。あまり他人には聞かれたくない内容だからです。
私は滋賀県長浜市に住む一人の調律師を深く敬愛しております。
その調律師、私よりも年下なのですが、人間的純粋さや、純愛をとっくの昔に亡くなった一
人の女性に捧げて独身を通すという、怪盗ルパンさんも負けそうなくらいのロマンチストぶ
りに、そして浮き世離れした生活感覚に私は若い頃から惹かれ続けてよく一緒にお酒を
飲んだものでした。彼もなぜか私を好いてくれていて、会いたい、と言えばいつもOKだっ
たのです。
しかし、その調律師のTさんと私はここ10年近く会っていなかったのです。
Tさんが最近家族の不幸が立て続けに続いたり、仕事が減ってきてかなり落ち込んでいる
というということを2年前の彼からの年賀状で知ってから私は彼を励ましに一度長浜まで
訪ねて行きたく思ってたのですが、音楽やピアノの話しになると熱中してそれらの話題だ
けをひたすら語り続ける彼との二人だけの飲み会は結構しんどい面があるのでした。愛
情、友情だけでは場が持たないことは人生における人間の交流においてしばしばあるも
のです。
そこで4年前にKYOTO PIANO ARTで知り合って酒席も一緒したことのある長浜の女性調
律師のK.アキさんがこのTさんをとても尊敬していることを知っていたので彼女と一緒にT
さんを訪ねたいと思い、彼女に連絡することを考えていたのでした。初めて会ったときの印
象は彼女も私に親愛感を抱いていてくれたような感触だったのです。この酒席には加奈陀
の大和撫子さんも一緒でした。(覚えています?ミホさん)
しかし、一児の母親であり、家庭の主婦でもある彼女に一度しか会ったことのない人間と
してはなかなか電話をしにくい面があり、私が思いついてからも2年間、時間は無駄に過
ぎたのでした。
そこに遅れて行った新年会会場のたまたま空席に座ったら隣にそのご本人がやってくる
のですから、私がこれは天の配剤と思ったのは無理からぬところです。
これらのことを話すとK.アキさんは「まあ、そんなことでしたらおやすいご用です。長浜に
いらっしゃるときは是非ご連絡下さい」と彼女は快諾してくれました。
聞くと、浜松で行われた調律師協会国際大会には車でTさんと一緒に出かけていったこと
があるとのこと。あの破天荒のTさんとそこまで一緒に行動して尊敬しているというのです
から、私もこの女性とはきっとウマが会うに違いないと確信しました。
最近、ずっと会っていないので気にはなっていたとも彼女は言います。
TさんとK.アキさんと3人でお酒を飲む光景を想像するととても嬉しくなりました。
2月か3月にきっと実現したく思ってます。
用件の話しを終えて遅れて懇親会場に行ってみるとあっちこっちのテーブルが満席になっ
ている中、ラッキーなことにジャズピアノの横田君が座っているテーブルがずいぶんと空席
があったのですぐにそこに行きました。
さっそくK.アキさんを横田君に紹介すると初対面だそうで、彼女を見たとき私が連れてき
たピアノの先生かと思ったとのこと。
すぐに二人は打ち解けて語り合うようになり楽しい雰囲気となりました。
懇親会場では新入会員のピアノ演奏が行われ、それに誘発されたかゲストピアニストの
萩原さんも弾かれます。
そして我らが仲間横田君もジャズをプレイします。
K.アキさんがKYOTO PIANO ARTの新井さんを大変尊敬し私淑していることを知り、私は
ますます彼女に親近感を覚えることになったのでした。
一度しか会ったことのない中年の、特に特徴のない平凡な私のことを彼女が覚えている
のがずっと腑に落ちなかったのですが(私は自惚れ屋ではないのです)、話しを聞いてい
ると、私が4年前に調律師協会の会報に投稿した記事
「顧客宅での調律師のマナーにつ
いて」を私と会った直後に読んで感銘を受けたためによく覚えていてくれたらしいです。
この投稿記事は若い男性調律師のために書いたのですが、女性調律師に大変受けたよ
うでして、その後の調律師協会の会合では見知っている女性はもちろん、見知らぬ女性
からも声をかけられたものでした。
声をかけられると言えばK.アキさんの魅力に惹かれるのでしょうか、多くの男性調律師が
彼女の元へやってきます。
午後8時に懇親会は終わり、我々は京都駅で別れました。
K.アキさんは私のホームページのことを知ると、必ず見ます、と言って下さり、その約束
通り、簡単な感想をメールで送ってこられたのでした。
「どの内容も生き生きと熱くて、こんな世界があったんだ〜と、ただただ感心、驚きの連続
でした。まだ、管理人のお部屋を少しお邪魔させて頂いただけですが、(途中、新井さんの
工房紹介に目がとまり…とても素敵なお写真でした)入室許可を頂いて(頂けるかな?)皆
さんと交流できる日を楽しみにしながら…サロンを覗かせて頂きますね♪」
いつか彼女も談話室のお仲間に加わってもらえるかもしれません